■中国では「師匠」のことを「「老師」とか「師父」と呼びます。面白いですね、コレ!
どちらの言葉も師と弟子という関係でしょうが、微妙にニュアンスが異なる感じを受けます。少なくとも、先生と生徒の関係ではないようです…。
弟子が、師匠のことを先生と呼ぶことはあります。しかし、師匠は弟子を生徒とは呼ばない=認識しないようです。生徒と認識するのは…(ややこしいですが)先生としての場合のようです。
私たち山門衆は開祖を先生、ないし管長先生と呼びました。しかし、開祖は私たちに対して「君達は内弟子である」と言われました。また、盟杯を受けた新道院長に対しては「君達は直弟子である」とも言われました。
つまり開祖は、拳士を生徒とは見ていなかったのです…。
■先日火曜日で終了しました『剣客商売/池波正太郎原作、藤田まこと主演』。その一週前の放送内容、人の道を踏み外した愛弟子と、それに苦悩する師匠のストーリーでした。
最後の場面で対決する師弟。交差する剣。ドウと倒れた弟子に歩み寄り、「師匠に切られて本望であろう…」と引導を渡します。
「…先生」の一言を発して事切れる元弟子。しかし長い間、悪の境遇に浸かっていても、師匠だけは父のように慕っていたことを後日に知り、深く瞑目する秋山小平。
(ワシは師でありながら、弟子の心の中を何一つ分かっていなかった…。今だったら、彼の心の中を知り、救えたであろうに…)、苦い慙愧の念が起こります…。
■武道の世界、あるいは社会一般では、武道の先生を「師範」と呼称します。歴史的な呼称の推移は分かりません。開祖も草創期はそう呼ばれていたようです。
昭和三十年代、旧道場の頃までは師範だったのでしょう。初期の学生拳法の先輩方はそう呼んでいたようです。私が入門した昭和四十三年頃は、すでに「管長先生」でした…。
さて、師(師匠と師では、私の中ではまたニュアンスが違います…)にも色々なタイプがあるようです。開祖は、やはり厳しい師でした。その後に優しいが来ますか…。
何月号か前の会報で、「…もし開祖が生きていたら、茶目っ気のあるおじいさんになったと思う」というようなことを、総裁・宗由貴さんが書かれていました。これは当然ですが、お父さんとしての開祖なのでしょう。
ちなみに、中野益臣先生も開祖のことを「親父!」と表現されます。
■人間国宝であった落語家・柳家小さん氏が亡くなった時、誰でしたか高弟の一人が、「…どんな世界だって、優しい師匠なんかいやしません。師匠は厳しいもんなんです…!」と泣きじゃくりながらインタビューに答えていました。
師匠の基本は厳しさにある…?
柳家小さん氏に関しては、立川談志氏との関係も面白いです。破門にしながらも、どこかで通じている/認めているフシが見受けられたからです。
将棋の世界の師弟関係はどうでしょう。大山康晴、升田幸三両名人を育てた木見金次郎八段(三人共に故人)は、内弟子に将棋を教えることはなかったそうです。
大山名人談。「…私が内弟子でいる頃、通いのお弟子さんが羨ましくて仕方がありませんでした。私たちは全然将棋を教えて頂けませんのに、通いのお弟子さんには先生が優しく教えていたからです」(要旨)。
先だって放映された『ウルルン滞在記/楊州チャーハン道』。ゲストとして特別扱いされる日本人男優に向かって、「いいなー、お前は…。俺なんか八年もいるのに、未だに先生から直接教えてもらったことは無いんだよ…!」と嘆く中国人のコックさんがいましたね…。
■私たちも山門衆として本山にいる時、開祖から特別に少林寺拳法の技がどうのこうのと教えて頂いたことはありません。学生時代には直接教えて頂きました…。
しかし、逆のケースもあるようです。また将棋の世界の話。森下卓八段の師匠であった(故)花村元司九段 は気さくに弟子と平手で将棋を指し、「師匠には千局くらい平手で指してもらっています」と森下八段は述懐しています。
禅の世界でも、確か…道元(空海だったかな…)も中国の老師に、「お前は尋ねたいことがあったら、いつでも私の部屋に来て質問しても良いョ!」と言われています。その人柄、実力が余程に凄かったのでしょうが、これも気さくな師匠ですね。
師匠のタイプが違ったら、こうは行かなかったでしょう。人の出会いの妙と言えます…
どうも、師匠にもそれぞれ指導(というか存在?)のスタイルが主張されるようです。しかしその根本は、厳しいとか、優しいとか、技芸の上手下手とかを越え、弟子が正しく成長するよう導く為に存在する人が、「人の師」ということになるようです。
釈尊は弟子が師に対する心構えを説かれ、驚くべきことに師の弟子に対する心構えも説いています。
そこには弟子、生徒に対する慈愛の精神が求められ、同時に正しく育てるべく厳しい精神が求められていると感じられます。
あえて…少林寺拳法の言葉で言い換えません。
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☆050504訂正:森下卓名人→森下卓八段
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