GARTERGUNS’雑記帳

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お題040/申し訳/涙雨
2004年11月12日(金)

※流血注意※


この邸宅から車で十分ほどの所に新しくケーキ屋が出来て以来、御主人様は毎日のおやつの時間をとても楽しみにしていらっしゃる。
その熱の入りようたるや大変なもので、休日は件のケーキ屋に入り浸り。平日ならば学校から帰宅して自室のカフェテーブルに着いたが最後、宝石の様な「本日のケーキ」を一品、更にそれらに合う紅茶(ないしはコーヒー)を堪能し終えるまで、まともに口を利いても下さらない。
……少なくとも、普段はそうなのだが。



040:小指の爪



「シュテル」

と、席に着いた御主人様が唐突に呼ばわったのに、シュテルは彼の大好きな葡萄のショートケーキを切る手を思わず止め(ホールで買ってくるのだ)、それから彼(か)のかたに向き直り「はい」と短く返事をした。
一体どういう風の吹き回しか、常ならば心此処に在らず唯一点ケーキに在り、といった調子の目は悪戯っぽく眇められ、値踏みする様にこちらを見詰めている。

「『心中』というものを知っているか?」

続く言葉に更に混乱する。
今日のケーキには、何か「心中」に関する謂れでもあるのだろうか?
その謂れでもって、御主人様はわたしを試そうとしていらっしゃるのだろうか。

こんな事ならばあのケーキ屋の男を締め上げてでも詳しい解説をさせておくのだった、と内心ぎりぎりしつつ、シュテルは「二人以上の者が一緒に自殺することでしょう」と辞書の様な答えを返した。

「それは最近のニュースやらで頻繁に使われている方の意味だな」
「は……」

切り分けたケーキをしろい皿に乗せ、……この店のケーキはそれだけで盛り付けの全工程が終了するから楽だ……恭しく、既に銀のフォークを握り締めている主の前に置く。
置きながら、「御主人様の質問に対し己は的外れの回答をした様だ」とがっかりする。

「私が言っているのは『情死』の方の心中だ」

下僕の胸中など意に介さぬまま、ケーキに手をつけた主の話は続く。
普段ならばクリームとスポンジ、果物その他の織り成す絶にして妙なる味わいに蕩けきり、話などしていられない状態なのだが。

「今日、古文の授業で習ったのだ。
 むかしの遊女は、愛する男との『心中』にロマンを見出していたらしい。
 それだけではなく、爪や髪を抜いたり切ったりして、『心中』の証としていたのだと」
「はあ」

未だ主の意図が掴めず、紅茶を淹れながらシュテルは控えめに、しかし注意深く返事をした。
込み入った話になりそうだと思ったのだ。
が、その予想すらも外れ、

「お前なら、私と心中したいなど言って爪を剥ぐくらいはしそうだなと思った」

主の話は此処で途切れた。
……待てど暮らせど一向に「続き」らしきものは無く、しかも主が普段通りの蕩けた表情でケーキを嗜んでいるのを見るにつけ、本当にこの話は終わったのだなと気付く。

結局、何を仰りたかったのか―――
唐突な主の行動には、いつも驚かされているが。
特に今日は、調子が狂いっぱなしだ。
恐らくはただ単に、学校であった話を忘れぬ内に、というだけなのだろうが。
ケーキよりも先に己に関する話を振って下さった、と手放しで喜ぶべきなのだろうが。

しかし、シュテルの口元は苦く歪んでいた。
不愉快だった。
己の心情を、下級売春婦と貧しい庶民の現実逃避に過ぎぬ「心中」になぞらえられるなど……
おまけに爪を剥ぐなんて程度で、己の思いを量られるなど。

生じた苛立ちと怒りは、容易く己自身に向けられる。
こんな風に見損なわれるのは己に様々なもの……例えば言葉や実績、ハク、身の振りようなどが足りていない所為だ、と。
この男の精神構造では、攻撃的な感情が主に向かう事など万に一つも有りはしないのであった。(その原因が全て主にあったとしてもだ)

「ガルデン様」
「ん?」

口腔で潰れる新鮮な葡萄の汁に陶然としていた主が、普段滅多な事では食事中に話し掛けてきたりはしない下僕の方へと向き直る。
ありありと翠の瞳に浮かぶ「邪魔をするな」の文字。
しかしシュテルは挫けず、これだけは言っておかねば、と余り巧くない口を開く。

「私はそんな遊女と同じではありません」
「それはそうだろうな」

お前の様な遊女が居たら不気味だ、と言い捨て、再びケーキの世界へと埋没してゆこうとする主。

「ガルデン様!」

そういう意味ではありません、と言った所で、主は益々鬱陶しがるか面白がって、無視するなり茶化すなりで話を流してしまわれるだろう。
何か、良いアピール方法は無いだろうか?
あなたの仰った事は、このシュテルにとっては耐え難い誤解なのだと、判って頂く方法は無いだろうか?

