おぎそんの日記
おぎそん



 思い出をつくろう

始発を待つために階段を上る二人組みの女の子。
「これから思い出いっぱい作ろうね」

思い出はきっと作ろう、と思って作れなかったりする。
いつも心に残るのは本当にくだらない、ささやかなしぐさや匂い、感触であるような気がする。

写真を撮ったり撮られたりするのが苦手だ。
その場を切り取ることで、零れ落ちてしまうものがきっとある。
最初はそれをよすがに思い出すきっかけになることだろう。それは否定しない。でも、それはいつしか思い込みになる。
本当はどうだったのか、こうありたかったことにいつの間にか変わってしまう。それすら含めての「事実」なのだと思う。
でも、あいまいさも含めて、消えてしまうことも「事実」ならば。
手のひらから零れ落ちてしまうことすら、いとおしい思い。
忘れてしまおう、なんて意思ではない。忘れてしまうことすら引き受けるということだ。
忘れないから、思い出さない。
そうなんだ、いつだってその思いは”ここ”にある。

全くの他人である二人に、そんなささやかなことすら祈りたくなる。
そうであって欲しいと願う。
祈ることや願うことは、確かにとても弱いことではある。しかし、その存在を認めているからこそ、祈りや願いは今までなされてきた。
これはすごいことだ。
誰かを思うために、僕たちの想像力はあるのだから。

まだこれから思い出はいっぱい作れるよ。
だから気張らなくても大丈夫。
いつも、この階段をあがったことすら、思い出にある。
過去のことは等しく、そこにある。

2009年06月07日(日)
初日 最新 目次 MAIL HOME


My追加