絆創膏1枚、一週間お腹に貼っただけで術後の傷が塞がると言う脅威の回復力を見せてくれた次男。その後も風邪をひいたりあれこれしながら何とか幼稚園に入園。3年保育の1年目は幼稚園を3日しか休まず、精勤賞を頂くほどに丈夫になっていたのだった。これには本当に驚いたし、思わずウルウル(感涙)幼稚園生活もすっかり慣れて、長い休みは大嫌い!と言うほどに幼稚園大好きっ子になっていた次男。喜んでいたのも束の間。5歳の秋に突然喘息発症。もともとアトピー体質で、冬にホッペがガピガピになったり、鮫肌ではあったけど、耳の端が切れるとか痒くて寝られないとか言うトラブルとは無縁だったのだけどね。熱は無いし、でも寝入りばなにコンコン咳が止まらないし・・・。少し様子を見ていたのだけど、ある日凄い咳が止まらなくて食事も出来なくなったので、急いで医者に行ったところアトピー性喘息の診断。それからというもの、喘息との闘いの日々だったなぁ。一度発症すると発作が起き易くなってしまい、夜中に何度も吸入に駆け込んだり。でもまだ下の子も小さかったし、夫が夜勤の日もあるので夜中の発作を抑えられないだろうか?と相談した所「メプチン」と言う噴射薬を出してくれたんだけど・・・。これが使用法を間違えると死に至る事があると言う強い薬だったので驚き、ビビッた(苦笑)丁度処方された頃、数名の方が亡くなっていたんだよ〜〜(;´д` )でも使用回数、用法を間違えなければ大丈夫!と看護婦さんの友達から励まされ恐る恐る使ったところ、夜中の診察は随分減ったかな。季節の変わり目は結構通ったけどねそれでも医者の吸入で納まる次男はまだまだ軽い方だったんだよね。喘息仲間(笑)の子供達は結構入院経験多い子が居たもの。もしくはアトピーも重くて、その治療で東北の病院まで通っている子も居たし。病気は比べる物では無いと思いつつ、次男より重い症状の子供を抱えながら頑張っているお母さん達の姿には私も随分励まされたなぁ。それにウチは他の子供達はすこぶる丈夫だったからね。お友達の中には3人とも酷いアトピーだったり、姉妹で喘息で入院したりとそれこそ「お母さん寝てる間ありますか?」とこっちが心配するほど看護に追われる人達もいたんだもの。実際問題私だって、寒い冬の日に半袖1枚で遊んでいて夜中に発作を起こしたりすると「おかーさんの言う事聞かないから!!」と発作で苦しんでいる子供を叱ってしまったりしたよ・・・。昼間3人の子供を追い掛け回して疲れ果てている所、夜中に起こされて身支度整えて、残していく子供の心配をして病院に行くって・・・心身供に辛い事なんだわ。吸入だと小一時間は絶対にかかるし、夜の受診は昼間また再診するようだし次男は昼寝ができるけど、私は下の子がいるから寝てられないし。それが週に何度も何度も・・・となると、可哀相だと思いつつ子供を叱ってしまうんだよね(涙)その時は毎日が必死でわからなかったけど、子供の病気って時に母親の心も病ませるよね。きっとそう言う事だったんだろうなぁ。今になって思うよ。次男は5歳から10歳まで、毎日気管支拡張剤と喘息予防薬を飲み続けていた。お陰様で小学校の高学年の時には「調子の悪い時だけ」飲めば良いとお医者様からお許しを頂いて本人には「発作が起きそう」かどうかがわかるらしい今はもう殆ど飲まずに1年過ごせるようになってきた。うーんと寒い日に走ったり、体調が悪い時に走ったりすると「ヤバイ?!」って感じる事もあるそうだけど、その時はゆっくり走るとか自分なりに薬を飲まない工夫をしているらしい。これもまた成長だよね。ただ、喘息も完治はないのでいつまた発作が起き始めるか解らない。それなのに陸上部で長距離?!と心配もあるんだけどね。とりあえずは自分の体の調子は自分が一番判るようだから次男に任せるしかないよなぁ。・・・と最近原点に返った方が良いのかな?と思い始めたお囃子の呟き(愚痴?!)なのでした。うーん。やはり気難しい次男。最近また梃子摺ってます^_^;今日のお弁当シメジと牛肉の炒め物、パセリとチーズの卵焼ナスとピーマンの油みそ、秋刀魚の蒲焼(缶)先日いれた『秋刀魚の蒲焼』激ウマだったからまた入れて!とお兄ちゃんよりリクエスト。「どのおかずよりも旨かった!」・・・ってあんたねー!!(怒) 今日の夕食 鶏の砂肝の塩焼 大学芋 味噌汁(昨日の残りに味噌を足した物)今日は末っ子の参観&懇談&懇親会で、夕方忙しかった(>_<)今年はシャコバ・サボテンに沢山蕾が付きました!!凄い!!