井口健二のOn the Production
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2008年08月31日(日) 悪魔のリズム、かけひきは恋のはじまり、ハピネス、櫻の園、最後の初恋、初恋の想い出

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『悪魔のリズム』“Arritmia”
キューバ本島の一角に設けられた米軍施設グアンタナモ基地
で行われているテロリスト容疑者の取り調べを題材に、幻想
と現実が入り乱れる作品。題材的にはファンタシーのような
部分もあるが、現実的には、基地で行われているとされる残
虐行為を告発する面も持っている。
物語は、キューバの海岸に1人の若者が打ち上げられている
ところから始まる。その若者は記憶を喪失していたが、その
様子からグアンタナモ基地を脱走してきたと見られる。そこ
でその若者がヒッチハイクした車の運転手は、若者を自分の
妹の家に匿うが…
若者は徐々に記憶を取り戻し、グアンタナモ基地で行われて
いるテロ容疑者虐待の様子が明らかにされて行く。そしてこ
の物語には、踊り子である運転手の妹や、踊り子を庇護する
謎の老人などが介在する。
元々の企画は、1999年の『タイタス』なども手掛けた英国在
住の日本人プロデューサー・吉崎道代が立てたもので、吉崎
自身メッセージによると「世界の政治ゲームの中で翻弄され
る若者の悲劇を描こうとした」とのことだ。
実は吉崎は、その前にカストロ首相を題材にした作品を企画
していたが、本人への取材も済ませたところで9・11、さら
にその後のグアンタナモ基地の模様を報じたCNNの番組な
どを観て計画を変更したのだそうだ。
しかしカストロ本人にまで取材できる立場なのに、キューバ
政府の本作の製作への協力はあまり芳しくなかったそうだ。
それは、キューバがアメリカとの関係悪化を避けている印象
でもあったようだが、その辺にもこの問題の微妙さが伺える
ところのようだ。
そのため映画の撮影は主にスペイン国内で行われているが、
それでも独特の色調で描かれた作品には、最近何本か観てい
るハバナを舞台にした映画の雰囲気がよく出ていた。
出演は、『ヘルボーイ』などのルパート・エヴァンス、『ド
ット・ジ・アイ』などのナタリア・ヴェリベケ、『アンダー
ワールド』などのデレク・ジャコビ。脚本監督は、ゴッサム
・スタジオの創設者のヴィチェンテ・ペニャロッチャ。
なお、本作のアメリカ題名は“Guantanamero”となっている
が、これはスペイン語で「白日夢」という意味だそうだ。

『かけひきは、恋のはじまり』“Leatherheads”
ジョージ・クルーニー監督、主演、レネ・ゼルウィガー共演
で、アメリカン・フットボールのプロリーグ創世期を描いた
作品。クルーニー監督による長編第3作。
1920年代のお話。この時代、カレッジフットボールは、名門
同士の試合には4万人の観客が集まるほどの隆盛だったが、
プロリーグは未だし。チームは設立されても資金難で撤退が
相次ぎ、カレッジの人気者も卒業後は普通の仕事に就くのが
当然だった。
そんな中で主人公のドッジは、フットボールを心から愛し、
カレッジからプロに転向したという選手。しかし以来20年、
年齢もすでに40歳を超え、チームのスポンサーも撤退して岐
路に立たされている。
そんなとき1人のカレッジ選手が注目を集める。彼は選手と
しても優秀だったが、何と名門プリンストン大学を一時休学
して第1次世界大戦中のヨーロッパ戦線に赴き、そこで武勲
を立てて、一躍国民的英雄にもなったのだ。
そんな大学選手のカーターに目を付けたドッジは、自分も関
わったエージェントの伝を頼って接近し、プロにスカウトし
ようとするのだが…実は、彼の武勲はちょっと訳ありのよう
で、そこにはシカゴトリビューンの敏腕女性記者が、目的を
隠して取材に訪れていた。
ところがドッジはその女性記者に一目惚れ、さらにカーター
も思いを寄せている様子。こうしてアメフット・プロリーグ
の設立をかけて、3人の活躍が始まる。
アメフットのファンには堪らない作品だろう。僕も生噛りの
ファンとして、最初から最後まで楽しい笑いの連続だった。
特にドッジが繰り出す作戦は、今やったら永久追放もので、
正に奇想天外。これが通用したのもこの時代ということだ。
共演は、カーター役が『シュレック3』でランスロットの声
優を担当したジョン・クランスキー。他に、『未来世紀ブラ
ジル』などのジョナサン・プライス。また、酒場のピアノ奏
者役で本作作曲家のランディ・ニューマンが出演している。
因に原題は、当時の選手が装着していた革製のヘッドギアの
ことで、アメフットがまだヘルメットを付けていなかった時
代のお話だ。さらに、禁酒法下のモグリ酒場や、女性の社会
進出などの当時の時代背景が描かれる。

