019:ナンバリング 新型のドゥーム兵が開発・生産された。 リューメイジ級の三倍の魔法力を誇るドゥームソーサラー。 複数騎で敵を取り囲んで結界を張り、その力を奪い吸収した後に超炎熱呪文(ホノメガン)を発動して自爆する、無人ドゥーム兵である。 「良い出来ではないか」 完成したドゥームソーサラーを前に、ガルデン一族の長は満足した様子で言った。 天井の高いこの「安置場」では、彼の低く涼やかな声がよく響く。 「ドゥームグレムリンやゴブリンナイトの様に、数で圧倒するタイプが今までは主流だった」 こつこつと踵を鳴らしながら、ゆっくりと三騎あるドゥームを見て回る。 「しかし今回は趣向を変え、数を絞って手数と予算をつぎ込んだ。 しかもその結果が、超A級の無人自爆タイプと来ている」 維持費や修理費、邪竜族からの機体貸与要請等の後腐れも無い、素晴らしい予算消化術だと笑う。 「最終動作チェック完了済、不具合は無し、後は良い名前をつけるだけだな」 手元の書類を捲りながらそう続ける長。 其処に、尚低く重い声が割り込んだ。 「名前など、たかがドゥーム兵には必要無いと思われますが」 振り向けば、斜め後ろに控える男が仏頂面でこちらを見ている。 いや、元々厳ついつくりのこの男はいつだってこんな表情を浮かべているが、それにしても今回は随分と不機嫌そうに見える。 しかも己が主の言葉にこんな風に反論するとは。 珍しいものを見る気分で、長は「何故だ?」と首を傾げた。 「名前を得る事で、『コレ』はこの世に自己を確立する。 また、名前を与える事によって、私はこのドゥームを真に支配する事が出来る。 疎かにして良い事だとは思えんが」 「しかしあなた様に名をつけて頂ける程のものだとは、思えませぬ」 「分不相応だ、と?」 「あなた様が与える『名前』は強う御座いますから」 このドゥーム程度では、正に「名前負け」してしまう、と。 そう言いたいらしい男を眺め、それからドゥームソーサラーを見上げた長は、蒼い目をちらと男に戻した。 「本当にそれだけが理由か?」 目に見えて判る程表情を強張らせた男に、問いを畳み掛ける。 「何か他に意図があるのではないか」 「……わたしは、」 「正直に言え」 「……わたしはただ、このドゥーム如きではあなた様による『名前』は強過ぎると」 「……お前の最大魔法力は幾らだ?」 「は、……14944ですが」 「このドゥームの最大魔法力は16900ルーンだ」 ぐっと言葉に詰まる男に歩み寄る長。 口元には三日月の様な笑みを貼り付けている。 「純粋にお前よりも強い力を持つモノに、それを理解している筈のお前が、何故そんな異を唱える?」 囁きが吐息に変わる距離まで近付かれ、赤い目を揺らす男。 その可笑しいくらいに動揺している表情を楽しみながら、長は己が下僕に「銘」じた。 「答えろ、『シュテル』」 「っ………」 主によって「名」を呼ばれ、男は苦しげに息を詰めた。 やがて泳いでいた目を閉ざし、長い溜息と共に言葉を漏らす。 「そ、れは……」 「それは?」 「……、わ、わたし以外にあなた様に『名』を呼ばれる馬があるのが我慢出来ないのです」 とうとう誤魔化しきれなくなったのか、男は半ば叫ぶ様に告白した。 「それが別の者がつけたものならまだしも、畏れ多くもあなた様がつけた『名』であるなど」 「…………」 主の視線から逃れたいのか、顔を緩く背けて続ける。 「しかもアレは、幾ら性能が良いとは言え使い捨てのドゥームではありませんか。 それに何故、あなた様が『良い名前』をつけるのですか。そんなものは、必要無い筈です」 其処まで言って、押し黙る男。 長は呆れた様に首を振り、彼の告白を一言に要約してみせた。 「ただの嫉妬ではないか」 「違います!」 「何が違う。自分以外の『私が支配し縛る馬』が増えるのが嫌なのであろう」 どんな深い理由があるかと思えば、馬鹿らしい、と溜息をついた主は、何とも言えない表情をしている下僕に手の書類を放った。 「これは……」 「このドゥームソーサラー三騎の仕様書と命銘書だ」 ぱらぱらと紙を捲る男の襟元に自分の万年筆を挿しながら、長が言う。 「お前の全ては私のものであるから、お前が『名』づけて支配すれば、同時に私もそのドゥームを支配出来る」 「は、……それでは」 顔を上げて見てくる男に何処か嬉しそうな色を認め、彼は寛容の染みた苦笑いを浮かべた。 「そんなに私が『名』をつけるのが嫌なのなら、お前がつけろ」 こうして、剣聖剣邪のあわいの魔法科学を結集して造られた超A級のドゥームソーサラーには、長の馬によって「名前」がつけられた。 が。 「『ジバク二号』『同三号』『同四号』だと」 後日開発部から上がってきた最終報告書に記されたその名に、目を剥く長。 「何だこれは。私は『名前』をつけろと言った筈だ」 「お気に召しませんでしたか」 表情も変えずそんな事を言う下僕を、長はぎろりと睨みつける。 「召す訳があるか。自爆するドゥームだからジバク……しかも二号、三号、四号。 これをまともな名と思う奴が何処に居る」 「わたしは良い名だと思ったのですが」 いけしゃあしゃあと男。 長は、比べるのが馬鹿らしいほど自分より長く生きている筈のこの下僕が、想像以上に大人げない事を知ってこめかみを押さえた。 「こんな名のドゥームを傑作と誇り支配せねばならぬ私の身にもなれ」 「誇らなければ良いではないですか。支配する価値もない、と全てわたしに任せて下されば」 今回の件で、嫉妬を隠す事を止めてしまったらしい下僕の言葉を、主は溜息と手で遮った。 「もう良い……この件ではお前に何を言っても無駄だとよく判った」 「それでは、この名の侭で」 「変えろと言った所でもう遅い。既に『名前』が要求される自爆プログラムの『契約』まで終了してしまっている」 報告書を放ってまた溜息をつき……ふと、気付いた様に言う。 「……何故このドゥームに『二』から番号を振った?」 尋ねられた下僕は少し沈黙し、それから低く答えた。 「……あなた様の『馬』の『一』は、わたしです」 「―――――」 呆れ、疲れきった表情を浮かべた主は、もう何度目か知れない溜息をつきながら、天井を仰いだ。 ――――― 「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F様 ――――― 漫画二巻に登場するアレ。 幾ら何でも「ジバク」という名は酷すぎると思った。解説文でも「(笑)」とか言われているし。 あと、たまには漫画ガルデンがぐったりする話を書きたいと思ってやった。 今は反省している。 ――――― 姉の家に行っていたら更新がずれてしまいました。アワワ。 もうすぐ姉に子供が産まれるのです。初の甥っ子ないし姪っ子です。ドキドキしますね。 姉は、私が子供に何か変な事を教えるのではないかと心配している様です。 そんな事を心配するより先に、部屋に積んである『ご近所ミステリー』『嫁姑バトル』『貴女も被害者に?!』とかいったコピーが躍る分厚い奥様向けレディースコミック誌を片付けた方が良いと思います。子供が「ご近所」や「おばあちゃん」や「米屋さん」に変な先入観持っちまうぜ。
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