GARTERGUNS’雑記帳

TALK-G【MAILHOME

コロコロコロッケ
2003年11月20日(木)

雨が夜更け過ぎに雪へと変わろうと槍へと変わろうと一人でカップ麺を啜っているのには違いないクリスマスのスケジュールに沈鬱な面持ちで独り佇むTALK−Gですこんばんは。銀髪の美人半エルフか銀髪の痩身中年親父がズタボロの服で意識を失ってついでに記憶も失ってその辺に落ちていないかなあ。(コートのポッケに手を突っ込んで道端の石を蹴りながら)

さて、今晩の食事はコロッケだったのですが。
コロッケという食べ物には、何となく不思議な懐かしさが付きまとっていてですね。
私個人の思い込みなのですが、何と言うか……「古き良き思い出」を連想させるものがあるのですよ。
学校の帰り道、友達と一緒に商店街で買って食べながら帰った思い出。
小さい頃、手作りのコロッケのタネに粉を打ち卵を潜らせ、パン粉をまぶした思い出。
素朴で飾り気の無い「コロッケ」という食べ物に、そんな「よくある思い出」は、不思議なくらい……それこそ山盛り千切りキャベツの様に似合う気がするのです。


―――――

*漫画版シュガルです*

「ガルデン様」
「シュテルか……」
「どうされたのですか、こんな冷える厨房で……」
「いや、腹が減ってな……」
「それでしたら何か軽い夜食……リゾットでもお作り致しましょうか」
「その申し出は有り難いが、もう飯は作ってしまった」
「ガルデン様が、手ずから料理を……?」
「ああ」

ことん、と何かが盛られた皿を、備え付けのテーブルに置くガルデン。
それは白い湯気を立てる、狐色で小判型の……

「……こ、コロッケ?」
「そうだ。マッシュポテトが余っていたのに、塩胡椒と衣をつけて揚げただけだがな……」
「し、しかし何故コロッケを?」
「まあ、座れ」
「は、はい」

先に席に着いたガルデンが鷹揚に言うのに、シュテルは慌てて頷き、その向かいに座った。
深夜の厨房、皿に盛られた揚げたてのコロッケを挟んで向かい合う、主人と下僕。
奇妙極まりない構図。

「……シュテルよ、昔を覚えているか。
 まだ『一族』を統べる者が無く、その任を負うべき私は未熟なガキで、力欲しさに必死で足掻いていた時代の話だ」
「…………」
「私の元にはイドロとお前と、若干の『一族』の者だけ。
 国も無く、縁(よすが)は我々のその身のみ。
 正に身を寄せ合い、古く狭い打ち捨てられた家に、息を潜めて暮らしていたな」
「……はい」
「あの頃は何しろ金が無かったから、今の様な栄耀豪華な食事は出来なかった。
 それでもお前やイドロは、私や『一族』の者を飢えさせまいと、自分の身を削ってでも三食を作って卓に出した。
 ……今の様な派手な金の稼ぎ方は、やはり当時のお前達には出来なかったろうから……食費の面だけでも、相当な苦労をかけたと思う」
「……それは」
「私が気付かないとでも思っていたか?」
「……………」
「……コロッケも、そんな時に良く出た料理の一つだったな」
「ガルデン様、フォークを……」
「要らん」

―――――サクッ、と、小気味良い音を立てて、白い歯がコロッケを噛む。

「……熱い」
「ガルデン様は、猫舌だった筈では……」
「今もそうだ。が、冷めたコロッケが美味いと思うか」
「……いえ」
「それに、フォークとナイフで食うコロッケと、手で摘んで食うそれと、どちらが美味いと思う?」
「…………」
「そんな事を言われても、という顔をしているな。
 ……シュテル、もう一度訊こう。昔を覚えているか?」
「は、はい」
「それでは、私がこうしてコロッケを手で摘んで食っていた事は、覚えているか」
「……いえ、ガルデン様はいつも、どんな料理でもきちんとテーブルマナーを……」
「そう、イドロが煩かったからな。
 しかし、だ。私はこうして、お前の前で、行儀悪くも手掴みで、コロッケを頬張った事があるのだぞ」


「あ」


「思い出したか?」
「思い出しました……」

頭を抱えるシュテルを、面白そうに見つめるガルデン。
その細めた猫の様な瞳が、昔の彼の幼い笑顔と重なる。

「その頃の私は育ち盛りであったから、三食だけでは足りなくてな。
 よく腹を空かせていた。
 が、イドロや部下の手前上、そんな事は言えなかった」

指についたパン粉を舐めるその仕草まで、昔と全く同じで。

「言えなかったのだが、お前には見抜かれていた様だな。
 ある時お前は、紙に包んだ揚げたてのコロッケを私に差し出した。
 全く唐突に、無言で、少し困った様な顔をして」
「あ、あの頃は、この姿を取って間も無い頃で、作法が判らず、……
 ……大変無礼を致しました」
「無礼だなどとは思っておらん。
 ……それに私は、元々ヒトでは無い癖にヒトに似た姿を取り、慣れぬ『声』と『言葉』で訥々と話す変わり者の事が、当時から気に入っていた」

