GARTERGUNS’雑記帳

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お題025
2004年07月05日(月)

025:のどあめ



イルルヤンカシュ山脈に連なる霊峰の一つに、秘宝が眠っているという。

「クバシルの蜜って言うんだけど、それを守ってるのがまた厄介な奴らしくてさ。
 そいつを躱して秘宝を手に入れる為に、サルトビにも是非協力して欲しいんだ」

いきなり地図を広げて説明を始めたアデューに、サルトビは胡乱な視線を向ける。

「……何で俺が手伝わなきゃいけねえんだ?」
「丁度此処で会ったから」

確かに自分はイオリから託された情報収集の為に、このイルルヤンカシュ山脈ふもとの町に来ていたが。
そして其処でアデューと出くわしたのだが。

「一人じゃ心もとなくてさ。乗りかかった船だと思って助けてくれよ」
「俺だって暇じゃねえんだ。大体『一人』って、手前(てめえ)のいつもの連れはどうした」

問うと、アデューはふっとその表情を曇らせた。

「ガルデンは……寝込んでる」
「何?」
「頼むサルトビ、力を貸してくれ。
 あいつを救けるのに、どうしてもクバシルの蜜が要るんだ」

あの、見た目に拠らぬ頑丈さを持つガルデンが、寝込んでいる。
告げられた事実と告げた者の眼差しにサルトビは眉を寄せ、「鬼の霍乱だな」と呟いて。

「……で、どうするんだ」
「え?」
「嫌だっつったってしょうがねえんだろ。あいつが寝込んでるなんて可笑しいの通り越して気味が悪りいしな。気味が悪りいもんをそのままにしとくってのも寝覚めが良くねえ。
 ……俺はさっさと任務に戻らなきゃいけねえんだ、手っ取り早く説明しろよ」
「サルトビ……」

諦めた調子で言う忍者に、アデューは「そうこなくっちゃ」と破顔して説明を再開した。




翌朝、未だ日が昇り切らぬ内に、アデューとサルトビは霊峰に向かって出発した。
目的の物が有るらしいのは山の頂上付近。その途中、中腹を越える辺りまではリューで飛び、時間と距離を稼ぐ。が、残りの道は徒歩だ。

「本当はリューで一っ飛びにしたいんだけどな。
 リューは凄え強い魔力を放出するだろ。
 クバシルの蜜を守ってる奴は魔力の流れに敏感で、それで敵の位置や強さを察知するんだってさ。
 とにかくタフな奴らしいから、出来れば気付かれずアイテムだけ取って帰りたいんだけど」
「何処から仕入れた、そんな情報」
「ガルデンから」

ガルデンがほんの小さな子供だった頃、今の様に寝込んでしまった事があるらしい。
その際、病の治癒と滋養強壮に効果てきめんの魔法の甘露、「クバシルの蜜」と共に母親から与えられたのが、それを彼女が入手するまでの武勇伝だったという。

「あいつが、クバシルの蜜があれば……って泣きたくなるくらい弱々しい声で言うもんだから、それは何だって聞き出してさ。
 あいつが言ってた『武勇伝』通りにすれば、その蜜も手に入るんじゃないかって」
「……子供を寝かせる為のおとぎ話じゃねえのか」
「行ってみなきゃ判らないだろ。俺は本当の話だと思う」

譲らないアデューにサルトビはやれやれと首を振り、彼に続いて飛ばしていたリューを降下させた。着地先は山の半ば。

「一歩間違えたら崖の下だな」

リューをミストロットに戻した二人は、剥き出しの険しい山肌に沿う様にして、霧深く道とも言えない道を山頂に向けて登っていく。
アデューはその体力で、サルトビはその身軽さで、難所も巧くかわしつつ行くが行くと、日が大地の剣の頂に差し掛かる頃に目的の場所に辿り着いた。


それは、山の側面をぶち抜く様にして掘られた洞窟めいた空間。
ごつごつとした岩肌の天井は人の手では為し得ぬ高みに在り、支柱が埋め込まれた壁面には幾何学的な模様や絵文字が並び、暗くて見通せぬ奥までそれがずっと続いてある。