……ふと、見やった先に先程使ったケーキナイフを捉えた。

「―――――」


シュテルは己のジャケットを脱いで卓の上に掛け、クリームで汚れたナイフを取ると、

「失礼」

主に不躾を詫びてから弓手をジャケットの上に置き、小指に刃を馬手であてがい、銀の柄を握った拳にがっと上げた右足の靴底を当てて、そのまま全体重をかけた。







「馬鹿」

淡々とした主の声が、頭にがんがん響く。
決して不快ではないそれに、シュテルは無意識に薄ら笑いを浮かべた。
計算や演技でこんな事をしているのでないと、判って貰えただけでも嬉しかった。

「早く血を止めろ。絨毯が汚れる」

言われるまま、ポケットから出したハンカチで欠けた小指の根元を縛る。
右手と口できつく絞った布切れは、見る間に重く濡れてゆく。
赤黒い染みで台無しになるジャケット。
久し振りに見た自分の血は、以前抗争や日常の些細な事で流したそれより、ずっと熱く思えた。

「痛み止めは?」
「薬は効かないもので……」

別の組に居た頃の薬物濫用の所為で、今ではメジャーな薬物の殆どが効きやしない。
主は「ああ、そうだったな」と、少し面倒臭そうに呟き、それからじっとシュテルの顔を見た。

「心配要りません、そんなに痛くありませんから」
「心配などしていない。β-エンドルフィンでラリるのは兎も角、あまり自惚れるな」

珍妙な会話と数瞬の沈黙の後、無機質を思わせる瞳をシュテルの顔と手、交互にやりながら、再び唇を開く。

「何がしたかったのだ?」

考え様によっては、罵倒より酷いリアクション。彼にはシュテルの唐突な行動の意味するところが判らなかったらしい。
いや、知っていて確認しているのかもしれない。
どちらにせよ、問われた以上は答える以外の選択肢など無かった。

「爪は、剥がしてもまた生えてくるでしょう」
「それで?」
「そんな幾らでも代わりのきくものを、わたしは心中の証にしたりしない」

だから指を詰めたのです、と。
主はそれを聞いて、ふふっと笑った。
子供の悪戯を見る親の様な、ひどく大人びた緩い笑み。

「お前、そんな馬鹿な行動に走るほど、私だけを好きなのか」

己の為に指を切断した男を、何の躊躇も恐れも無く見据えて彼は言う。

「この私が、証として指をもっと寄越せと命じたら、お前は従うのか」
「あなたがそれでわたしを信じて下さるのなら、指を全部失くしたって構わない」
「全部は困る」

ケーキの給仕をするのに不都合だ、と呟き、それから食べかけの甘いものに向き直って。

「多少血圧が上がっても支障が無い程度に、きちんと止血をしてこい。
 寝室で待っていてやるから」

早くもクリームに濡れた唇でもって、実にそっけない調子で大変な事を告げたのだった。




しろい敷布に溺れ、まるで何もかも初めての子供の様に、遠慮も思慮も及ばず理性を手放す。
そんな下僕が可笑しかったのか、主は吐息と嬌声の合間でずっと笑い声を立てていた。

「遂に組長の息子に手を出したか」

ことが済んだ後、男の頭を抱いたまま三日月の形の唇で呟く彼。

「父様にばれたらドラムミルで擂り身にされるぞ」

そして海に流されるのだ。

ただの脅しと言うには血生臭すぎる事を、さも甘い寝物語の様に囁く彼は(普段が幾ら良家の子息然としてあっても)やはりこちら側の住人なのだ、とシュテルは思った。

「……わたしが」
「ん?」
「わたしが死ぬ時は、ガルデン様も一緒に死んで下さるのでしょうか」

問うてみると、彼はふっと笑うのを止め、

「何故私がお前といっしょに死ななければならないのだ?」

真顔で問い返してきた。
……予想していた答えだが、あれだけの情事の後なだけに、流石に堪えるものがあった。
脳内麻薬でうわついていた心が現実に引き戻され、無い筈の小指の先がうずく。
そうだ、己如きがエンコ詰めをした程度でこの方に心中を強いるなど、おこがましいにも程がある……

