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■ 思い出をつくろう
始発を待つために階段を上る二人組みの女の子。 「これから思い出いっぱい作ろうね」
思い出はきっと作ろう、と思って作れなかったりする。 いつも心に残るのは本当にくだらない、ささやかなしぐさや匂い、感触であるような気がする。
写真を撮ったり撮られたりするのが苦手だ。 その場を切り取ることで、零れ落ちてしまうものがきっとある。 最初はそれをよすがに思い出すきっかけになることだろう。それは否定しない。でも、それはいつしか思い込みになる。 本当はどうだったのか、こうありたかったことにいつの間にか変わってしまう。それすら含めての「事実」なのだと思う。 でも、あいまいさも含めて、消えてしまうことも「事実」ならば。 手のひらから零れ落ちてしまうことすら、いとおしい思い。 忘れてしまおう、なんて意思ではない。忘れてしまうことすら引き受けるということだ。 忘れないから、思い出さない。 そうなんだ、いつだってその思いは”ここ”にある。
全くの他人である二人に、そんなささやかなことすら祈りたくなる。 そうであって欲しいと願う。 祈ることや願うことは、確かにとても弱いことではある。しかし、その存在を認めているからこそ、祈りや願いは今までなされてきた。 これはすごいことだ。 誰かを思うために、僕たちの想像力はあるのだから。
まだこれから思い出はいっぱい作れるよ。 だから気張らなくても大丈夫。 いつも、この階段をあがったことすら、思い出にある。 過去のことは等しく、そこにある。
2009年06月07日(日)
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