インコの巣の観察日記
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2003年07月01日(火) 取り戻すのではなく

Pochettinoの身辺がまたまた慌ただしくなってきましたね。PSGはCamp des Logesでトレーニングを再開したけれど、そこの前Capitanの姿はないようです。何だか...“PochettinoのParis時代”が完全に終わりを告げたような、そんな気がします。


今まで何度も言ってきたことだから、みなさん良く御存知だと思いますが...私はEspanyolのPochettinoが大好きでした。いえ、今でも大好きです。そう...PSGのPochettinoよりもね。だから、ずっと戻ってきて欲しいと思っていました。何度も何度も「返して、Pochettinoを返して!!」と、あの赤と青のチームに向かって叫んでいました。

ずっと、夢見ていました。もう一度、Pochettinoが青と白のCamisetaを着て、モンジュイックのピッチに立って、そしてBlanqui-Azuresの歓声を一身に浴びることを...。もう一度、そんな彼の姿が見たいと、ずっと願っていました。


ただ、最近...「果たして、以前いたチームに戻ることが良いことなのか...」疑問に思うことが多くなってきました。PochettinoにとってEspanyolに帰ることが、果たして良いことなのか...。

たぶん...良いことなのでしょう。Pochettinoは今でもBarcelonaの街とあのクラブのおとを愛していますから。でも...“最善”ではないのでしょう。今の私にはそう思えます。だって...もうあの頃のEspanyolとは違うのだから...。


あるクラブの象徴だった選手が、いえ、そこまでの存在ではなくても、サポーターから非常に愛されていた中心選手が、止むに止まれぬ事情により移籍していった...こういったケースは良くあると思います。私も、今までに何人かの選手をこうやって見送りました。


多くの場合は移籍先でも活躍して“頑張ってるんだね、良かったよね”と、少しばかりの寂しさを胸に抱えながらも、新天地でより輝く彼らを誇りに思うのですが、時には翼を傷め、飛ぶこともままならず...失意のうちにシーズンを終えてしまうことも。そんな時には「傷を癒しに戻ってお出で」と、そんな風に考えてしまう...。

でも...コレが良くないことなんだと、最近思うようになった。あの頃のように...そう願う気持ちが、大好きな選手のことを傷つけるだけなんだと、最近思うようになった。PaunovicやLosada、そしてBaljicを見ていて、そう感じるようになった。


Veljko Paunovic、Roberto Losada、そしてElvir Baljic。この三者に共通する点は何だか判りますか??キーワードはクラブを愛する気持ち、レンタル、復帰...。

Paunovicは今でもAtleticoがパスを保有する選手です。しかし、ここ数シーズンの彼の所属チームは、Mallorca・Atletico・Oviedo・Mallorca・Tenerife...一体何チーム渡り歩いているでしょう??彼はセルビア・モンテネグロ代表...EUのパスポートは持っていません。故にAtleticoの外国人枠とも関係して他チームにレンタルされてしまいます。最初のMallorca(98/99シーズン)やTenerife(昨シーズン)では活躍してるんだから、買い取ってもらえば良いものを...Paunovicってばいつだって「Atleticoが一番好き」だと言う。Mi equipoと呼べるのはAtleticoだけだと言うのです。だから“Atleticoでもう一度頑張ってポジション獲りたい”と戻ってきてしまう...。


LosadaはOviedoのカンテラ出身で、あのチームで最も愛されていた選手でした。そう...過去形で語らなくてはならないことが寂しすぎるのですが...。スペインのU-21代表にも選ばれていたLosadaは、かつてAtleticoとの試合でGKのMolinaと激突して腓骨を骨折してしまいました。そうです、ガリシア・ダービーでGiovanellaと激突したManuel Pabloと同じ大怪我を負ってしまいましたが、懸命にリハビリした彼はピッチに戻って来ることが出来ました。そんな彼に目を付けたのがMallorcaでした。Segundaで闘うOviedoは人件費削減の意味もありレンタルで彼をMallorcaへ譲渡。本人もステップアップを目指していたこともあり、喜んで地中海きってのリゾート地へと向かったのでした。しかし、Mallorcaで絶対的な存在とならなかった(つまり、Etooには勝てなかった)LosadaはOviedoへ帰ることに。ところがこの時「ホントはMallorcaに残りたかった」との彼の言葉は...Oviedoのサポーターを傷つけるに十分でした。久しぶりにOviedoへ戻ってきた彼は...もはやOviedoのアイドルではありませんでした。チームの中心は、そしてサポーターの心は、一度も外へ出ることなくOviedoで頑張ってきたAmievaへと移っていたのでした。02/03シーズン、シーズン開幕直後からおかしかったOviedoは、一度も立ち直ることなく、そのままSegunda Bへと落ちていきました。Losadaは...その負のスパイラルの渦に巻き込まれ...あの青い瞳を曇らせたまま出口が見つかりません。


