井口健二のOn the Production
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2023年02月12日(日) エスター/ファースト・キル、The Son 息子、ndjc:若手映画作家育成プロジェクト 2022

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※このページでは、試写で観せてもらった映画の中から、※
※僕に書く事があると思う作品を選んで紹介しています。※
※なお、文中物語に関る部分は伏字にしておきますので、※
※読まれる方は左クリックドラッグで反転してください。※
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『エスター/ファースト・キル』“Orphan: First Kill”
2009年9月13日紹介作品の13年ぶりの第2弾にしてその物語
の前日譚。
時代背景は2007年。エストニアの精神科療養所での惨劇から
物語は始まる。その療養所を巧み且つ凶暴な手口で逃亡した
「少女」は、隠れ家にしたオフィスのパソコンからアメリカ
で行方不明になっている少女の情報を入手する。そして容姿
が似ていたことを利用し、その少女に成りすます。
一方、アメリカ・コネティカット州に住む一家は4年前から
行方不明の娘エスターの探索を諦めかけていた。そんな一家
の許に捜査を担当していた刑事からエスター発見の報が飛び
込んでくる。そこで母親がエストニアまで迎えに行くが…。
それが惨劇の始まりだった。
前作は最後に鮮烈な展開が待ち受けていたが、本作もかなり
強烈な捻りが観客を唖然とさせてくれる。それは前作とは違
う方向性ではあるが、ある意味人間の心の闇を炙り出すよう
なものでもあり、より現実的になったとも言えるものだ。で
もこの点の賛否は意見が分かれるかも知れない。
しかし前作を下敷きにして、前作のファンをも唸らせる巧み
に描かれた作品であることは間違いない。

出演は2002年11月紹介『ボーン・アイデンティティー』以降
のシリーズにレギュラー出演しているジュリア・スタイルズ
と前作にも出演のイザベル・ファーマン。他に名優ドナルド
の息子のロッシフ・サザーランド、北海道出身でカナダで活
動するヒロ・カナガワらが脇を固めている。
前作の脚本家デヴィッド・レスリー・ジョンソン=マクゴー
ルドリックが原案と製作総指揮を務め、脚本はNetflix 作品
などを手掛けるヴェヴィッド・コッゲシャル、監督は2013年
『ウェア破滅』などのウィリアム・ブレント・ベルが担当し
た。
物語もさることながら、本作で特筆すべきは前作と同じエス
ター役で登場するファーマンだろう。1997年生まれの女優は
前作を10歳で演じて世界を震撼させ、その後はM・ナイト・
シャマラン監督の作品などでも活躍しているものだが、今や
25歳となって同じ役、しかも前日譚を演じているのだ。
これにはファーマン自身が当時の面影を残していたことも重
要だったが、メイクアップや髪形などで7歳の少女に変身。
さらにコンタクトレンズや大きいサイズの小道具などを用い
てオリジナルの姿を再現している。とは言え終始中腰の演技
は大変だったようだ。
前作の紹介では2003年9月紹介『マッチスティック・メン』
との類似性を指摘したが、本作ではやり方は全く違うけれど
前々回に『マッシブ・タレント』の若返りFXを紹介したと
ころで、ニコラス・ケイジが毎回絡んでくるのも不思議な因
縁という感じだ。

公開は3月31日より、全国ロードショウとなる。

『The Son 息子』“The Son”
2020年の初監督作品『ファーザー』でオスカー脚色賞に輝い
たフランス生まれの劇作家フロリアン・ゼレールが、再度自
らの戯曲 “Le Fils”を脚色・監督、その脚本に惚れ込んだ
ヒュー・ジャックマンが製作総指揮・主演した作品。
ジャックマンが演じるのはニューヨーク在住で政界進出も視
野に入る敏腕弁護士。しかし家庭では妻と思春期の息子を置
いて若い女性の許に走った過去を持つ。そんな主人公が若妻
と幼い子供と暮らすマンションに元妻が訪ねてくる。そして
元妻は、彼の息子が学校に行っていないと告げる。
この報告に主人公は昔の住まいを訪ね、息子と話し合った結
果、息子を若妻とのマンションに引き取ることにするが…。
当初は若妻や赤ん坊とも上手く行きかけた息子は、再び学校
へ行かなくなってしまう。この事態に主人公は息子の真意を
聞き出そうとするが。
自分自身が娘と息子と育ててきた身からすると、この父親の
心情は痛いほど伝わってくる。事実息子には本作と同じよう
なことを言われた記憶もあるし、それを大過なく切り抜けら
れたのは、その時のいろいろな状況の巡り会わせだったのか
もしれない。
そこで一歩間違えていたら、こんな事態にもなっていたのか
な? そんな恐怖も感じさせる作品だった。