『ハピネス』“행복”
9月下旬開催の「韓流シネマ・フェスティバル2008」で
上映される作品の1本。2001年の東京国際映画祭に出品され
た『春の日は過ぎゆく』などのホ・ジノ監督の新作。
都会で放蕩な暮らしをしていた男が、肝硬変の治療のための
山間の療養所にやってくる。そしてそこに先から居た女性と
出会い、愛し合うようになった2人は療養所を出て一緒に暮
らすことになるが…やがて病の癒えた男性は、その暮らしが
退屈になる。
ホ・ジノ監督の作品は、『春の日…』しか観ていないが、監
督デビュー作の『8月のクリスマス』は日本版リメイクを観
ているものだ。そのいずれも、静かに男女の愛の行方を見詰
めるような作品で、その淡々とした映像が魅力の監督と言え
る。
その監督の新作の描く舞台は、療養所という特殊な環境では
あるが、そこで繰り広げられる愛憎劇は普通と変わるもので
はない。しかし、登場人物には病気という事実が重くのしか
かり、そこは、はらはらしたり、ほっとしたりという展開に
なる。
因に、本作は実話に基づく脚本だそうだが、その実話は山間
で静かに暮らす男女の話とのことで、もちろん映画のような
男性の話ではないようだ。元々ホ・ジノ監督の作品でも、こ
のように崩れた男の設定は珍しいようだが、主演のファン・
ジョンミンはそんな男性の2面性のようなものを見事に演じ
切っている。
男性の目で観ると、可憐な女性にこのような仕打ちは単純に
許せないと思うところではあるが、そんな男も居るだろうこ
とは理解の外ではないものだ。物語はその程度にリアルでは
あるし、それでも待ち続ける女性の姿には、憧れも感じてし
まうものでもある。そんな見事な物語と演出が、監督に賞を
もたらしてもいる作品だ。
共演は、ホラー映画『箪笥』で人気を得たイム・スジョン。
薄幸の女性を丁寧に演じている。他に、『M』でも似たよう
な役柄を演じていたユン・ヒョジンも出演している。
難病ものといういうことでは簡単な括りになるが、その病が
癒えることによって始まる悲劇というのは、新たな観点のよ
うにも思える。そんな物語が、ソウルの夜と全羅北道の山村
を舞台に展開される。
なお、本作の10月3日、4日の上映では、ホ・ジノ監督出席
によるティーチ・インも行われるようだ。

『櫻の園』
1985−86年に、白泉社発行の雑誌「LaLa」で連載された吉田
秋生原作・少女漫画の映画化。
同じ原作からは1990年に一度映画化があり、今回はそのとき
と同じ中原俊監督が、物語を現代化してリメイクした。ただ
し、原作そのものがオムニバスでいろいろな物語があるとの
ことで、今回の映画化は1990年版とは全く異なる展開となっ
ているようだ。
本作の主人公は、天才少女ヴァイオリニストとして将来を属
望され、特別な環境で育ってきた。でも、そこは現代っ子、
自分の置かれた環境に反発して、地方都市にある名門の女子
高に編入してくる。
その学校は、伝統を重んじる古風な場所だったが、母親と姉
が優秀な卒業生であり、彼女の音楽の才能も認められて特別
に編入が許されたものだ。しかし、その環境にも最初は馴染
めない主人公だった。
ところがふと立入禁止の旧校舎に潜入した主人公は、そこで
表紙に『桜の園』と書かれた舞台の台本を見付ける。それは
以前は創立記念日に伝統的に上演されてきたものだったが、
11年前に彼女の姉たちが演じようとした直前に中止されたと
いう。
そして、以来、学校での上演は禁止されていると教えられた
主人公は、級友たちに呼びかけて、その上演を試みるが…
本作は、伝統の演劇が中止されているという辺りから大胆な
展開だが、そこから後の展開も見事に現代を反映させて巧み
なものになっている。脚本は、『自虐の詩』も担当していた
関えり香。『赤い…』など往年のテレビドラマのリメイクも
手掛ける脚本家は、なかなか良い感じだ。
出演は、主人公を映画は初出演の福田沙紀が演じ、それを囲
んで『受験のシンデレラ』などの寺島咲、モデル出身の杏、
AKB48の大島優子らが共演。また京野ことみ、大杉漣、富司
純子、柳下大(D-Boys)らが脇を固める。
さらに、映画の製作がオスカー・プロモーションということ
で、米倉涼子、菊川怜、上戸彩らが特別出演している。
行間の無い携帯小説が全盛の時代に、少女漫画の世界がどの
くらい通用するものか判らないが、殺伐とした作品よりは情
緒のある作品の方が良い。本作は、そんな情緒のある作品で
もある。

