井口健二のOn the Production
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2023年06月11日(日) アウシュヴィッツの生還者、たまつきの夢、あしたの少女、ジェーンとシャルロット

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
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『アウシュヴィッツの生還者』“The Survivor”
ポーランド出身で第2次大戦後にアメリカに渡り、タイトル
にもなっている異名で活躍したプロボクサーの実話を、オス
カー受賞の1988年『レインマン』や2010年6月紹介『トラブ
ル・イン・ハリウッド』などのバリー・レヴィンスン監督が
映画化した作品。
舞台は1949年のニューヨーク。主人公は戦歴13勝で将来を嘱
望されるプロ・ボクサー。ところがその頃から戦時下での体
験がフラッシュバックし始め、そのため極度の不振に陥って
しまう。
そんな彼が次のチャンピオンと目されるボクサーとの戦いを
希望する。それはポーランドで生き別れた恋人の消息を知る
ため、名声を得て恋人に自分の生存を知らせたいという目論
見だった。
そんな彼に1人の新聞記者が接近する。その記者は彼の生き
様に興味があり、それを記事にしたいと提案する。それは新
聞で名を売り、次期チャンピオンとの一戦に近付く手段にも
なるものだったが…。
トレーナーでもある兄の忠告も振り切って彼が語ったのは、
彼がナチスの将校の庇護の下、将校たちの慰みだったユダヤ
人同士の賭け試合で勝ち続け、敗者はその場で銃殺されたと
いう衝撃の事実だった。
その記事は世間の注目を浴び、彼は次期チャンピオンとの一
戦を勝ち取るが、同時にユダヤ人社会からの猛烈な非難も受
けることになってしまう。そしてそれは彼に別の想いももた
らすことになる。

出演は、2016年10月紹介『インフェルノ』などのベン・フォ
スターと、2016年6月紹介『コロニア』などのヴィッキー・
クリープス。他に2019年5月紹介『アラジン』に出ていたと
いうビリー・マグヌッセン、2004年8月紹介『ニュースの天
才』などのピーター・サースガード。
さらにイスラエル出身で現地のテレビシリーズなどで人気の
ダル・ズーゾフスキー、2017年4月9日題名紹介『ジョン・
ウィック』シリーズなどのジョン・レグイザモ、2004年1月
紹介『ビッグ・フィッシュ』などのダニー・デ・ヴィートら
が脇を固めている。
自分の父親がシベリア抑留者だったこともあって興味を惹か
れた。もちろん戦時捕虜とユダヤ人では状況は異なるが、昭
和23年まで帰国できなかった父は生前、「転んだ連中は早く
帰国できた」とも話していた。父はそれを良し悪しでは話さ
なかったが、そういうことだったのだろう。
この主人公の立場も一概に批判できるものではないし、逆に
それを非難したくなる気持ちも理解できる。そんな極限の状
況が語られているとも言える。そしてそれが別の悲劇も生み
だす。それら諸悪の根源が戦争にあることも明白に描かれた
作品だ。

公開は8月11日より、東京地区は新宿武蔵野館他にて全国ロ
ードショウとなる。

『たまつきの夢』
2012年に始まった気鋭のミュージシャンと新進監督のコラボ
レーションによる音楽×映画プロジェクト=MOOSIC LABで、
2019年度に出品された上映時間30分の作品が、61分の完全版
で一般公開される。
時代は第2次大戦前の昭和期、南京事変が起きて軍靴の響き
が着実に近付いている社会情勢の中で、戦地からの手紙で弟
の死を知った女性と、結核で兵役免除となり撞球場で暮らす
若者が互いの夢を語り合う。
タイトルの「たまつき」はビリヤードのことだが、ここでは
そのプレーヤーのことを指すのかな。実際に明治時代から広
まった日本のビリヤードは、昭和初期には世界チャンピオン
を生み出すほどの隆盛だったようだ。
しかしそんな時代に撞球場は、長引く戦禍の許では風紀を乱
すとして取り締まりの対象にもなっていた。

脚本と監督は2019年7月紹介『かぞくあわせ』でオムニバス
の一編を担当していた田口敬太。2017年に長編デビューの監
督は2019年度の本作が第2作となるものだが、その後も公開
作はあるようだ。
出演はインディーズ映画に多く出ている辻千恵、2018年6月
10日付題名紹介『きらきら眼鏡』などの金井浩人。他に佐藤
睦、山口大地、木原勝利、桜まゆみ、木田友和らが脇を固め
ている。
閉塞感が漂う時代背景の中で、若者が夢を語る。ある意味、
今の社会にも通じるところがあるのかな。昭和レトロが見事
に再現された作品ではあるが、COVID-19禍や身近にも感じる
戦争の雰囲気の中で、そんな現代性も考えてしまった。
映画の舞台となっている撞球場は群馬県下仁田町にある実在
の場所で撮影されたものだが、築 100年を超えるという既に
廃屋と化していた建物を美術スタッフなどが丁寧に再生した
ものだそうだ。
実際その風情だけでも充分に昭和レトロが再現されており、
ここで勝負あったという感じもした。1961年の『ハスラー』
などで戦後にも一時期ブームもあったから、その時代も含め
て残されていたのかな。
ただ映画の中でヒロインの台詞が一か所「ら抜き」だったの
は引っ掛かった。若い女優さんでは仕方がないが、監督はそ
の辺も注意するべきだったのではないかな。