Elvir Baljicは、大いなる期待をもってReal Madridに迎え入れられました。当時の移籍金最高額ということが示すように、彼はまさに“Estrella”でした。しかし...開幕から2ヶ月もたたないうちに左膝の靱帯断裂と言う大怪我に見舞われ、長期戦線離脱を余儀なくされました。懸命のリハビリに耐え、何とかシーズン終了前にピッチに戻ってくることが出来たけれど...その時にはもう、彼の居場所はあの白いチームにはありませんでした。後ろ盾となってくれた監督もクビになり、彼なしのチームが出来上がっていたのでした。シーズン終了後、案の定彼は戦力外通告を受けます。かたくなに移籍を拒否し続けた彼は、レンタルという形で古巣Fenerbahceへ戻ることになりました。

Real Madridに来る前、BaljicはFenerbahceのアイドルでした。その彼が帰ってくるということで、Fenerliは熱狂的にBaljicを迎えてくれました。たった1年...彼がFenerを離れていたのはたったの1年。でも...何かが変わるには十分すぎる時間でした。かつてのBaljicと今のBaljic...その違いを理解しようとしない者同士・Baljicとサポとの間に、そして監督と彼との間に亀裂が入るのはムリからぬコト。シーズン終了後、彼は追われるようにしてスペインへと帰っていきました。あの人がSari-Lacivertのユニフォームを身に纏うことは、二度とないでしょう。


そして、もう一人...


みなさんは、Jordi Lardinのことを覚えておいででしょうか??彼は、Periquitoのアイドルでした。Espanyolのカンテラ出身で、若くしてトップチームにデビューし、この先10年以上Espanyolを支えていくことの出来る選手って言われていました。スペインU-21代表や、96年のアトランタ五輪代表でもチームの中心であり、間違いなくA代表にも定着するだろうと、誰もが思っていました。

今、Espanyolのアイドルと言えばRaul Tamudoですが、彼なんて足許にも及ばないほどのアイドル、誰からも愛される存在でした。そんな彼も96/97シーズンが終わった夏、Espanyolの財政事情により、Atletico de Madridに売られて行きました。

最初のシーズン、97/98シーズンこそ活躍も出来たのですが、その後は...ケガも重なり、また歴代の監督から重用されず、次第にピッチで彼の姿を見ることが少なくなって行きました。

Atletico de Madrid...あのチームも行き当たりばったりで選手を獲得しては上手く使えず、あぶれた選手を毎シーズン相当数レンタルで他チームへ出しています(今シーズンもPaunovicやNjegus、あるいはRobertoやJuan Gomezなどなど...)。Atleticoって、選手の契約違約金が不釣り合いに高いんですよ(苦笑)だから、他のチームはなかなか買い取れない。新しい選手を獲っても売れないから、所属選手数だけが増えていく...(苦笑)

Lardinの処遇に困ったAtleticoは、古巣のEspanyolへと彼をレンタルしました。そうです、もう一度彼は愛するクラブへと戻ることが出来たんです。そしてEspanyolistasは自分たちのアイドルを取り戻すことが出来たんです。

しかし...