シュテルは、テーブルの下でぎゅっと拳を握った。
そうでもしなければ、顔がしまり無く緩んでしまいそうだった。
しかしそうして顔を引き締めても、頬が熱くなってくるのは隠し様が無かった。
原因の一つは、顔が緩むのと同じ、嬉しさ。
もう一つは―――――

「……その、己は、無調法者で……
 今でさえ、己に出来る事の少なさに喘いでいる様な有様なのです。
 なので、どうかこの下僕を哀れんで下さるなら、ヒトの姿を得たばかりの頃を話されるのは……」
「……恥ずかしいか?」
「……はい」

でかい図体を縮めて俯くシュテル。ヒトの身というのはどうしてこんなにも感情が表に出易いのだろうと、そんな事を考えているに違いない。
ガルデンは二つ目のコロッケを摘みながら、笑みの滲んだ目で、昔と変わらぬ下僕を見つめた。

「では、ヒトの言葉に不慣れだったお前が『オカエリナサイ』や『オヤスミナサイ』と咄嗟に言えず、冷や汗を流した挙句いつも、抱擁やら口付けやらで誤魔化していた事も……何故ヒトの姿を取るのか尋ねた時に、二時間以上掛かってやっと一言『いつも貴方の傍に居たいからです』と答えた事も、今回は言わない事にしよう」
「……あああああ」
「それよりも、コロッケの話だ。
 ……あの頃はいつもイドロが食事を作っていたな。
 本来なら炊事などが似合う女ではないのに、……あのコロッケも、イドロが作ったものだったのだろう」

子供の無邪気さか大人の慈悲か、本当にさらりと話を変えて、ガルデンは首を傾げた。
それにシュテルは慌てて頷き、まだ熱い頬を大きく無骨な手で隠しながら答える。

「はい、そうです。……夕飯の支度をしている所から、一つ失敬しました」
「やはりか。……普段、皿に盛られてナイフとフォークで食べるそれと同じ物の筈なのに、やけに美味く感じられてな。夢中で食べた。
 ……が、同時に無性に悲しくなってな」

薄い唇が、少し苦い笑みを刻む。

「どうして自分は、こんなコロッケ一つで満足しているのだろう、と。
 どうして自分は、部下に……お前に、そんな気を遣わせてしまったのだろう、と。
 ……自分の不甲斐なさが染みた。悔しかった。惨めだった。このままではいけないと思った。
 いつか『一族』を纏め上げ、コロッケなど目では無い程の豪勢な料理を、飽きるまで皆に食わせてやろうと、そう思った」
「……………」

シュテルは、……あの日あの時、嬉しそうにコロッケに齧りついていた幼い子供が、その安い油で汚れた口元を笑ませながら考えていた事を初めて知り、……敵わない、という思いを一層強めた。
自分は、この男には敵わない。
敵う筈も無い。
下僕とか主人とかそういうのを抜きにして、心から感服した。圧倒された。打ちひしがれた、と言っても良い。

「……そしてガルデン様は、ガルデン様が願った通りの夢を実現させたのですね……」
「食事の面に限定すれば、だがな」

ガルデンは首を巡らし、広い厨房を見渡した。
この厨房と、隣接する食料貯蔵庫は、ガルデンの下で働く者達の胃袋を一時に満たすだけの設備と物を、常に備えていた。
また、特定の職や家を持つ事が難しい環境で生きざるを得ない「一族」の常として、庶事に器用な者が多かった為、調理者はそこ等のお抱えシェフより豊かな技術と知識をもっていた。
肉、魚、野菜、果物、パン、牛乳、酒、蜂蜜……
整った設備、優秀な調理者……
何でもあったし、何でも作れた。
階級や能力に関わらず、ガルデンの下で働く者達に出される食事は、常に豊かだった。

「……しかし、な」

再び目の前の皿に視線を落としたガルデンは、少し悪戯っぽい笑い声を漏らした。

「これだけ豊かな食材があって、望めばどんな美味い物でも食えて、調理者にも事欠かず、不器用だったお前でさえリゾットなどというものを軽く作れる様になったというのに……
 ……どうしてか、急にこれを食べたくなる事があるのだ」

