007:毀れた弓(こわれたゆみ) 暗く虚ろであったシュテルの眼窩に、常の紅い光が点る。 失っていた意識を回復した機械騎士は、即座に己の状態をチェックし始めた。 数瞬の後、階級転移が解けかなりのダメージを受けているものの、動けぬ程ではない、という結論を出し――――― そこで、はたと気付く。 己は、あの聖騎士共と邪竜皇帝の攻撃で致命傷を負った筈。 それも自己修復では到底追いつかないレベルのものを。 なのに何故、傷が此処まで回復しているのか。 「気が付いたか」 唐突に傍らから投げられる声。 シュテルは慌てて体勢を立て直し、そちらに向いて跪いた。 『ガルデン様……』 「その分だと、傷はましになった様だな」 言って微かに笑う主は、鎧を脱ぎ、顔や胸、手足に包帯を巻いていた。 痛々しい姿ではあったが、その落ち着いた表情は不思議と見るものを安堵させた。 『ガルデン様、我等は一体……』 「墜落したのだ。大地の剣の頂から、聖騎士の一撃を受けて。 五体がバラバラにならなかったのは奇跡としか言い様が無いな。 ……まあ、それもお前が最後の力で私を庇ったからであろうが」 『…………』 「気が付いた時には全く人気の無い森の中に居てな。 ひとまずお前を札に戻し、休める場所を探す事にした。 暫くして、お誂え向きの場所……此処を見つけたのでな、とりあえず身を寄せた」 『そう言えば、此処は……』 「既に信じる者が絶えて久しい、六柱神でも剣神でもない名も無き神を奉った神殿だ」 ぐるりと周囲を見渡す主。 天井は高く、それを支える柱は太く、嘗ては壮麗な眺めであった事が容易く判るつくり。 しかし今では荒れ果て、すぐにでも崩潰しそうな危うさを放っている。 其処彼処にあるレリーフや神像の類も、遠い昔に破壊されたのか原形を留めているものは無い。 「ヴァニール教とユール教が和解するより更に昔、精霊の千年紀初期に建造されたものであろう。 荒廃の所為でやや判別し難いが、この柱やレリーフの意匠の特徴は、丁度その時期のものと合致する。…… ……お前はそれより遥か古から存在していたと言うのに、判らんのか?」 『剣薄明期以降、ガルデン様に出逢うまでは札に封じられておりましたので……』 「……そうであったな」 主は苦笑し、傍の柱にもたれて座った。 「何にせよ、此処は我等の様な『背信者』にとっては丁度良い休息場所であったと言う訳だ。 幾ら他人の目が無かろうと、剣神や六柱神の神殿に入る気にはなれまい」 此処の空気は我等の傷にも良い様であるし、と続けられた所で、シュテルは最初の疑問を思い出した。 『ガルデン様、その「傷」なのですが』 「ん?」 『わたしの傷は、自己修復ではとても補いきれないものであった筈。 なのに何故……』 「ここまで傷が癒えているのか、か?」 『……はい』 沈黙の後、手に何かを召喚する主。 収束した闇はスパークを伴って、ひとつの武具の形となった。 「君主」の力を秘めた魔槍……剣聖界に大きな傷痕を穿った破壊の鉄槌。 しかし、その柄部分に嵌め込まれていた筈の精霊石が無い。 『ガルデン様、もしや……』 「ああ。精霊石を使ってお前の傷を修復した」 『では、その精霊石は』 主はシュテルの足元を指差した。 ひび割れた床を見れば、綺麗な蒼の欠片があちらこちらに散らばっている。 『!!』 「無茶な使い方をしてしまった様だな。 本来ならばリューかそれ以上の力を持つ機械で使用せねばならん修復魔法を、生身の私が、その石で無理矢理増幅してお前に掛けたのだ。 それが闇の秘術であった事も災いしたのか、使い終わった瞬間に砕けてしまった」 『な、何と言う事を』 狼狽するシュテル。無理も無い、あの精霊石はこの世にふたつと無い最強の石であったのだ。 それを己の様なガラクタ同然であったものに使用し、失ってしまうなんて。 『この精霊石は、ガルデン様にとって無くてはならぬものであった筈です』 「しかしあのまま放っておけば、お前は遠からず完全に沈黙していたであろう」 『わたしが沈黙した所で、精霊石を失う以上の痛手にはなりませんでしょうに!』 「黙れ」 吹雪の声が、我を忘れていた下僕の背を凍てつかせる。 「何を選び何に価値を見出すか……それを決めるは、全ての所有者たるこのガルデンよ。 貴様如きがでしゃばる事ではないわ」 『は……はっ、も、申し訳御座いません』 即座に己の分を弁えぬ言動に恥じ入り、膝を着くシュテル。 しかしその心中では、精霊石より己を選んだ主の考えを未だ量りかねていた。 主はそんな下僕の疑問を見透かしているのか、一つ溜息をついた後に囁いた。 「……お前は『道具』だ。そして精霊石も『道具』だ。 この観点からすれば、ふたつは等価値と言えよう」 『…………』 「しかし、精霊石には意思が無く、お前には意思がある。 