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■ 嫌な物言い
いつまでも昔のことにこだわったってしょうがないでしょ。 甘えてるんじゃないよ。
努力が足りないんじゃない?
もっと強くなりなさいっ。こんなんじゃいつまでたっても半人前だ。
こんな言葉を耳にすると、とても悲しくなる。
最近では、貧困問題においていわゆる(と、する)ワーキングプア、ニート。フリータに対する物言いも前述したようなものに近い。
なぜ、ボクがそう思うのかはやはりある種の危機感からなのだと思う。 自分がいつ、この細いロープの綱渡りから落ちてしまうかわからないからだ。 案外、思っているよりも、彼岸は近いのではないだろうか。 本当に見えてるの?
アフリカの飢餓に比べたら、恵まれてる。だって、風雨を避けれもするし、親のすねもかじれるじゃないか。
それはもはや、詭弁だ。 それにしたがって、そうか、自分は甘いんだ。がんばらなくちゃと思っている人。そんなことないよ。 そんな風に思い込むことはない、と声をかけたい。 このwebでひっそりと声を上げたい。
アフリカの飢餓の状態や、虐待された子どもたちのことを確かにボクはよくわからない。 それで、逃げるつもりはない。知らないということを受け止め、知ろうとしたい。 しかし、と言いたい。
だからといって、この目の前にある、苦しみ、苦痛、痛み(それは肉体的なものもあり精神的なものもある)を見過ごしたくはない。 それを見過ごして、遠くの実感したことのない痛みに手を差し伸べようとするのは、遠くの彼らにとっても失礼なことだと思うのだ。 そう考えることは、そんなに罪深いことなんだろうか。
ねぇ、曽野綾子先生。
2009年05月15日(金)
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