GARTERGUNS’雑記帳

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お題026
2004年07月13日(火)

026:The World





この世界に生きるものには二つの種類があります。
支配するものとされるものです。



「シュテル!何処に行った、シュテル!!」
「はい、ただ今参ります!」

ある大きなお屋敷の一室。
銀と翠玉と象牙で出来た様なエルフめいた生き物が、豪奢なベッドの上から不機嫌そうに下僕を呼ばわります。大慌てで走ってきた図体の大きな男は、その自分よりずっと小さなものに何のてらいも無く跪き、頭を垂れました。

「お呼びでしょうか、ガルデン様」
「遅い!!何をやっていたのだ、シュテル!!」

ガルデンと呼んだそれに枕を投げつけられ、シュテルと呼ばれた男は益々恐縮して頭を低くしました。

「第一、この館などそう大した広さでもないだろうに……
 主を待たせるとはどういう了見だ」
「も、申し訳御座いません」
「ふん、まあ良い。今更お前に四の五の言ったところで何が改善される訳でもない」

尊大な態度で断じるガルデン。彼は言葉も無いシュテルに、手を差し伸べて命じます。

「服を着替えさせろ。寝汗で気持ち悪い」



……下僕が恭しく寝間着を脱がせ、肌を冷たい濡れ布で拭い、髪をくしけずる間、されるままの主は退屈そうに、ベッドの天蓋を見上げながら呟きます。

「全く……少し熱が出ただけだと言うのに、十日近くもこんな所に閉じ込めおって」
「しかし、幾ら微熱と言えど油断は禁物。あなた様に万が一の事があったら……」
「お前の意見など聞いてはおらん」

口を挟むシュテルを睨み、その手の新しい寝間着を払い落とすと、

「もう家の中は飽いた。外出着を持って来い、外に行く」

つんと顔を背けて駄々を捏ね始めました。

「―――――」

下僕はそんな主の他愛無い言葉に、赤い目を一瞬細めました。
顔を背けている主には判らぬ事でしたが。

「どうした?早く持って来ないか。この際だ、服も靴もお前に見立てさせてやるぞ」
「……なりません」
「何?」

低い声に、主は下僕に向き直ります。

「外出はなりません。どうか御辛抱下さい」

繰り返すシュテル。
主はいっそ呆れた様な声音と表情で問いました。

「お前……自分が何を言っているのか判っているのか?」
「はい」
「そうか………」

瞬間。
バシーンと凄い音がしました。

「貴様如きがこの私に何を言うか!
 外出の可否まで、貴様に口出しされる謂れは無いぞ!!」
「………申し訳、御座いません」

瞬間沸騰した主に叱責された下僕は、額を押さえながら再び床に跪きました。
褥での慰みと置かれていた分厚い本で殴られ、割れたのか、押さえる大きな手の下から赤い雫が滴ります。

「もう良い、自分でする」

最初からこうすればよかった、とガルデンはベッドから降り、すたすたとクローゼットに近寄っていきました。
下僕は額を押さえながらもそれを追い、回り込んで

「ガルデン様、まだお体の方が」

と食い下がります。

「しつこい!もう一発殴って、この身の健康を証明してやろうか?!」
「このシュテルを殴る事で思い止まってくださるのならば幾らでも。
 お願い致しますガルデン様、どうか外へは」
「何故そうして私を外に出したがらない!」
「お言葉ですが、ガルデン様こそ何故そうして外に執着されるのですか」

シュテルの言葉に、拳を振り上げかけていたガルデンは

「―――――」

ふっと毒気を抜かれた顔になりました。

「何故って……此処よりも、外の方が良いではないか……」

子供に「何故空は青い」と問われた親のような表情。
困惑と呆れをない交ぜにした視線に、シュテルが問いを重ねます。

「何が良いのですか。この安全で快適な屋敷内と比べ、外にどの様な魅力があるというのですか」

その低い声に滲む暗さに、主は眉を寄せながら。

「外には……沢山の刺激がある。
 敵も……私を『仲間』なんて呼ぶ変わった奴等も……そいつらと過ごす時間も……
 こんな退屈な屋敷では手に入らないくらい面白い」

答えると、下僕は底冷えのする赤い瞳を閉じ、

「それがお望みなのですね……」

呟いて、背にしていたクローゼットに向き直りました。

「判りました、ガルデン様が其処まで仰るのならば、わたしは止めは致しません。
 ……今、お召し物をお持ちします」

ぎ、と立派な扉を開き、部屋一つほどの広さがあるその衣装棚に足を踏み入れるシュテル。
その背を追いながら主は「最初からそう素直にしておれば怪我をせずとも済んだものを」とぼやき、しかし翠の瞳には隠しきれない嬉しさを浮かべていました。

