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■ ボランティア拒否宣言
新聞に先日載っていたから、気づく人がいるのかもしれない。
でも、これって「似非」ボランティアであったり、援助者のゴーマンさに気づかせてくれる視点でもあるように思うのだ。 単なる、我が侭じゃんか、と言えばそれまで。 その指摘の前にこの作品が1980年代半ば、ということにも注目して欲しい、と思う。 いったい20年近くたって何が変化したのだろう?
この作者が何故この考えに至ったのかを考えないときっと分かり合えない。 勿論、わかりあう必要は無いのかもしれない。 中途半端な理解・同情・関心は必要以上に誰かを(自分自身かもしれない)傷つけるのかもしれない。
でも、知りたいと思う。
傷ついてもそれを知ることが、その痛みに気づくことが、科せられた義務のような気もする。>Mじゃないから! おぎそんの気持ちは、どうだろう、とも考える。 正解なんてそれぞれ。 現場の人とはまた意見が違う気もする。 でも、いいのだ。 一人一人に正解が。そのココロに何かが生まれるきっかけであれば。
(以下、長い引用。)
ボランティア拒否宣言 《花田 えくぼ》
それを言ったらオシマイと言う前に 一体私に何が始まっていたと言うの 何時だってオシマイの 向こうにしかハジマリは無い その向こう側に 私は車椅子を漕(こ)ぎ出すのだ
以下はこちらでご覧下さい。
2005年05月02日(月)
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