「申し訳御座いません」

差し出がましい真似をしました、と詫びる。
主はそんなしょげた下僕に哀れを催したのか、それとも嗜虐心を刺激されたのか。
もしくは最初からこの答えを用意していたのかも知れないが(この考えもまたおこがましいだろうか?)、

「おい」
「は……い」

男の硬い髪を掴んで無理に顔を上げさせて。

「私がお前に付き合う義理は無いが……
 お前が私に従って死ぬことくらいは許してやる」

言葉の意味が判らず、一瞬ぼんやりと間抜け面を晒した男の唇に、甘いクリームと葡萄の味が残る口付けを落としてきた。

「あ」

唐突な主の行動には、いつも驚かされている。
特に今日は、調子が狂いっぱなしだ。

「あ……ありがとうございます」

彼の言葉を理解したその瞬間、沈んでいた思考を再び浮上させた単純な己に呆れつつも、精一杯の声で返事をする。

ああ、一生分の小指の爪で、死する時まであなたに添い遂げる事を認めて頂けるのなら。
この身が細胞レベルまで擂り潰され、海に流された時には、あなたの心の一部くらいわたしに割いて頂けるだろうか。

既に己が身を海中に四散させた様な、奇妙な浮遊感。
ひょっとして、あの店のケーキを召し上がっている時の主はいつもこんな気分なのだろうか、と思いながらシュテルは、

「ありがとうございます」

もう一度繰り返し、皿を空にした後の主がいつもそうする様に、もう既に無くなってしまったものとソレがもたらした無上の興奮・幸福の余韻を楽しむべく、目を閉じて口元を緩ませるのだった。



―――――

一週間ぶりの雑記更新がこれで申し訳御座いません。
御無沙汰しておりました、TALK-Gです。

今回のお話はボアンさんの素敵パラレル設定「ケーキ屋『エルフ』物語」に感動してこしらえたものです。
ケーキ屋の店長にしてギャルソン、妹への密かな想いに悩むブラコンヒッテル兄ちゃんを筆頭に、天才的な技術を持ちながらもバイト君への想いの余り奇怪な行動に走りがちな恋するパティシエ・グラチェスさん、その想い人たるバイト君にして、甘いものにさしたる興味が無いにも拘らずお菓子作りの才能をバリバリ発揮する勤労高校生サルトビ、サルトビの友人にしてお気楽極楽なバイト君、笑顔の素敵な悪意無きトラブルウェイター・アデュー。
この四人を軸に、あけすけで元・お水の兄思いな妹カッツェ、お嬢様な同級生パッフィー、サルトビの幼馴染にしてガールフレンド(?)のイオリちゃん、『エルフ』のケーキに惚れ込んだあまりショウウィンドウの端から端までを一気買いするわ開店から閉店まで粘るわ挙句に店の近くの高校(サルトビ&アデューが通う高校でもある)に転入してくるわと突飛でもない事ばかりするちょっぴり頭のネジの緩んだワガママお坊ちゃま(その正体はヤクザの組長の息子)のガルデンやら、その世話役にして頭のネジ山が完全に潰れている現役ヤクザのシュテルなどが入り乱れて繰り広げるラブコメディ。

ラブコメディ。

まかり間違っても上記の様な雰囲気の話ではないのでありました。
それでも書かずにおれなかったんだ。(だって組長の息子=ガルデン、組員=シュテルがあんまりはまっていたんだもの。あまつさえ私の中では既に組長=漫画版ガルデン、姐さん=聖(以下略)の黄金図式まで出来上がってしまっている。馬鹿だ)
ボアンさん、こんな三次創作でも許可して下さって有難う御座います。
(本当に良かったのだろうか?)

―――――

昨日、夜篠嬢と共に印刷会社サンライズさんに見学に行ってきました。
雨がざんざと降っていました。
……呪いか、それとも涙雨か?

見学に関することはまた後日。
知識豊富な受付の方を始めとした社員の方皆様が、とても親切で丁寧で、此処に入稿しようと決意を固めるに十分な対応をしてくださった事だけ先に報告致します。

折角のまたとない記念本、あらゆる面に満足ゆくまで(そして満足して頂けるまで)頑張りたいです。



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