A Thousand Blessings
2004年1月〜最新|ひとつ前に戻る|ひとつ先に進む
2006年10月09日(月) |
蔭山鬱浪、樹海より戻る。ジャレット、羅針盤、スクポリ。 |
樹海から戻ってきたアシッドフォーク・シンガー蔭山鬱浪(かげやま うつろ)と 最近話題の3枚のCDについて雑談してみた。以下はその抜粋。ちょっとだけね。
1 「キース・ジャレット/カーネギー・ホール・コンサート」(2006)■
― いきなりどうよ(笑) 鬱浪 ジャレットだね。でもいつの演奏か分かんない。 ― それ、結構正しい反応かもよ 鬱浪 だってさ、もう何十年もやってること変わんないじゃない? まあ、ファンはそんな変わらないジャレットを求めてるんだろうけどさ。 それって、クラシックのピアニストとどう違うの?って単純に思うけどね。 で、いつの演奏なの? ― 去年のカーネギー・ホール 鬱浪 ねえねえ、コアなファンってさ、ジャレットの演奏の一部分を 聴いただけで、あ!これは88年のパリだ!とか、73年のローザンヌだ!とか、 2001年の東京文化会館だ!とか分かるらしいよ。ある意味すごいよね(笑) その集中力を仕事に生かしてもらいたいもんだ。俺なんか、ケルンの出だししか わかんないよ(笑) ― あはは。僕もケルンとブレーメンのパート1の出だししか分かんない(笑) 鬱浪 墨田の日記■にも書いてあったけど、なんか、みんな持ち上げすぎ なんだよな。確かに即興ソロを確立した人だけど、とっくに限界は過ぎちゃっててさ、 結局今は過去の芸術的貯蓄だけで食ってるようなもんだろ。それってすでに 即興じゃないよね。むしろ編集行為のような気がする。そういうことを はっきり言う音楽評論家はいないのかね? ― お前が言えば、いいじゃん。(笑) 鬱浪 俺なんか、蚊の屁ほどの力もねーよ(爆) まあ、評論家だけの責任じゃないけどね。リスナーの予定調和的安定志向が 今のジャレットを過大評価させる大きな原因でもあるけどね。 別にジャレットをジャズミュージシャンっていう風に限定するつもりは ないけどさ、でもやっぱそういうところで切磋琢磨してきた人だろ? 60歳になっても70歳になっても、もっと綱渡り的なスルリングな人生を 音楽に投影してほしいもんだ。 ― お前みたいな?(笑) 鬱浪 その通り!
2 「羅針盤/むすび」(2005)■
― 山本精一は君の師匠だろ? 鬱浪 いやいや正確に言うと、3人いる師匠のうちのひとり。 あとのふたりは、、、 ― 三上寛と小谷美紗子だね 鬱浪 そう(笑) 羅針盤のどのアルバムでもいいから一枚と、 三上寛の「ライブ零狐徒1972」と、小谷の「うたき」を持って 樹海に行こう!なんてね(笑) ― 演奏家としての山本精一とソングライターとしての山本精一、 それとシンガーとしての山本精一。比べるとどういう順番で評価してるの? 鬱浪 そんなの明白じゃん。シンガー>ライター>ギタリストの順だよ。 つまり、完成されていない物から順番に愛する訳よ。人間は(笑) わかる?少しづつ完成に近づいていくのを楽しむわけよ。 でもさ、完成されるともうその先はないだろ、だからむしろ永遠に未完成な方が 俺的にはいいな。 ― そういう感覚は理解できるね。 鬱浪 ギタリストとしての山本精一には、俺、もう平伏しているからね。 ライターとしては、もしかしたら俺にも書けるかもって思いながら、 でも無理かも・・って落ち込んだり(笑)シンガーとしては、全然俺のほうが テクニックも声域もある(笑) ただし、あの柔らかな味わいは彼にしか出せない。 ― スピッツのトリビュート・アルバムで羅針盤が“ロビンソン”やってるじゃない? あのボーカルなんて、草野よりいいもんね。 鬱浪 だよね。表現とは何ぞや?って考えさせられるね。 それにしてもこのアルバムはすごいね。ギター弾きまくってるし。 ― 僕的には「福音」と今回の「むすび」が羅針盤の2大傑作かな、と。 鬱浪 結局、羅針盤って、山本精一の書く曲の良さと声の良さに尽きるんじゃない? ― いえいえ、蔭山君(笑) CHINAのドラミングだよ。彼女がいたから 羅針盤はあの独特なリズムを作り出せたんだよ。 鬱浪 確かに。お前はドラムフェチだしな。俺は、そんなにドラムには のめりこまないけど、やっぱCHINAが死んだ時は泣いたよ。 彼女がいなくなって解散か・・・。それだけ重要な存在だったってことだな。
3 「スクリッティ・ポリッティ/ホワイト・ブレッド・ホワイト・ビア」(2006)■
鬱浪 まんま、ブライアン・ウィルソンじゃん! ― あはは。これは3曲目なんだけど、確かにブライアンっぽいよね。 で、誰だかわかる? 鬱浪 この声、すっごく昔に聴いたことあるけど。もう20年以上前。 その時と声の印象同じだから、そいつの息子とか? もしかしてグリーン・ガートサイドの息子? ― 半分ピンポーン♪ グリーンその人だよ! 鬱浪 うへぇ〜、マジで?驚いたぁ。声全然同じじゃん! ちっとも変わってない。 ― 君が聴いたのは「キューピッド&サイケ85」あたりだろ? 鬱浪 そそ。 ― あのあと「プロヴィジョン」(1988)と「アノミー&ボノミー」(1999) をリリースしてるんだけど、結局28年のプロ生活で4枚しかアルバム 作ってない(笑) 単純計算すると7年に1作。 鬱浪 とにかく声が若いし、美しいねー。 ― おお、君のそういう反応は珍しい(笑) 鬱浪 俺だって美しいものは美しいというさ。都会のヘドロを歌ってるからって 美に対して鈍感だと思われたら心外だ(笑)っていうか、そういうものをたくさん 見てるからかえって美に対して敏感になるんだよ。 ― それは言えるかもね。で、どうこれ、音楽的にみて。 鬱浪 メンバーは前と同じなの? ― ううん、今回は完全なソロ。全部彼が演奏してる。トッド・ラングレンみたいに。 まあ、今はコンピュータで何でもできるからね。 鬱浪 いやいや、だからこそ音楽的センスが要求されるわけよ。 俺なんかアコギをガシガシ弾いてるけどさ、ここまで来るには 血豆も潰したし、肩こりにも悩まされたし(笑)それなりの努力の蓄積があってさ、 そういうものが自分の自信の後ろ盾になってるわけさ。 だから、下手でも下手なりの味ってもんがある。でも今はコンピュータがあれば 中学生でも同じ音を出せちゃう。そこなのよ。 ― なるほど(笑)そこなのね 鬱浪 そそ。ある意味厳しい世界で勝負賭けなくちゃいけないんだよなー。 流行に走らずに、でも時代遅れじゃなくて、言ってみれば普遍的なものをね。 テクニックとセンスでひねり出すのよ。おまいら、チューボーには真似が出来まい! 経験が物を言うんだ!的な感じ?(笑) それにしても、このアルバム、ほんとによく作りこんでるよなー。 メロディ・ハーモニー・リズム、どれも一個も無理して主張してないのに 個性がある音楽になっている。魔法みたいだなー。うう〜む。 ― ベタ誉めじゃないか(笑)だったら、ついでに打ち込みの帝王・冨田ラボも聴いたら? 鬱浪 そこまで手を延ばす余裕はねーよ(笑) ― いや、今日は短い時間だったけど楽しかったよ。今度はテーマを 決めてじっくり語りあおうよ! 鬱浪 おっけー!今度は俺がCD持ってくるから。 ― 楽しみにしてるよ
(埼玉・墨田妖児の自宅にて)
響 一朗
|