あたしと彼のこと
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昨日の続き・・・「既にもう得ているかもしれない何か」とは何なのか 悩むヒマのある今のうちに考えておくことにした、年末は忙しくなる(^^;
それは能力・魅力・価値・愛情やその関係・金銭・物などイロイロだけど 人によってそれを得て、嬉しいかどうかは千差万別だろう。 さしあたり私が「得ていない(足りない)」と一番強く感じるのは「愛情」 試しにコレ「ある」と思ってしまうと、私のなかで不都合が生じる程のこと 道理にあわない嫌な感じと、怖れ、不安、怒り、さまざまな感情がぶわっと こころから溢れ出てくる。
生い立ちから推察するに、愛情とは私にとって一番欠落している感情だろう 最初に欲しかったハズの親のソレは、トラウマになるほど屈折したモノだった
父に言わせれば「愛情いっぱいに育てた」と笑顔でぬかすだろうが…(-"-) まぁ、たまたまウチの父はそういう愛情表現しか知らなかった、仕方がない。 私もその方法しか知らなかったら、きっと我が子に同じ事をしただろう。 でも私は気付いたのだ、父とは違う、はっきり言える「そのやり方は違う」と 父の自己満足のための愛情表現を、私が繰り返す必要など何処にもない。 有難いことに、そこから抜け出すための時間と若さが、いまの私にはある。
そうか、私は「得ていない」というより「感じられない」のだな、と気付いた しかしなんだ…今まで感じようとしなかったモノを、感じたいと思えるだけでも 凄いハナシじゃないかい?悩んでヨカッタ また、ちょっとだけほっとしたよ
いまの私は、こころもとないながらも、彼からの嬉しい愛情表現を得ている。
そう、そうなのだ、得ているという実感はある、でもときどきツライ 得るのが辛いのではない、いっぺんに多くを得ようとするから辛い。 出来ない事を望んで、叶わなくて、落ち込んでしまうのだな、欲張りなワタシ 30年かけて出来た性格を、付け焼き刃でどうにかしてはイカンよね。 同じく30年かけてじっくり取り組もう、この際だから腰を据えて(^^;
最初から完璧じゃなくて良いのだ、ありのままで良い; 「このままの自分で良いよ」そうつぶやくのは、焦りを感じながらだが安心する 自分がいる、自分で自分を許してあげよう。そうか、これが受け入れであり 得ているものを感じる第一歩かな…と思ったり(^^;
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