外に出られる。

10日間、ベッドの上で眠りと退屈に倦み腐りそうになっていた日々からやっと解放される。



シュテルが戻ってくるや、ガルデンは彼が持ってきた服を奪う様にして身に付けました。
久々に寝間着以外の服に袖を通し、ブーツを履いて。
地面を踏まぬうちに少々萎えてしまった気すらする足に力を込めて。



殆ど駆け足になりながら屋敷のドアを開き、外に出ると。
其処は荒涼とした砂漠になっていました。



「―――――」
「……だから、外には出ない方がと申し上げたのです」

自分の見ているものが理解出来ず、ただ呆然と立ち尽くすガルデンに、シュテルが横に並んで。

「ガルデン様が病に臥していらっしゃる間に、様々な事が起きました」

やけに近く見える月は奇妙に欠け、世界を守護する大剣に光は有りません。
見渡す限り続く砂漠。緑溢れる森だった筈のこの地に生命の声は無く、ただ真っ赤な空の下に気怠そうに横たわっています。
それら全てを「様々な事」で済ませ、シュテルは感情の起伏の無い声で続けます。

「あなた様が望んでおられたものやことも、全て絶えてしまったのです」

ガルデンはシュテルを見上げ、その赤い瞳に嘘の色が無いのを認めて、それでも

「……嘘だ」
「嘘では有りません」
「嘘だ!!」

激しく言い募りました。

「こんな……こんな馬鹿な事が……」

そのままふらふらと歩み出そうとした所で、シュテルに止められます。

「離せ……」
「いいえ、今のあなた様ではこの砂漠を渡るなど無理です」
「っ……」

ガルデンは砂地にへたり込み、月より遠く見えるシュテルの目を見上げました。

「どうして……どうして皆いなくなってしまったのだ……?」

先程の剣幕が嘘の様な、途方に暮れた子供の問いに、シュテルは薄く笑いました。

「皆が居なくなったとしても、わたしが居ります故」

疑問には何も答えないまま。

「あなた様が望むのでしたら、敵にも友にも、隷(しもべ)にも主にも、どんなものにでもなって御覧に入れましょう。
 わたしだけで足る筈です、元々あなた様の周囲にそう多彩なものは無かった筈ですから。
 わたしが、あなた様の望む何者にでもなって、あなた様の無聊を慰めて差し上げます」

ガルデンはぼうとシュテルを見上げていましたが、やがて手を引かれてのろのろと立ち上がりました。

「ああ、おかしいと思ったのだ」

色の無い唇から、先程のシュテルの血の様に零れる言葉。

「主従関係しか知らないし構築できないこの私が、どうしてこんなにも、楽しいものや嬉しいことに触れながら生きていられるのか。
 この夢の様な日々はいつ終わるのだろうと、そんな事ばかり考えていた。
 世界中の時間が止まらない限り、いつまでも楽しい時間が続く筈が無いと、判っていたのに」





この世界に生きるものには二つの種類があります。
支配するものとされるものです。




「もうそんな喪失の痛みに怯えるのはお止め下さい。
 あなた様はあなた様のまま、停滞と言う安定に御身をお任せ下さい」

静かで否定する事を否定する様なシュテルの囁き。
それにこくりと頷きながらガルデンは、

「お前以外を知らずにゼロのままで居れば良かった」

戻った屋敷の閉ざされる扉の内で、誰にも否定して貰えない嘆きを口にして、それきり思考を停止させるのでした。






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「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F

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暗い赤はTVシュテルカラー。
漫画版シュテルはともかくTV版は、ティアダナーンや36話、38話、44話を見聞きすればする程、何とも言えない気持ちになります。
自分自身の意思、「良心」というものを持ちながら、他のリューやリュー使い、乗り手の育ての親を殺害するのに何の躊躇も無いシュテルを見るたびに、ゼファーがカイオリスの対キルガイン戦やOVAのソフィー戦で自発的に戦いをやめてしまうシーンを思い出します。



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