Leaflets of the Rikyu Rat
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2006年07月30日(日) 愛し過ぎていないなら、充分に愛していないのだ。

 連絡すると言われてから何週間かが過ぎたが、彼が自身のページで僕のことについて記していたので、僕は僕自身の意見をそこに残した。日記と言うものは往々にして主観的なものなので、そこに「自分」が書かれていれば当の本人は気になるものだろう。だから彼の友人には彼の主観だけではなくて僕の主観も吟味した上で客観的に判断して欲しかった。
 (彼は僕の日記に興味が無いようだったけれど。僕は一方的に僕自身の主観としての日記を書いては悪いかと思い、また僕の心情を記したこの日記を読んで欲しいとも思いURLを送ったが、読んでは貰えなかったのだと、彼と会ったときに知った。)
 
 それから彼と会う約束が決まった。最後に会ってから一ヶ月以上が経つ。
 簡単に言うと、彼はあらゆる意味で全く変わっていなかった。

 「浮気なんてしてないって。お母ちゃんと同じ部屋でどーやって浮気すんねん」

 「今更そういう見え透いた嘘つかれると、チョー白ける」 

 あまりのアホ臭さに僕のセリフまでアホ臭くなった。数日前に遣り取りしていたメールでは「僕は浮気なんてしないよ。本気にしかならないから」なんてことを言っていた癖に何を言ってるんだろう。(今回のことが彼にとって本気であるかどうかはどうでもいいけれど、しかしこれは過去に浮気をしたことのある人間が堂々と言える言葉では無い。)彼は上記のようなセリフを周りの人間にこれから言い続けるのだろう。「浮気なんてしてないのに」。そんな態度を取る姿が簡単に目に浮かびすぎて何とも悲しくなった。
 彼はたとえ同室であったとしても「ちょっと出かけてくる」と母親に言える人間であり、そして彼のお母さんは彼の言うことを尊重する人間である。

 君はお母さんの前で韓国での夜、常に母親と一緒にいたのだと誓えますか?
 韓国人の彼の前で「僕と君は何も無かった」と言えますか?

 僕は君のお母さんに尋ねることができるのだと言うことを知っていてください。
 僕は韓国人の彼にmixiを通じて「彼がこんなことを言っていたけど、」と伝えられるのだと知っていてください。

 君の言葉が真実ならば、君は誠実な人間だと彼らは知り、僕のことをピエロのようだと感じるでしょう。
 君の言葉が偽者ならば、彼らは悲しみ、僕のことを痛々しい人間だと感じるでしょう。 

 残念ながら、君は僕のこの日記を読む気が無いようだけれど。


 「僕のこと全然信用してなかったんやな」

 「君なら“こうする”って絶対的に信用してたんだよ」 

 何度も何度も何度も嘘をつき続けられた人間が、相手を信じ続けるにはどれくらいのエネルギーが必要なのだろう。信用できるかどうかなんて証拠と理論、そして経験と勘だ。僕の“絶対的確信”は別に100%な訳じゃない。98%もしくは95%くらいかもしれない。であったら、その残りの2%あるいは5%であるのだという、具体的な証拠と理論を提示して欲しいのだ。


 「結局人間自分がいちばんやからね」

 この言葉を聞いて、ああ、僕は彼と別れて良かったのかなあと感じた。
 彼は良く「愛してる」なんて言った。
 「愛」と言う言葉が好きなようだった。
 しかし彼は「結局自分がいちばん」だったのだ。
 彼の「愛」は自己愛でしか無いのだと知った。
 

 僕がこうして怒りを解放すると「若い」と言われる。
 悲しみを直情的に書き記すと「若い」と言われる。

 僕は相手のために死ねると思っていた。
 だから相手も僕のために死ぬくらい愛して欲しいと思っていた。
 隣人愛とまでは言わない、一生付き合って行こうと言う人間に対してだけでいいのだ。

 それはそんなに難しいことなのだろうか。
 みんなそんなに自分自身のことが大事なのだろうか。

 そう言うと「若い」と言われる。

 若さとは何なのか。
 黙って耐え忍ぶのが大人なのか。
 あきらめることが大人なのか。
 世間の荒波に揉まれ、社会の厳しさを知り、世の中こんなもんだと思うことが大人なのか。
 それが日本人の美徳なのか。

 無論、それまで付き合っていた相手を責め立てている僕の行為が「若い」のだろう。
 けど責め立てられるようなことをしたのはどこの誰だ。

 巫山戯んな。


 昨日彼は僕の荷物を持ってきた。
 僕は彼の家の鍵を返した。
 彼は去り際、僕にハグを求めた。
 笑ってやりすごしたものの目を疑ったのだった。
 その心すら疑ったのだった。


 (題名はパスカルの言葉を引用)


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加持 啓介 | MAIL

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