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2002年08月25日(日) 比較&飽食の時代。

さてさて、今日はまじめな話。

昨日の水難は継続し、トイレでなかなか用をたしてくれないじょり子。思い通りにいかないジレンマで奥様がじょり子に対し「じょり子ちゃんだけよ。トイレでしないのは。他の子はみんなできるんじゃけぇ。」と強い口調で言い聞かせている。
私は、あまり他の子供との比較での叱り方は如何なものかと考え、このことに対し奥様に注意を促そうとした。
しかし、ふと「じゃぁ。自分はどうなのか?」と我が身を振り返ると、注意を出きるほどの立派なものではないし、実際に奥様と両方の母親を比較し揶揄しているんですよね。
「100メートルを10秒で走れって言われてもさ、いくら努力しても走れない奴っているじゃん」精神でいいじゃないかと思う気持ちと、何処かで本人と他人を比べてしまっている自分との矛盾。

これを考えてしまうと、注意を促せないのでした。
長い目で・・ってことなのかなぁ。

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じょり子は、もう食べたくなくなると食べ物をグチャグチャにしてしまう。”お米は八十八の手間隙をかけて作られているもの”と教えられたわけではないですが、粗末にしてはいけないと育った私には無性に腹立たしい行為なので、必要以上に厳しくしてしまう。
上記の比較の事もあって、またまた自分自身を振り返ってみると・・・
確かに食べ物については、そういった信念もあって完璧とは言わないまでも、出されたものについては無理してでも食べます。
が、食事以外のことでは?!となると大量生産、使い捨ての時代に染まってしまっている部分が否めない。極力意識としては持っているのだが、実際の行動が伴っていないことが多い。特に家電については。
紙と同じで、修理するより新しく購入した方が安いということもあるのですが、ものに対する愛着が乏しい。今の時代は、物で満たされた時代のため、自分の命・他人の命でさえ粗末にしてしまう。もう少し愛着を持って接する必要があるとつくづく思う。

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この二つの事柄を通しても、
「自分自身をまず振り返ってみる。」
「自分の言葉に責任を持つ。」
という、ありきたりで当たり前のことなのですが、これが出来ていない事を痛感してしまう。現実世界においても、WEBの世界においても、もう一度意識を高め行動していかねば。



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