2023年07月02日(日) |
AALTO、燃えあがる女性記者たち、鯨のレストラン、沈黙の自叙伝 |
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※ ※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※ ※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※ ※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※ ※スマートフォンの場合は、画面をしばらく押していると※ ※「全て選択」の表示が出ますので、選択してください。※ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ 『AALTO』“Aalto” 1898年生まれで1976年に他界した北欧フィンランドの建築家 ・デザイナー、アルヴァ・アアルトの生涯を記録映像と多く の関係者の証言で綴ったドキュメンタリー。 建築家というと世界文化遺産にも登録されたフランスのル・ コルビジェやスペインのガウディらが思い浮かぶが、それに 勝るとも劣らない巨人が北欧にいた。 アルヴァ・アアルトと彼の最初の妻のアイノは文化財として の建物と、その内に置かれる家具や食器までもデザインし、 しかもそれらは居住性と機能性とを兼ね備えたものだった。 そんな正に現代に生きる建築をデザインし、世に残した夫婦 の物語だ。 それにしても本作は実にオーソドックスな創りの人物ドキュ メンタリーと言える。そこには夫妻の業績と共に様々な関係 者の証言によって夫妻の生活ぶりまで再現される。しかも少 しドラマティックな展開もあり、それを受ける愛情に溢れた 結末まで用意されている。 最近はなぜかドキュメンタリー映画を観る機会が多いが、正 直多少トリッキーな作品が多かった中で、こんなにも純粋に 人物を描き切った作品は見事と言える。それは監督を含めた 映画の関係者全員がアアロン夫妻を自国の誇りと思っている からに他ならない。 そんな中で、フィンランドが対ソ戦略でナチスの支援を受け たために、国家として戦後の国際連合の設立に加われなかっ た影響で、アアロン自身はアメリカでの評価も高かったにも 拘らず国連ビルの設計から排除されたという下りには、同じ 敗戦国の人間として共鳴してしまうところもあった。 その一方で、次々に登場する夫妻が手掛けた建築物やその備 品の数々には、知識のない者が観ても素晴らしさを感じてし まうものばかりで、それらの存在を知り得ただけでもこの作 品の価値を見出してしまうものだ。それを描き尽くした監督 の手腕も称賛したい。 近年の日本の公共建築では、やたらと植栽を誇示することで 自然との調和などと称するものを見受けるが、ここに描かれ た建築こそが本物の自然調和と言えるもので、正に目から鱗 という感じの作品だった。 公開は10月13日より、東京地区はヒューマントラストシネマ 有楽町、アップリンク吉祥寺、さらにシネ・リーブル梅田、 伏見ミリオン座他にて全国ロードショウとなる。
『燃えあがる女性記者たち』“Writing with Fire” 15世紀にポルトガル人によって構築されたとされるインドの カースト制度、その中でバラモンからスードラまでの4階級 に属さない最下層民ダリット、その女性たちが興した新聞社 を巡るドキュメンタリー。 舞台はインド北部のウッタル・ブラデーシュ州。人口2億人 を擁し、インドで最も人口が多いこの州では、ヒンドゥー教 をバックボーンにする高いレヴェルの汚職や女性に対する暴 力、さらに社会的マイノリティに対する抑圧などの不正が溢 れている。 そんな場所で2002年に創刊された新聞 Khabar Lahariyaは女 性たちによって運営され、ジェンダーや教育問題を女性目線 で伝えてきた。その新聞がさらにウェブサイトによるディジ タルメディアに変身を遂げようとしている。そんな過渡期の 女性記者たちの奮闘ぶりが描かれる。 背景とされる状況からは、当然それらと対決する女性記者た ちの姿を予想するが、もちろんそれらを描いたシーンもあり はするものの実際にはそこに深入りはせず、何というか比較 的マイルドな描き方で女性記者たちの現実的な姿が描かれて いるものだ。 それは例えば2019年11月7日付「東京国際映画祭」で紹介の 『i−新聞記者ドキュメント−』などとは異なるものだが、 これも現実であり、この状況の中で奮闘する女性記者たちの 姿にも感動を覚えるものだ。その中に透かしのように見えて くるリアルも巧みに描かれている。 とは言うものの、馴れないスマホを手に必死の映像取材をす る姿は微笑ましくもあり、一方で英語の記載にアルファベッ トから教える様子には震撼とするものもあった。これがイン ドの現実なのだろう。そんなことも巧みに描かれた作品とい うこともできる。 そんな中でのいろいろなドラマも描かれるが、その一つの顛 末が最後のテロップで明かされたのには、微笑ましさと共に 嬉しさも感じられたものだ。そんな感情にもさせてくれる作 品だった。 公開は9月中旬より、東京地区は渋谷ユーロスペース他にて 全国順次ロードショウとなる。 なお本作は、2021年の山形国際ドキュメンタリー映画祭にて 『燃え上がる記者たち』の題名で上映され、市民賞を受賞し た作品だ。
