TOM's Diary
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S氏の兄をじっくり観察すると、髪型は同じ床屋で同じ注文をしたかの ようにS氏にそっくりであり、服装はまるでS氏の洋服ダンスから取り 出した服を着ているようであった。 兄弟だけあってセンスが似ているのかもしれない。
しかし、こちらに近づく様子は、とてもぎこちなかった。 まるで老人のようであった。歳がそんなに離れているのか? それにしても同じ親から生まれたのならどんなに歳が離れていても 老人と言うことはあるまい。きっと大怪我か何かの後遺症かもしれない。
いずれにしてもS氏は早く近くでS氏の兄を見てみたくなり、 玄関を出てS氏の兄のほうへ向かっていった。 S氏の兄はそれに気がつかないかのように、庭や建物をくまなく 観察しながら歩いていた。まるでビデオカメラで隅から隅まで余す ことなく、記録をとっているかのように思えた。 しばらくしてS氏が向かってきていることに気がついたS氏の兄は 旧知の知り合いにするように右手を上げて挨拶をした。 その動きもとてもぎこちなかった。 そしてS氏の兄は再び観察を続けた。
S氏はようやくS氏の兄の前にやってきたが、どう声をかけてよいか 判らなかった。S氏の兄は立ち止まり、手を出しだした。 S氏は恐る恐る握手に応じたが、その手はゴツゴツとしており、 人間の手としてはとても硬い部類に入るように思えた。 おそらく手を酷使するような仕事でもしているのだろうとS氏は思った。
そのとたんS氏は気を失った。
目が覚めるとS氏はリビングルームの椅子に腰掛けていた。 窓から外を見ると、夕焼けで庭はオレンジ色に染まっていた。 不意にS氏の兄が視界に飛び込んできた。
S氏は急に不安になった。 いくらS氏の兄とは言え、勝手に人の家に上がりこまれたのである。 自分が気を失ったのがいけないのであるが、なぜか納得いかなかった。
S氏の兄はゆっくりとS氏に近づき、S氏の様子を伺った。 そして、口を開いた。 「すばらしい発明品の数々じゃないか」 S氏は自分のことを案じてくれていると思っていたがそうではなかった ことに、いらついた。 さらに、この部屋にある発明品は防犯システムくらいしかなく、その防犯 システムも来客中は音も光も発しないため、気がつくはずがない。そのため S氏はS氏の兄のこの発言にはとても不審感を抱いた。
「発明品とはなんですか?」 「私も発明が趣味でね、いろんなものを発明したよ」 S氏の兄は自分がしたと言う、さまざまな発明についてしゃべり始めた。
S氏は兄の発明品の話に夢中になった。さすがは兄である。自分と同じ ような発明をたくさんしていた。さきほどの不審感は消えかけていた。 S氏は自分の発明についてもいろいろ発言をし、そして助言を貰い、 そして、自分の部屋に移動し、実物を前にいろいろな説明を行った。 S氏は、とても充実した時間をすごしたつもりになっていた。
しかし、話をしているうちに兄の発明に違和感を覚えた。同じような 発明をしているように聞こえるが、内容を吟味するとS氏の発明品を 事前に見ていれば話せるような内容である。もっともS氏が発明した ものではないものについても兄は話していたが、それらも他人が発明 し、公表されているものに良く似ている。
S氏は自分が発明した情報収集ロボットを思い出した。 人間そっくりなロボットであり、握手をした際に手のひらから相手の 手に麻酔注射をして気絶させ、その隙にカメラで映像を写すタイプや 相手の話にあわせた会話をして相手を信用させて、話を聞きだすタイプ や、こっそりと建物の内部を捜索して、情報を探し出すタイプなど さまざまなものがある。 発明当時のものは、すべての機能を一度に持たせるとCPUの処理能力 が追いつかず、情報収集中はぎこちない動きになってしまうが、最新型 はクモ型ロボットの技術を用いており、そのようなことはない。
最新型を作ったのは何年も前の話で、そのためS氏は忘れていたのだが、 S氏の兄の動きはまるで初期型そっくりなのである。 S氏は試しに、呪文を唱えた。 「SSIROBOSTP」 S氏の兄が突然動きを止めた。 5秒おいて、さらなる呪文を唱えた。 「SSIROBOSD」 S氏の兄型ロボットはシャットダウンした。
S氏はS氏の兄型ロボットの背中のコネクタ端子にコンピュータを繋ぎ、 S氏の兄型ロボット内部のハードディスクにアクセスした。
S氏は自分の発明の全貌をきちんと把握できていなかったが、S氏の兄型 ロボットのハードディスクにはそれらがきちんと整理されて保存されていた。 S氏はそれらの情報を自分のコンピュータに移動し、データベースソフトで 開くと、自分の発明品が画像付き(一部は映像付き)でデータベース化され ており、S氏はなにもせずに自分の発明を品目リストを手にすることが出来 たのだった。
S氏は兄の存在に大いに感謝するのであった。
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S氏に情報収集ロボットを送り込んだ、「組織」の係官はS氏の家の周辺で ロボットの回収をするべく1週間待ち続けたあげく、情報収集ロボットが どうなっているか様子を伺おうとS氏宅を覗き込もうとした際に、防犯シス テムを「非常事態モード」にしてしまい、レーザー光線で高価なジャケット を台無しにされるとはこの時点では思いもしないのであった。
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