『最後の初恋』“Nights in Rodanthe”
リチャード・ギア、ダイアン・レイン共演による大人のラヴ
ストーリー。『きみに読む物語』のニコラス・スパークス原
作の映画化。
若い頃の夢をあきらめて結婚、今は10代の2人の子供を抱え
て家事に追われるだけになってしまった女性と、高名な医師
で息子も同じ道に歩むという順風満帆の人生から一転、家族
を顧みて来なかった付けを払わされている男性。
そんな2人が、ハリケーン接近する海辺のホテルで出会い、
嵐の中でお互いの人生を語り合い、それはやがて愛へと昇華
して行く。しかしそれは一時の夢、それぞれの歩むべき道は
別々だったが…
『きみに…』もそうだったが、スパークスの作品は、どこか
先にありそうな物語なのに、そこからの展開がうまいと感じ
る。本作も言ってみれば『マディソン郡の橋』の流れなのだ
けれど、その後の展開がよりメロドラマになっている。
そのメロドラマを、すでに『運命の女』で夫婦役もしている
ギアとレインが演じる訳で、こういう作品が好きな人には堪
らないだろうし、そうでない観客にも案外これなら填るかも
知れないという感じの作品だ。
ギアと同い年で、レインを若い頃から観ている自分としては
こういう作品を観ることに抵抗はない。それに本作では、海
辺というか海岸の砂浜に建っているホテルの景観など、共演
の2人を別にしてもいろいろと楽しめた。
そこをハリケーンが襲うアクション場面は、台風馴れしてい
る僕らの目からすると甘い感じもあるが、カトリーナの後で
作られた作品だから、それは納得ずくのものだろう。それに
しても物語の舞台となるホテルは素敵で、こんなホテルが本
当にあるのなら泊まってみたいものだ。ただしハリケーンの
来ないときに…。
でも、ワーナー版『イルマーレ』の水上の家もセットだった
し、これくらい作ってしまうのも、ハリウッド映画の凄さ…
本当はどうなのだろうか。
共演は、ジェームズ・フランコ、スコット・グレン。その他
には、テレビシリーズ“Law & Order”のレギュラーが何人
か出ているようだ。そういうテーマの作品ではないが。

『初恋の想い出』“情人结”
『山の郵便配達』『故郷の香り』のフォ・ジェンチイ監督の
最新作。
1980年代から現代までを時代背景に、同じ官舎に住み幼稚園
からずっと一緒だった男女の恋物語が、『レッドクリフ』の
ヴィッキー・チャオと、『セブン・ソード』のルー・イーの
共演で描かれる。
1980年代、家族という構造がまだ人々の心の中心にあった時
代。小学校でも美少女といわれるチー・ランと、がき大将だ
が頭脳も明晰なホウ・ジアは、同じ官舎の上下の部屋にそれ
ぞれの家族と共に暮らしていた。
幼馴染みの2人はお互いを意識しあってはいたが、それはた
だ2人が一緒に居られれば楽しいという程度のもの。そんな
ある日、ホウ・ジアの家で事件が起き、母子家庭となった一
家は脚の悪い母親によって支えられて行くことになる。
それでも2人の関係が変わることはなく、高校から大学進学
へと進路を決める時期に差し掛かる。そんな時、ホウ・ジア
は、母親から「父親の仇のチー家の娘とは付き合うな」と言
われてしまう。
突然の申し渡しに驚くホウ・ジアだったが、母親はその詳し
い理由を教えてはくれない。一方、チー・ランも父親に真相
を問い質したことから、理由は言わずにホウ・ジアとの付き
合いを止めるように説得される。
それでも引かれ合う2人は、自分たちを『ロミオとジュリエ
ット』に準えて生きて行く決心をするが…。シェイクスピア
原作の結末を知る観客には、この後はかなり緊張した展開が
続くことになる。

1980年代は、まだ家族が心の中心にある時代ということで、
主人公たちはその家族と自己との板挟みに遭う。その状況が
現代にうまく通じるかというところがキーになるが、本作で
はいろいろな要素を組み合わせて、これなら現代の若者にも
納得できるだろうと思わせるものになっている。
その辺が、ただ純愛劇を観せるだけでないドラマを作り上げ
る監督のうまさとも言えそうだ。その手立ての一つがシェイ
クスピアの悲劇の巧みな引用で、その他にもいろいろな要素
が物語を作り上げている。
それから、同監督で僕が観た前2作は共に大自然を背景にし
ていたが、本作は都会(ハルピン)を舞台にしたもの。背景
は違っても変わらず素敵な物語を作り上げてくれた。
なお、主演のヴィッキー・チャオは、『レッド…』や『少林
サッカー』などでは、アクションやコミカルさに魅力を感じ
ていたが、本作のようにしっとりとした女性らしさも素晴ら
しい。因に、本作の本国公開は2005年で、1976年生のチャオ
は撮影時には20代後半のはずだが、高校生時代から演じてみ
せる演技力も見事だった。
ただし、小学生時代のヒロイン役は、2004年の『玲玲の電影
日記』でもヒロインの10代役に扮していたチャン・ユイジン
が演じているものだ。


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井口健二