飾り気の無いコロッケ。
肉も、玉葱も、グレービーソースさえ無い、何とも素朴で無粋な食べもの。

「手で掴んで、熱い揚げたてのコロッケを食べると、あの時と同じ……
 悔しさと惨めさが混じった味がする。
 もう二度と味わいたくないと強く強く思った味なのに、
 ……どうしてか、私はこれを求めてしまう」

また一つコロッケを咀嚼する。
二度と味わいたくない筈のそれを食べる彼。
その表情に滲んでいるのは奇妙な程の穏やかさで、……それはシュテルが未だ理解し得ぬ「懐かしさ」に似ていた。

「忘れてはいけないのかも知れない。
 この味を、私は忘れてはいけないのかも知れない。
 だからこうして、真夜中に、突然……忘れたくとも忘れられやしないのに、わざわざ記憶を掘り返すような真似をしているのかも知れない」
「ガルデン様」

思わず名を呼ぶシュテルの声に、彼は顔を上げた。
普段通りの、薄い笑みを浮かべる彼だった。

「詰まらん話をしたな」
「いえ、そんな」
「ああ、全く馬鹿らしい。わざわざ好き好んで嫌な思いをするなど、お前じゃあるまいし」
「そっ、それはどういう……」

今度こそ真っ赤になって席を立ち、思わず食って掛かるシュテルの、その口元に人差し指を押し当て、ガルデンは囁いた。

「余り大きな声を出すな。闇に生きる我等では有るが、此処では当直制で職務が進む為、今眠っている者も居るのだ」
「………も、申し訳御座いません」
「それとな、シュテル。良ければ、リゾットを作ってくれ」

赤い目を瞬かせる下僕に、主人はやはり幼い頃と同じ、悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「幾ら昔の事を思い出したとて、やはり昔は昔。
 今の私は、余り油っ気の多いものは好かん。翌日の胃にもたれるのでな。
 だから夜食は、さっぱりとしたもので締めたいと思う。
 ……出来るか?」

シュテルは、……この夜初めての自信に満ち溢れた表情を浮かべた。

「お任せ下さい、ガルデン様。
 舌と胃に優しいリゾット、すぐに作ってお持ちします」
「出来れば、野菜を入れて欲しい。色のついた野菜と、ついていない野菜。
 それと茸。スープは鶏か魚介、パセリを散らしてくれ」
「チーズは如何致しますか」
「パルミジャーノを少しだけ」

其処まで言って、ガルデンは席を立った。
立ち去り際、「出来上がったら寝室に持って来てくれ」と言い置いて。

「イエス、マスター。何時もの侭に、仰せの通りに」

優雅なブーツの足音が遠ざかり、厨房の扉が閉ざされるまで、シュテルはその場で頭を垂れ……
それからゆっくりと身を起こし、首元のタイを締め直した。

冷めかけたコロッケは、夜勤の若い衆が喜んで平らげるだろう。
それを作ったのが誰かなど、思いも馳せず。
恐れ多い事では有るが、勿体無いとは思わなかった。
何せそれは「過去」の味で……
……「今」の彼が求めているのは、不器用な下僕が主人の好みに合わせて腕を磨いた、優しく何の気負いも感じさせない味のリゾットなのだ。

「……己は、好き好んで嫌な事をしているのではありませんよ」

上着を脱ぎ、シャツの袖を肘まで捲り上げる。
普段は武器を持つ手で厚手の鍋を取り、雷を呼ぶ力でチーズおろし器を引き寄せる。

「己は、好き好んで、好きな事をしているのです」

そう、こうやって、戦以外の事も、貴方の為なら。

昔から何も変わらない思いを胸に、一人きびきびと働く下僕。
その様子を閉ざしたドア越しに見取り、溜息混じりに微笑んで、主人は厨房を後にした。


―――――

「闇の君主」というキャラクターから遠く掛け離れた、豆腐屋のラッパが聞こえてきそうな話になってしまいました。
最初はボジョレー・ヌーヴォー解禁の話題から入って、何かハイカラな話を書こうと思っていたんですが。

漫画版のガルデンは子供の頃から凄い苦労をしてきた人、という雰囲気がありまして。
それ故、私個人のイメージの中では、彼は料理も洗濯も出来るし、金銭感覚はカッツェ並みに発達しているし、中間管理職としての業務を果たしながらも「一族」の事を大切にしているし、高級な物より庶民的な物、フレンチディナーよりコロッケやカレー、ドンペリより焼酎、ハーゲンダッツよりガリガリ君を好みそうな気がしてしまうのです。

でも本当に私が一番気になっているのは、シュガルの筈のこの話がガルシュにしか見えないっぽい事です。
ウワー(慄然)




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