公開は7月15日より、東京地区は渋谷のユーロスペースにて
ロードショウとなる。

『あしたの少女』“다음 소희”
2015年に日本公開された『私の少女』のチョン・ジュリ監督
による第2作。2006年7月紹介『グエムル−漢江の怪物−』
などのペ・ドゥナが前作に続いて主演を務める。
物語の前半は女子高校生キム・ソヒの話。学校の斡旋でとあ
る企業に実習生として働き始めた彼女は過酷な労働環境の中
でも成績を上げて行くが、執拗な業務の達成主義や実習生へ
の搾取などを目の当たりにし、徐々に失望して行く。
そんな中で勤務先のセンター長が自殺し、その事実を隠蔽し
ようとする上層部との対立が起きる。そして禁じられた葬儀
に出席した彼女にはさらなる圧力が掛かるが、その状況を学
校側は関知せず、両親にも取り合って貰えなかった。
そんな少女の事件を1人の女性刑事が追い始めるが…。

共演は2001年生まれのキム・シウン。大学に進学してから演
技の勉強を始めたという新進女優は、映画には2本の出演歴
があるが、本作にはオーディションで出演を勝ち取ったもの
だそうだ。
他にチョン・フェリン、カン・ヒョンオ、パク・ウヨン、チ
ョン・スハ、シム・ヒソブ、チェ・ヒジンらが脇を固めてい
る。
物語の前半は2017年に起きた実際の事件に基づくものだそう
で、本作と同様にコールセンターで実習生として働いていた
女子高校生が事件に巻き込まれている。そして実際の事件で
は企業側が改善を約束したとされるが…。
原題は直訳すると「次のソヒ」だそうで、若者が同様の事件
に巻き込まれることの繰り返しが否定できないという意味合
いの題名になっている。実際に韓国では若者の命を軽視する
風潮があるとの指摘もされていた。
それに比べて日本では少しはましかなとも思われるが、国民
総貧困化の時代では、何時こんな社会になってしまうかも…
とも思わされる作品だった。
因にペ・ドゥナの役柄は監督の創作となっているものだが、
前作と同様の女性刑事。ただし両者は直接繋がりのある役柄
ではない。そんな中で最後に判明するソヒとの関係はかなり
衝撃的だった。
そんな作劇のうまさも感じる作品だ。

公開は8月25日より、東京地区はシネマート新宿、大阪地区
はシネマート心斎橋他にて全国ロードショウとなる。

『ジェーンとシャルロット』“Jane par Charlotte”
フレンチ・ポップスのレジェンド=セルジュ・ゲンズブール
と、イギリス出身の歌手・女優・モデル=ジェーン・バーキ
ンとの間に生まれた女優=シャルロット・ゲンズブールが、
監督デビュー作として母親を撮ったドキュメンタリー。
映画は2018年、バーキンの来日公演の舞台袖から始まるが、
そこで一旦途切れて、再開は数年後のニューヨーク。そこに
は様々な葛藤が伺えるが、そんなこともひっくるめてジェー
ンとシャルロットの母子の姿が記録されている。
そこには3度結婚してそれぞれのパートナーと儲けた3人の
娘への想いや、そんな母親に対するシャルロットの想い。さ
らには母子が昔住んでいた家を訪ねるシーンなど、他家の話
ではあるけれど、何となく身に染みる話が描かれる。
僕自身は取り立てて2人のファンではないが、最初のパート
ナーが007シリーズなどの作曲家のジョン・バリーであっ
たり、3番目のパートナーが映画監督のジャック・ドワイヨ
ンであったり、登場する名前にも興味が湧く。
そしてそんな生涯が正々堂々と語られる。そんなことも素晴
らしいと思える。そこに至るまでにはいろいろな葛藤もあっ
たのだろうが、それをしっかりと映像に残したことも称賛に
値する。そんな母子の愛情も感じられる作品だった。
なお巻頭の日本のシーンでは、小津安二郎ゆかりの茅ヶ崎館
なども登場し、日本映画のファンにも興味津々の作品だ。

公開は8月4日より、東京地区はヒューマントラストシネマ
有楽町、渋谷シネクイント他にて全国ロードショウとなる。


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井口健二