もはや、EspanyolはLardinのいた頃のEspanyolではありませんでした。確かにLardinのことを知るチームメイトは何人かいましたが、多くの選手は彼がAtleticoへ移ってからEspanyolへやって来た選手たち。そして、もちろん監督も代わっていました。

Lardin自身は、かつての“Espanyol時代”をハッキリと覚えています。そしてファンにもその時の残像が色濃く残っています。両者とも“あの頃のLardin”を追い求め続けてました。それが、悲劇だったんですよね。人は変わっていく。チームも変わっていく。もちろんFutbol自体も変わっていく。その変化をムシして“あの頃と同じもの”を追い求めるとどうなるか...結果は最初から判っていたことなのかもしれません。

シーズン終了後、EspanyolはLardinをAtleticoへと返しました。彼はもう...Espanyolに必要な人間ではなかったのです。


Lardin、最後のチームはSegundaのXerezでした。当時、そのチームの監督はBernd Schusterがつとめていました。SchusterはかつてAtleticoの中心選手だった...その繋がりで、何人かの選手をAtleticoから譲り受けておりましたが、その中の一人がLardinでした。

私は時々Xerezの試合結果を拾っていましたが、Lardinの名前を記事の中で見かけることは稀でした。長いベンチ生活、久しぶりに試合に出るとケガ...完全にリズムを崩した彼には、かつてのキレもなく...01/02シーズンが終わった時、彼はAtleticoへ返却されました。

今年の2月、私は真冬のMadridを訪れました。久しぶりに訪れたMajadahonda・Atleticoの練習場で、私は初めて知りました。Lardinの消息を...。シーズンが始まってもAtleticoに名前を見つけることが出来ず、かといってXerezにも名前がなくて...LFPのサイトなどでPrimera、そしてSegundaと各チーム所属選手のリストを探してみましたが、どこにもJordi Lardinの名前を見つけることが出来なかったのです。

だから...私は聞いてみたんです。Lardinはどうしているの??って。そうしたら...返ってきた答えがコレでした


“Lardin ha dejado futbol...”Lardinはfutbolを辞めたよ...。


一番聞きたくなかった、一番恐れていた言葉を、とうとう私は受け取ってしまったのでした。


私はPochettinoに帰ってきて欲しいと思っている。でも...もしEspanyolに帰ってきたとしても、彼のことを知る選手はほんの数人だけ。監督も違う。あの頃とは...何もかもが違っている。でも、もし彼が帰ってきたら、私は求めてしまう“あの頃のPochettino”を。NandoやCristbalやLardinやSergioやPosseやGalcaやArteagaがいた、あの頃のEspanyolを、そしてPochettinoを...。それが、どんな悲劇を招くことになるか、私には判るから...だから、帰ってきて欲しくない。ピレネー山脈を越えて戻ってきてくれるなら...どうか、どうか、Espanyol以外のチームへ戻ってきて!!


コレと同じ理由で、私はMendietaにもValenciaへ戻ってきて欲しいとは思いません。もう、あの頃のValenciaとは違うから。そしてあの頃のMendietaとは違うから。でも、戻ってきたら求めてしまう。あの頃のValenciaを...。そしてあの頃のMendietaを...。

そして何よりも...戻ってくることだけで、もう一度輝きを取り戻せるなんて、そんなバカな話はないのだから...。

02/03シーズン、BaljicはGalatasarayへと、再びトルコへと戻ってきました。でも、トルコに戻ってくるだけで再び輝きを取り戻せるなんて、そんなことはあり得ない。そのことは判っていました。でも...やっぱり心のどこかで期待してしまう。

何も失ってなどいないのなら...“取り戻す”と考えること自体間違っているのでしょう。


Pochettinoは何も失ってなどいない。私が勝手に“EspanyolのPochettinoを失った”と思っているだけ。私が勝手に“EspanyolのPochettinoを取り戻したい”と思っているだけ。こんなワガママな考えは...キレイさっぱり捨ててしまわなくてはいけないのでしょう。

次はZaragozaのPochettinoになるのかBenficaのPochettinoになるのか...それとも、もっと別のチームへ行ってしまうのか、それはまだ誰にも判らない。彼は何かを取り戻すのではなく、新しく“生み出す”のです。そして...私はそれをありのままに受け止めたい。



自分でも何書いているのか判らなくなってきたので、この辺でヤメておきます(苦笑)
もっと、ちゃんと考えをまとめてから文章にしろよ!!ってツッコミ聞こえてきそうですね。スミマセン...。




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