この違いだけが、精霊石を捨てお前を選んだ理由だ」 『……道具には、意思など不要では……』 「そう思っていたのだがな。 お前が持つ『道具であろうとする意思』だけは、私にとって至極心地の良いものだったのだ」 槍を消し、何かを確かめる様に空の手を握り締める主。 「強い力を持つ道具……それを真に己のものにするには、私が『手に入れたい』と思っているだけでは駄目だ。 道具もまた、私というモノに『使われたい』と思っていなければ…… その真の力を引き出し、完全に道具として手に入れ、使いこなす事は出来んのだ」 主の言葉に、道具たる下僕は衝撃を覚えた。 それが、常日頃から己が考えていた事の、正に鏡写しであったから。 己が「ガルデン様の道具」である為には。 「道具でありたい」と願い、傍に侍っているだけでは駄目なのだ。 ガルデン様にも「所有したい」と思って頂かなくては、それはただの自己中心的な独善…… 「長い間共に在ったのに、気付くまでに随分掛かってしまった」 笑いながら主は、青玉の右目を眇めて言葉を続けた。 「改めて訊こう。 お前に、私の『道具』たる意思はあるか? 今の私は満身創痍、ものを見るも剣を執るも侭ならぬ瀕死の有様。 しかしそんな事とは関係なく、剣聖・剣邪両世界の者共が、私の命を狙うであろう。 何故ならこのガルデンは、ふたつの天に弓引いた、最高の愚者にして大罪者であるからだ。 既に引いてしまったものは、もう取り返す事は出来ん。 例えその弓が毀れようと、放たれた矢は二度と戻らん」 握り締めていた右手を開き、男は真っ直ぐシュテルを見詰める。 「そう、例え天をも堕とす弓がこの手に無くとも…… 私は『反逆者』の一族として大罪の字(あざな)を背負い、生きてゆかねばならん。 そんな男に、お前は『道具』として仕える事が出来るのか?」 問われたシュテルは、……この様な形で思いを告白する機会を与えた名も無き神に、密かに感謝しながら……はっきりと告げた。 『あなた様はわたしの主人であり、わたしはあなた様の忠実な下僕で御座います。 出逢った時から、変わる事はありませぬ。 背に大罪者の烙印が押されようと、誓いを違えは致しませぬ。 このシュテルは、永遠にガルデン様の道具で御座います』 「……よくぞ言った」 所有者たる男は、道具の答えにその薄い唇をにいっと吊り上げた。 「私はお前が望む限りの永遠を」 『わたしはあなたが求める限りの永久を』 「ソーディンの聖剣にもメディットの魔剣にも断ち切れぬ禍因の鎖で、我等は互いの腹を繋ごう。 ……ああ、愉しくて堪らぬ。 今の私と『天』には、お前程度で丁度良い。 私は再び立ち上がり、この千切れた腕でお前を引き絞ろう」 呪いにも似た洗礼と誓いの為の言葉を零し、彼はその笑みのままに命を下す。 「私の傍に寄れ、ダークナイト・シュテル。 槍無き君主、私の毀れた弓よ」 誘う様に差し出された手に、シュテルはぎしりと身を軋ませて寄った。 触れるは、無骨な機械騎士にもそうと判る甘い手。 この手に使われる為、己はこうして此処に在るのだと、そんな真実を教えてくれる唯一絶対のもの。 恐ろしい程よく馴染むその手を取り、砕けた石を更に踏み砕いて、毀れた弓は厳かに応える。 たとえ弦が切れ、この身が元素に還ろうと。 其処に残る魂の一欠けらまで、ガルデン様、あなたの為に。 ――――― 「文字書きさんに100のお題」配布元:Project SIGN[ef]F様 ――――― 漫画版シュテルとガルデンの「その後」を書くのもこれで三回目くらいだと思うのですが、毎回違った設定になっていますね。(いや、設定がころころ変わるのは漫画主従に限った話ではないのですが) 何にせよ、あのままで終わる二人(二匹?)ではないと思うのですが、如何でしょうか。 「弱者は強者に屈服するのみが真実」というガルデンの言葉を否定出来ていない限りは、いつまたガルデンが復活したり、第二第三のガルデン的存在が出てきてもおかしくないのですし。 それにしても、漫画版ガルデンのこの書き易さは一体なんだろう。 ――――― 今朝(?)は風切嵐様とまたもディープな萌え滾るお話を…!(有難う御座います!) その中で色々な情報を頂き今からドキドキ。 後、凄く気になっているのですが、結局下僕は恋敵もろとも崖から転落、ガル様を手に入れたのはその相談相手の理性と忍耐の男になったのでしょうか…!! ――――― さて、いよいよ色々企みの季節がやってきますぜ。 なんたって6月はガルデン様TV初登場記念月間だもんね。(6月14日に登場)
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