共演は、2018年『マリッジ・ストーリー』でオスカー受賞の
ローラ・ダーンと、2014年6月紹介『アバウト・タイム』や
『ミッション:インポッシブル』『ワイルド・スピード』に
も出演のヴァネッサ・カービー。それにメルボルン出身で短
編映画やTVシリーズに主演しているゼン・マクグラス。
そして『ファーザー』でオスカー受賞のアンソニー・ホプキ
ンスも登場する。
正直に言って敏腕弁護士だの政界進出だのと書くと別世界の
話のように見えるかもしれない。しかし多様性の進む現代社
会においてこの息子の焦燥や喪失感は普遍的なようにも見え
るし、それに対処できない父親の姿は誰にでも起こりうる話
と言える。
まあ子供がいなければこういう事態には陥らない訳だが、こ
ういうことの起こりうる社会が、現代の少子化を招いている
のかな。そんなことも考えさせられてしまう作品だった。

公開は3月17日より、東京はTOHOシネマズ シャンテ他にて
全国ロードショウとなる。

ndjc:若手映画作家育成プロジェクト 2022
2019年2月と2020年2月にも紹介した「ndjc:若手映画作家
育成プロジェクト」の最新版を鑑賞した。と言っても今回は
合評会に参加できたのではなく、作品だけをオンライン試写
で観たものだ。
「うつぶせのまま踊りたい」
1995年生まれ、初監督作の『光の輪郭と踊るダンス』がゆう
ばり国際ファンタスティック映画祭2021「ゆうばりホープ」
に選定された岡本昌也監督作品。
社会に適応しながら自由を求める女性と、自らの過去に囚わ
れながらも自由奔放に生きようとする女性。そんな2人が出
会い、定型と自由律の詩作を通じて自らを変えようともがい
て行く。出だしから出会いまでの演出や映像はなかなか鮮烈
に見えたが、テーマが見え始めた辺りから何となくステレオ
タイプになってしまった。もっと斬新な切り口で定型と自由
律の対立を描き切って欲しかった。

「ラ・マヒ」
神奈川県出身で韓国ソウルに4年間在住、韓国インディーズ
映画に嵌って映画美学校に入学。短編作品『泥』が様々な映
画祭にて入選した他、アマチュアプロレスで後楽園ホールの
マットに立ったこともあるという成瀬都香監督作品。
同棲(?)カップルが暮らす部屋に突然轟音が響く。びっくり
して飛び出した主人公は近所に女子プロレスの道場を発見、
そこでは彼女の小学校時代の同級生が率いる団体が練習を繰
り広げていた。そして同級生の一途な姿を見る内、その魅力
に取り込まれた主人公は…。有り勝ちな話かもしれないが、
実体験に基づいていそうなエピソードや展開が安心感を持っ
て観ていられる作品だった。

「デブリーズ」
1998年東京都生まれ、幡ヶ谷の古民家「凡蔵」を制作拠点と
し、短編作品『ダボ』がSSFF & ASIA 2022に入選した牧大我
監督作品。
スクラップ工場でCM撮影をしていた監督とカメラマンが、
突然生じたワームホールで異世界に飛ばされる。そこには顔
や全身にスクラップを纏った住人がおり、住人たちは無為と
思える生活を送っていた。最初のeveryday debris-day とい
う駄洒落はなかなかだったが、異世界に行ってからが凡庸か
な。造型などに多少の面白さはあるが、もう少し観客に何か
を思考させる仕掛けが欲しかった。

「サボテンと海底」
1995年神奈川県出身、多摩美術大学で舞台衣装や特殊小道具
などのデザイン・製作を学び、東京藝術大学大学院に進学。
桝井省志氏、市山尚三氏に師事して映画制作を学んだという
藤本楓監督作品。
主人公は長年映画やCM撮影で出演スターのスタンドインを
務めてきた男性。もちろん俳優を目指してきた彼に学生映画
で主演の話が舞い込む。それをチャンスとばかり飛びついた
彼だったが…。これも実体験に基づくのかな。学生監督のパ
ワハラなどはステレオタイプに見えるし、最後に少し捻りは
あるけど、全体的に何を描きたいのかが良く判らなかった。
もっと多摩美での学びを活かして欲しかったかな。


以上4作品が2022年度の上映となる。総評としては、今回は
突出した作品は観られなかった感じかな。ただ前の2作品の
監督にはそれぞれの作品をもっと突き詰めていって欲しい感
じがしたし、後の2作品の監督には何か別の作品を観てみた
い感じはした。いずれにしても今後の活躍を期待できる作品
だった。
なお一般上映は、東京は2月17日〜23日連日18:30〜に角川
シネマ有楽町にて、名古屋は3月10日〜16日連日18:00〜に
ミッドランドスクエア シネマにて、大阪は3月17日〜23日
連日18:00〜にシネ・リーブル梅田にて、それぞれ期間限定
ロードショウとなる。
またそれぞれの会場では、初日若しくは2日目に監督4名が
登壇するトークセッションも予定されている。本プロジェク
トでは既に多くの映画監督も輩出しており、その才能を見出
すのも楽しみだ。


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井口健二