「『巨人の根城』だ」

アデューは興奮した様子で言った。

「『武勇伝』で聞いた通りだ。この奥にクバシルの蜜が有るんだ!」
「おい、ちょっと待て」

喜び勇んで早速中に入ろうとするアデューを止めるサルトビ。

「何だよ、早く持って帰ってやらなきゃあいつが……」
「……その『クバシルの蜜』とやらを守っている番人は何処に居やがるんだ?」
「…………」

息を詰め、周囲を見渡す二人。
一先ず何の気配も感じられない事を確認して、アデューは声を潜めつつ言った。

「……説明した通り此処には魔力に敏感に反応する『巨人』が居て、そいつがクバシルの蜜を守ってる。
 聞いた『武勇伝』じゃあ、あいつの母さんは此処に来るなり巨人に襲われたらしい」
「此処まで登るのに歩きじゃなく飛行魔法を使って、それを察知されたんだったか」

そんな待ち伏せを避ける為に二人は徒歩を併用してやってきた訳だが。

「……じゃあ、こうやって魔法や魔力を放出するアイテムを使わねえで居れば、そいつは現れねえのかよ」
「其処までは判らない。けど、例え出くわしても危険度が減るのは確かだと思う」

言いながらアデューは暗い洞窟に一歩踏み入れ、ミスト鉱石の魔力を利用したランタンに火を……

………………





……ズズズズ、と地震の様に壁や天井が震える。土埃が舞う視界にゆっくりと滲み出す影。

「……おい音速馬鹿」
「……ははは……悪りいサルトビ、やっちまった」

地響きめいた足音を響かせ、洞窟の奥からランタンの発した光の魔力に呼応して現れたのは、古のドゥーム・ゴーレムだった。
邪竜族の操るドゥームの様な高性能ではない代わりに、とにかくタフでしつこい。急所を破壊されるまでは、何処までも自分のエリア内に侵入した不心得者を追いかけ攻撃するという、何かを守る番人にはうってつけのドゥームだ。

「また厄介なもんを目覚めさせてくれたな」
「いや……ほら、まあ、その、何だ……
 ……黙ってひとの宝物貰ってくのも悪いしさ、どうせなら正々堂々ぶんどるかって……」
「言ってろ」

こうなったら魔力を隠していても仕方が無い。踏み潰されるより先にとリューを召喚した二人は、先手必勝とばかりにそれぞれの武器を抜いて番人に襲い掛かった。
が―――――

「?!」

パラディンの必殺の剣を愚鈍な筈のドゥーム・ゴーレムに躱され愕然とするアデュー。同じく並ぶ者の無い疾駆の一撃を躱されたニンジャマスターは、即座にとんぼをきってゴーレムの攻撃範囲から逃れた。

(何だこいつ……)

パラディンの、増してニンジャマスターの攻撃は、ゴーレム如きに反応出来る生易しいスピードのものではない。
なのに何故……

「………」

サルトビはその目を眇め、パラディンとゴーレムの攻防を見極めんと神経を集中した。
―――――パラディンが微かに腕に力を込める。その瞬間からゴーレムは、鈍重に、しかし確実にその身を動かす。

「!」

振り上げられ、叩き付ける様に下ろされたパラディンの剣は、しかしゴーレムに掠る事も無かった。
いや、傍らで見ているとそれはまるで、パラディンがわざわざゴーレムを攻撃範囲から外して見当違いの場所に剣を振るっている様にさえ見える。

「なっ……何なんだよこいつ!鈍いくせに、何で攻撃が当たらないんだ?!」
「無駄だ、アデュー」

剣を大きく振りぬいて隙が出来た所に、攻撃力しか考えられていない無骨で巨大なゴーレムの棍棒に打たれ、堪らずよろめくパラディン。
アデューはその痛みと衝撃に咳き込みながら、サルトビに怒鳴った。

「む、無駄って何がだよ!!」
「俺達、気配だか魔力だかの流れで、動きを完全に読まれてるみたいだぜ」

ゴーレムは攻撃を躱しているのではなかった。
相手の攻撃を先読みして、それが当たらない場所に前もって動いているだけなのだ。
どんな剛剣でも、相手を捉えられねば意味が無い。また、一度決めた攻撃の軌跡を急に変更するのは至難の業だ。ましてそれがアデューやパラディンの様な大剣使いならば。