『鯨のレストラン』 2009年10月20日付「東京国際映画祭」で紹介『ザ・コーヴ』 への反証として2015年に『ビハインド・ザ・コーヴ 捕鯨問 題の謎に迫る』を発表した八木景子監督が、再度捕鯨問題を 問うたドキュメンタリー。 監督の前作は観る機会がなかったが、元の映画祭作品に関し ては記事を読んで貰えば判るように評価はしなかった。そん な訳で前作に関しては何を今さらという思いだったが、この 作品は日本のIWC脱退の引き金にもなったそうだ。 そんな監督が再度放ったのはクジラを食料として考えること の意義。ここではいろいろな角度からクジラを食することの 有利さが論証されて行く。それは感情論を抜きにすれば当然 の結論だ。ただこの感情論を打破するのが至難かな…。 個人的に言えば小学生の時は給食でクジラの竜田揚げを食べ ていたし、大学生時代には渋谷109ができる前のくじら屋 にも行っていた。サラリーマン時代には新宿西口の鯨かつ屋 も昼食メニューの一店だった。 そんな目からは本作で紹介されるクジラ料理の数々はちょっ と豪華過ぎて、庶民の食卓ではないなという感じにもなって しまったが。こんな高級料理になってしまったのも、反捕鯨 のせいだと思えば納得できる展開だ。 もう一点言わせて貰えば、1978年にパリに行った際に現地で 上映されていたアニメ“La planète sauvage”の併映がクジ ラ漁のドキュメンタリーだった。その作品では沖合で獲った クジラを港まで曳航して解体する様子が描かれていた。 つまりクジラ漁はヨーロッパでも普通に行われており、その 文化は今どうなっているのか、その辺の検証もして欲しくな ってきた。クジラ漁の禁止が人々に何をもたらしたか、文化 を考える上で大きなテーマのようにも感じるものだ。 なお映画の中では全人類が食する魚の総量の3〜5倍をクジ ラ全体が消費しているとの論証が登場するが、2011年に他界 された作家の小松左京氏は生前、「クジラが増えすぎて南氷 洋の水産資源が危機になっている」と話されていた。 僕が会ったのは亡くなる何年も前だからかなり以前からこの 認識はあったようだ。そんなことも含めて反捕鯨団体の実態 を知りたくなった。それは感情論以上のインパクトになる気 もする。監督には今一度頑張ってもらいたいものだ。 公開は9月2日より、新宿K'cinema、9月15日からはアップ リンク吉祥寺他にてロードショウとなる。
『沈黙の自叙伝』“Autobiography” 昨年の東京フィルメックスに『自叙伝』のタイトルで出品さ れ、コンペティション部門・最優秀作品賞を受賞した2022年 製作のインドネシア映画。なお製作国にはインドネシアの他 に、ポーランド、ドイツ、シンガポール、フランス、フィリ ピン、カタールが名を連ねている。 物語の背景は1960年代から90年代後半まで続いた軍事政権下 のインドネシア。ただし主人公が暮らすのは中央からは少し 離れた地方のようだ。そんな場所で主人公は将軍と呼ばれる 退役軍人の屋敷で、一人で「将軍」の世話をしている。 そんな主人公の父親は刑務所に収監されており、兄は国外に 出稼ぎに行っている。そして主人公にも出稼ぎの話は来てい たが…。「将軍」が首長選挙に立候補し、選挙キャンペーン が繰り広げられる中で、様々な不正が明らかになる。 その状況に耐えられない主人公はついにある決意をするが、 それが彼の運命を大きく変えて行く。 脚本と監督は本作が長編デビュー作のマクバル・ムバラク。 短編映画では受賞歴もあり、その中には「最優秀アクション /スリラー/ファンタジーフィクション短編映画賞」というの もあるようだ。また作家、映画評論家としても活動し、大学 で教鞭を執っているともある。 出演はケヴィン・アルディロアとアースウェンディ・ベニン グ・サワラ。いずれも日本では馴染みがないが、現地では出 演歴の多い実力派俳優のようだ。 監督は1990年生まれ。監督の家族・親戚は殆んどが軍事政権 下での公務員の一族だったそうで、そんな監督自身の幼少期 の記憶が本作の背景にはあるようだ。ただし本作は監督自身 の自叙伝という訳ではなく、監督が知る一族の自叙伝、若し くはそんな一族が存在した国家の自叙伝とも言える。 平和に過ごしてきた日本人の感覚では、空恐ろしい感じでは あるが、軍事政権が長く続いた国家では、こんなこともあっ たんだろうなあ、という感じの物語にもなっている。まあ他 の国の作品でもこんなのはあったかな。 それにしてもほぼ2時間の上映時間が終始緊張感に包まれた 作品であり、さらにその緊張感が終盤に向かって高まって行 く演出には舌を巻いた。増してやこれが長編デビュー作。こ れからが楽しみな監督と言えそうだ。 公開は9月中旬より、東京地区は渋谷のシアター・イメージ フォーラム他にて全国順次ロードショウとなる。
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