GARTERGUNS’雑記帳

TALK-G【MAILHOME

お題023
2004年06月28日(月)

※「異邦人」(大学生アデュー&電波ガルデン)設定で※




俺の同居人は電波だ。
どう見たって20歳かそこらにしか見えないのに、事あるごとに「私はもう3200余年も生きてきた」なんて言う。
他にも自分は意思を持つロボット(リューと言うらしい)を召喚できたとか、魔法が使えたとか、俺が世界を救った聖騎士の生まれ変わりだとか、そんな今更子供向けの漫画でも言わない様な事を主張したりする。
本気で。真剣に。
茶化したりしようものなら、自分の言った事は間違っていないと真っ赤になって攻撃してくるか、不貞腐れてぷいと向こうを向いちまう。
そんな、3200年を生きたと言う割には子供っぽい彼が、最近正に子供の様にハマり込んでいるものがあった。



023:パステルエナメル



毎月27日になると、彼は朝から外出する。
普段は居たり居なかったり、一日中起きていたり寝ていたりとおよそ時間というものに束縛されない生活をしている彼だが、この日だけはいつもきちっと7時前に起き、大学やバイトに出掛ける俺よりも先にこのアパートを出て行く。
で、夜に俺がバイトを終えて帰ってくると、御満悦で狭い部屋を占拠している。
胡座をかいた彼の周りには小さな空き箱とくしゃくしゃになった銀紙の山、手の中には小さな動植物のフィギュア、傍らに置かれた鍋やボウル一杯に残骸としか言い様の無いチョコレートの欠片。

「…………」

部屋に立ち込める甘ったるい安物チョコのケミカルな匂い。
噎せそうになりながら俺は、足の踏み場も無い中を無理を重ねて踏みしめて、彼に近寄って

「……ただいま」
「なんだ、早かったな」

声を掛けると、顔も上げずに素っ気無い返事。その視線は手の中のおもちゃに注がれている。

「またやってんのか」

唯一残された避難所であるベッドに上り鞄を下ろしながら言うと、彼はこくりと頷き

「今やっと二つ目のシークレットが出たのだ」

と、やっとこちらを向いて嬉しそうに報告してきた。

「……そりゃ、良かったな」
「ん」

頷いた彼は、ベッドの下に手を伸ばして其処からコンビニや菓子屋のビニル袋を幾つも取り出し、中身を床にぶちまけた。

「ノーマルは全部揃ったから、後はシークレット一つで今回のバージョンが全部揃う」

転がる掌サイズの箱。皆同じデザインで、渋い書体で「世界の伝説図鑑」なんて書いてあって、下には小さく「生き物編3」とか記してある。でかでかと使われている写真は、さっき彼が持っていたのと同じ動植物のフィギュアのものだ。

「お前も手伝え」
「……はいはい」

その箱を拾って開けると、中には銀紙に包まれた丸いチョコレート。それを更に割ると、小さなカプセルが出てくる。
マトリョーシカでもやってる気分で更に開くと、幾つかのパーツに分かれたフィギュアが出てきた。
組み立てると太った紫色のカエルみたいなのになるそれは、誰が見ても細かくて綺麗なつくりだと判る出来で、やけに生々しかった。……はっきり言って気持ち悪い。

これは、かなり前からコンビニやスーパーの菓子売り場を賑わせている、食玩の一種だ。
毎月27日に新バージョンが出る、この「世界の伝説図鑑」はその名の通り、世界中の伝説や神話や民話や……とにかくまあ色んな「おとぎ話」に出てくるものをモチーフにしている。
彼はそれがいたく気に入っているらしく、27日になると前述の様に朝から出掛け、そこらの店に出るこの食玩の最新バージョンを買い占めてくる。(何処からそんな金が出るのかは知らないけど)
……で、ノーマルからシークレットから全種類のフィギュアが出るまで、俺を巻き込んでずっと箱を開け銀紙を剥きチョコを割りカプセルを開き続ける訳だ。
最初は何だかなあって思ってたけど、毎回全種揃ったのを並べて幸せそうにうっとりしているのを見ると……何つうかその、普段が居丈高で怒ったりばっかりな分、ちょっとイイなあって思っちまう。
……そんなレアな表情見たさにカプセル割りを手伝う俺も、彼と大して変わらないかも知れない。

「…………」

労いでも掛けてくれるかな、と手元のカエルを、別の箱を黙々と開けている彼に放ってやると、

「……ゲロゲロは既出だ」

ぽいと投げ返された。

「気持ち悪いからって差別してやるなよ、可哀相だろ」
「別にそういう訳ではない。ただもう足りているから」

言いながら彼は幾つものフィギュアを並べて見せる。
花、木、獣、何だかよく判らないもの……

「どれも精巧で、色もよく表現出来ている。このゲロゲロも本物の様だ」

……これっておとぎ話に出てくるやつだろ。
本物の様だって、本物見た事あるのか。

口から出掛かった突っ込みをぐっと飲み込み、大人しく彼の話を聞く。こういう時に茶々を入れるとキレちまうからな、あいつ。

「マイマイスライムや岩トカゲ、ステファン、ビュリホの樹……その他も、毎回の事ながら実に正確に色形を表現している。もしかしたら嘗ての勇者の一人が、3000年前の記憶を持ったまま、このフィギュアの造形師として生まれ変わっているのかも」