「『魔力の流れに敏感』ってのはこういう事かよ……」

これでは攻撃を当てるだけなら兎も角、急所を狙うのは困難を極める。

「おいアデュー!その『武勇伝』では、どうやってこいつを躱してクバシルの蜜を奪い取ったんだよ!」
「魔法だ!魔法の歌で眠りにつかせたんだ」
「魔法の歌……手前がこないだ散々自慢してきやがった『ハイアールブの蜜歌』みたいなもんか」

確かに高レベルの魔法ならば、使う事を先読みされていようがどうしようが、ゴーレムに為す術は無いだろう。それが位置や間合いをある程度無視できる、音響に拠るものなら尚更。
が、自分達は戦士である。この打たれ強いゴーレムをどうにか出来る様な魔法のスキルは、当然持っていない。

「畜生、ガルデンが居れば魔法や蜜歌でこいつをさくっと躱して、さっさとクバシルの蜜をガルデンに持って帰ってやれるのに」
「思考が破綻してるぞ」

どうやらスピードや攻撃方法の面に於いて汲みやすしと見られたか、集中的に攻撃を受けているゼファーを見やってサルトビは考えた。
……幾ら怪力でこちらの攻撃が当たらないとは言え、ゴーレム程度の攻撃力では、パラディンをそう易々と打ち取れる筈が無い。
ならばパラディンを囮にしておいて、スピードで勝る自分が目的のお宝を取ってくるか。
……いや、奥に侵入しようとするなら、奴はすぐさまこちらを標的にしてくるだろう。
スピードを極限まで高める為に防御力を犠牲にしたニンジャマスターでは、あのゴーレムの攻撃を甘くは見られない。動きの先を読まれ、更に攻撃まで加えられて、果たして奥まで簡単に辿り着けるだろうか。

「………結局、ぶっ壊すしかねえって事かよ」

面倒臭え、と鼻を鳴らし、サルトビは大きくニンジャマスターを後退させた。
それに慌てたのがアデューである。

「おっ……おい、サルトビ!!何処行くんだ!!」

呼べど答えは返らず。探れど気配は読み取れず。

「ちょっと待ってくれよ………」

じとりと額に汗が滲むのを感じながら、アデューは少し痺れてきた腕で盾を構え直す。
ゴーレムの攻撃は相変わらず容赦ない。何時の間にか防御に徹する事を余儀なくされ、しかもじわじわと押し戻されている。このままではクバシルの蜜を手に入れる事など出来そうも無い。

(……メテオザッパーを使うか?)

アデューの脳裏に、ちかりと考えが瞬く。が、彼はそれを慌てて打ち消した。
修得したての頃ならいざ知らず、今のアデューのそれは正に山をも吹き飛ばす大爆閃剣。
こんな所でそれを使ったら、この霊峰は勿論ふもとだってどうなるか。
そもそも、目的であるクバシルの蜜が跡形も無く灰燼に帰す事間違いなしである。

「畜生ーーー!!!」

どうにもこうにも出来ない状況に、焦りと苛立ちを爆発させそうなった瞬間。
目の前で棍棒を振るわんとしていたゴーレムの首が、勢い良く斬り飛ばされた。

「―――――」

唖然として見れば、その肩には闇風を手にしたニンジャマスターが。
力無く崩折れ、地響き立ててどうと倒れるドゥームからひらりと降りた彼は、

「隠形の術は実戦向きじゃねえから嫌いなんだよ」

やれやれといった調子で呟き、ドゥームの頭部を念の為細切れにしてからパラディンに振り向いた。
呆気に取られていたアデューは、漸く番人をどうにかしたのに気付き、

「……何だ、今の」

至極尤もな疑問を述べた。

「隠形の術。気配を殺す術だ」
「いや……それは何となく判るけど」
「あれは気配を読むドゥームだろ。だったらこうするのが一番じゃねえか」
「それも尤もだけど、いや、そうじゃなくてさ。
 お前、そんな術使えたのか?」

生身でなら兎も角、魔力の横溢するリューごと気配を消すとは。

「これぐらい出来ねえと、アスカ流忍者の次期頭なんてやってられるかよ。
 鬼より怖ぇ女に爆烈丸を没収されちまう」

面白くも無さそうに言い、サルトビはリューから降りた。

「あれには精神集中が必要なんだ。もうちっと熟練した忍なら、一瞬で姿を消せるんだがな。俺はまだそうはいかねえ。
 しかも姿を消したままで攻撃なり移動なりしようと思ったら、生半可な気の練り様じゃ足りねえ。一刻を争う場じゃあ、実戦的じゃねえんだよ。
 ……ま、大ぶりな剣筋に気配だだ漏れの手前がドゥームを引き付けてたお陰で、ちっとは楽に精神集中できたぜ」
「……お前、何か俺の事馬鹿にしてないか」
「馬鹿とはさみは使いようだって褒めてんだよ」
「嬉しくねえし褒めてねえよそれ」

アデューもまたリューから降り、いまいち良い所が無かったとぶつぶつ言いながら、

「……とにかく、こうやって番人も倒した事だし」
「そうだな、さっさと目的のもん持ってずらかるか」

サルトビと連れ立って洞窟の奥へと向かった。



やがて辿り着いた洞窟の最奥。
其処には、根元に魔法めいた紋様を刻まれた、一本の背の低い木が植わっていた。
アデューのカンテラの光に、その葉はきらきらと濡れた様に輝いている。

「……………」

注意して寄ってみると、何とも甘い香りが馥郁と漂ってくる。
熟した果実の様な、咲き初めの花の様な、濃密かつ爽やかな甘い匂いにアデューは

「すげえ良い匂いだな」

と喜び、サルトビは

「……胸焼けがする」

と眉を顰めた。
更に傍に寄って見てみれば、瑞々しい緑の葉の一つ一つに、丸い水滴の様なものが乗ってある。
黄金色、もしくは血を溶かした様な紅玉色の、指先ほどの丸い雫。

「これがクバシルの蜜か」
「ああ」

アデューはかねてより用意してあった小さな硝子瓶を取り出し、葉先にその口をあてがって、そっとその葉を突付いた。
ふるふる震え、やがて葉脈を伝って転がり落ちた蜜は、瓶の中でころんと硬い音を立てた。
覗いてみると、つい先程まで柔らかな雫だったそれが、まるで飴玉の様に真ん丸く固まっている。

「この木は、霊峰の水脈地脈からいいものだけを取り込んで育った木で……
 その葉にたまる雫は、どんな蜜よりも甘くて栄養があって、一口舐めれば、どんな酷く痛めてても飛び切り良い状態に治っちまう位、喉に良いんだってさ」
「喉に……?」
「ずっと昔、まだハイエルフっていう精霊がこの世に沢山居た頃は、『歌』ってのが言葉と同じ位に大事なもんでさ。
 だからハイエルフ達はそれぞれが住む森や霊峰でこの木を育てて、その蜜を舐めて、綺麗な歌を歌う為の喉を大事にしてたらしい」
「それもあいつが言ってた『武勇伝』の中の話か」
「いや……この木を見て何となく思い出した」
「………………」

冗談なのか本気なのか判らない顔のまま、蜜玉を硝子瓶に詰め終えたアデューはそれにしっかり蓋をし、割れない様に布に包んでから荷物の中に入れた。
その慎重さがどうして普段から発揮出来ないのかと思いながらもサルトビは、戻る道すがら、肩を竦めてどっちらけた顔で言う。

「何だ何だ、結局ガルデンの奴ぁ喉を痛めてただけだったのかよ。
 寝込んだなんつう大袈裟言って、俺まで巻き込んで、イルルヤンカシュの山脈くんだりまで喉飴探しか」
「喉痛めたのもそうだけど、寝込んだのは本当なんだぜ、ちょっと無理させちまって」
「どうせ腹ぁ出して寝て風邪引いたとかそんな所だろ。それともその『歌』でも歌いすぎたのか」

洞窟を出ると、夕焼けが辺りを染めていた。
その赤い光の中で爽やかに微笑みながらアデューは、

「いや、最近益々あいつが色っぽくなったもんだから、毎夜毎晩朝まであんあん泣かしてたら、喉壊した挙句に腰痛めて寝込んじまったんだ」





サルトビはアデューを無言で崖から蹴り落とし、速やかにその場を立ち去った。


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「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F

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お題022:MDの続き。「クバシルの蜜」の元は神話に出てくる「クヴァシルの蜜酒」、モデルはこの飴。(喉飴ではないのでは)



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