いよいよ電波が強くなってきた。しかも今日のはかなり酷い。
俺は軽い頭痛を覚えながら、取り出したフィギュアの部品を組み立てていたが。

「お前もきっと何か感じる筈だ、嘗てリューに乗って戦った魔物や、森で受けた木々の恵みを思い出すかも」

其処まで言って唐突に俺をはたく彼。

「いてえ、何するんだよ」
「訳の判らん事をして遊ぶな!!」

色んなフィギュアを混ぜ合わせて新生物を作っていたのがお気に召さなかったらしい。頭から樹を生やしたトカゲと岩の甲羅を背負ったリンゴをひったくり、ばらばらにしてしまう彼。

「自信作だったのに……」
「やかましい!お前に期待した私が馬鹿だった」

型どおり出来た二つのフィギュアをダブりの山に投げ、「余計な事はしないで、まだ見つかっていないシークレットを探せ」と命令してくる。かなりお冠だ。
3200年も生きてるって主張を一番胡散臭く思わせているのは、この短気さっつうか子供っぽさだって、いつになったら気付くんだろう。
……その後二人で黙々と、箱を開けたりチョコを割ったりしながら(途中で夜食を要求されたりもしながら)夜を過ごしていたんだけど。

「おっ……」

いい加減指先と鼻が麻痺してきた所で、何やら見慣れない色形のパーツが出てきた。
慌てて組み立ててみると、一度も見た事の無いものになる。
緑の葉っぱのついた黄色の花の、可愛らしいフィギュアだ。

「おい、これ……」
「あっ……」

見せると、えらく慌てた様子で手を伸ばしてくる。

「最後のシークレットだろ、それ。良かったな」
「……」

渡して言ってやるが、それが聞こえていないのか彼は、食い入る様にそれを見詰め始めた。
その真剣そのものな眼差し。
俺も思わず息を詰め、黙って様子を見ていたんだが。

「………違う……」

やがて彼は、ぽつりと呟いて視線を外した。

「これは違う……」

余りに落胆しきった声と表情に「シークレットじゃなかったのか」と訊いてみると、

「シークレットだが……色が……」

可哀相なくらい肩を落として、俺にそのフィギュアを見せてきた。

「この薬草は、花はもっと淡い象牙色……パステルエナメルの色なのだ。
 こんな黄色ではない……」

指さされた箇所は、確かに鮮やかな黄色に塗られている……が。

「いや、だってこれ、想像上のものをモチーフにしてるんだろ?
 色が違ったりしてたって当たり前だろ」

俺はつい、今まで言うまいと黙っていた突っ込みを入れてしまった。
……ああ、彼の中の「3000年前」は不可侵のものなのに、それに茶々を入れてしまって。
俺も大人げないよな、今にきっと物凄く怒り出すぞ……

「…………」

が、彼は予想に反して、何とも言えない表情で見上げてくるだけだった。

「この薬草は……葉を揉んで、剣で受けた傷口に直接当てるだけで、痛みや炎症を抑えて治りを早く……」

喘ぐ様に呟く口元、その翠の縋る様な目。

「覚えていないのか?」

問い掛けられて、俺はまた地雷を踏んだ事に気付いた。
何だかよく判らないが、このモチーフの薬草は彼にとって、えらく思い入れのある草だったらしい。
そして、俺が覚えていてもおかしくないものだ、と……
俺じゃない、「聖騎士の俺」が。

「……知らない」

気がつくと俺は、彼に現実を突きつけていた。
もっと他に言い様があったかも知れないと思ったけど、口にしてしまった言葉はもう戻らない。

「…………」

彼はぼうっと俺を見詰め、それから言葉の意味を理解したのか悲しそうに俯いて、手のフィギュアを落として。

「……ガルデン」
「………」
「ガルデン、待てよ」

パタン





……あんな顔させるつもりで今まで起きてた訳じゃないのにさ。
狭くて散らかり放題の部屋に一人残された俺は、落ちた拍子に花の部分が外れたフィギュアを拾い上げて

「……黄色の方が綺麗だろ、どう考えても」

放置していた鞄から、携帯電話を取り出した。






翌朝、俺が朝飯の支度をしている所に彼が帰ってきた。

「お帰り」

声を掛けても、反応は芳しくない。
何処で夜を明かしたのか……いつもの様にずっと街を徘徊していたんだろうけど……紙の様に白い顔色をした彼は、俺に気付かれない様にか、片付けられた部屋をちらちら見て……

「あ……」

いつも飯を食ってる小さなセンターテーブルの上に、ソレを見つけて声を上げた。

「下の階の奴に、プラモ塗る絵の具貸してくれっつったら、今何時だと思ってやがるこの馬鹿野郎って怒鳴られた」

出来た朝食をいつも通りの二人分運びながら、ソレを手にとってまじまじと見ている彼に声を掛ける。

「しかもあいつが持ってるのに象牙色…パステルエナメルって無くてさ。紫とか紺とか黒とか、そんなのばっかで。
 仕方ないから白とか黄色とか灰色混ぜて、作っちまった」
「これ……お前が?」

手の中の、象牙色に花を塗られたフィギュアを指して訊いてくる。
そのまん丸な目はどういう意味なんだろうな。
俺がこんな細かい事するのが意外なのか、元の塗装に比べて余りに素人臭さ万点の出来にびっくりしているのか……

「あいつの手が空いてたら、手伝わせてもうちょっと巧く、すぐになおせるんだけどな。
 今はこれで我慢してくれよ」
「―――――」

彼は俺の言葉に目を閉じ、そろりと目を開いて、何度か花と俺を見比べて少し視線を外し。

「お前の考える事は、判らない……」

言葉とは裏腹な、朝から蕩けそうな笑みを浮かべるのだった。



―――――

「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F

―――――

今回「異邦人」御存知でない方には訳の判らない話でごめんなさい。



BACK   NEXT
目次ページ