井口健二のOn the Production
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2007年10月10日(水) モーテル、ルイスと未来泥棒、ヒッチャー、肩ごしの恋人、PEACE BED、全然大丈夫、真・女立喰師列伝

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『モーテル』“Vacancy”
『アンダーワールド』のケート・ベッキンセール主演による
サスペンス。
本編の物語より以前の出来事で離婚の危機にあるらしい夫婦
が、ふと立ち寄ったモーテルで恐怖の体験に陥れられる。
ヒッチコックの『サイコ』が嚆矢と呼べるのかな、アメリカ
映画でのモーテルを舞台にした恐怖映画は、『ドラキュラ』
や『フランケンシュタイン』といった古典的な恐怖舞台を現
代化したという意味でも重要なジャンルと言われるようだ。
そんなモーテルの恐怖を描く映画の流れを丁寧に受け継いだ
作品。しかもヴィデオカメラなどの現代機器を小道具に配し
て、さらに現代化を進めている。
モーテルというのは、日本ではラヴホテルと同義語のように
なってしまっているが、自動車社会で、さらに町間の離れた
アメリカでは旅行に必要不可欠なものだろう。それが、一方
ではラスヴェガスのように大発展し、他方ではこの映画の舞
台のように寂れている。
そんな人里離れた寂れたモーテルの経営者が、小遣い稼ぎに
始めた事業。それは、施設内で一番豪華なスウィートルーム
に隠しカメラを仕掛け、泊り客を暴漢に襲わせ、闇ルートに
流す殺人スナッフヴィデオを製作することだった。
しかし、今回そのモーテルの泊り客となった夫婦は、離婚の
危機で常に緊張感を持つ故もあってか、出来事には比較的冷
静に対処し、暴漢たちに対応して行く。
例えば、暴漢たちはヴィデオに映るためにナイフを使わなけ
ればならないが、主人公の側にはそんな配慮はない。そんな
様々なアドヴァンテージを活かして行くことになる。これは
モーテルの主人にとっては、正にF**Kと繰り返したくな
るような事態だろう。

そんなまあ、ひねくり回すといろいろ面白い、そんな感じに
仕上がっている。それに主人公たちが現実的に対処するため
VFXはほとんどなく、極めてリアルに描かれているのも本
作の魅力と言える。
因に、撮影はソニーがMGMから買収した撮影所で行われた
が、モーテルとガソリンスタンドの外観セットはそのステー
ジ15、その昔に『オズの魔法使い』を撮影した歴史的なサ
ウンドステージに建てられたそうだ。
それから映画の内容では、確認はできていないが、多分夫婦
の会話が映画の前半では互いに「自分が悪い」とは言っても
相手に対する謝罪の言葉がない。それが後半変化して行く。
そんなところも丁寧に作られた作品だった。

なお、映画の中でソニー製のヴィデオの編集機材が映るが、
コンシューマー用では中途半端に値の張る機材が備えられて
いるのもニヤリとした。
共演は、夫役に『チャーリーズ・エンジェル』『Gガール』
などのルーク・ウィルスン。他に、フランク・ホエーリー、
イーサン・エムブリーらが脇を固める。

『ルイスと未来泥棒』“Meet the Robinsons”
1937年12月21日に『白雪姫』が全米公開されてから70周年の
記念作品。また、ピクサーとディズニーとの合併によって、
ピクサー創設者で『トイ・ストーリー』の監督ジョン・ラセ
ターが、ディズニー・アニメーションのトップの座に着いて
からの最初の作品となる。
絵本作家ウィリアム・ジョイスの原作『ロビンソン一家のゆ
かいな一日』を基に、様々な映像的なアイデアを盛り込んで
作られた作品。なお、ジョイスは原作と共に製作総指揮の肩
書でもクレジットされている。
主人公のルイスは、赤ん坊の時に施設の入り口に置き去りに
され、以来13年間を施設の管理者ミルドレッドの愛情の許で
育ってきた。しかし無類の発明狂のルイスは、里親希望者と
の面接で失敗を繰り返し、ティーンエイジャーの里子は難し
いと言われる年齢になっている。
そんなルイスの最新発明は、人間の記憶の隅っこにある映像
を写し出す記憶スキャナー。それで自分を置き去りにしたと
きの母親の顔を写し出そうと考えたのだ。ところが、その実
験を妨害する奴が現れる。それは未来から来た泥棒だった。
一方、ルイスの危機を助けるため、未来から来たと自称する
少年も現れるが…こうして、タイムパラドックスも絡み、未
来社会も垣間見せる物語が展開される。
まあ、お子様向けと言えば、お子様向けだけれど、最近の妙
に大人の観客を意識し過ぎのアニメーションよりは気楽に楽
しめる。それでいて、自分を置き去りにした親との関係など
は大人の鑑賞にも堪えるドラマも描かれている。
その辺のバランスが、完璧とは言えないけれど、子供の付合
いで観に行く親の世代には、それなりにいろいろ楽しめる感
じにもなっている。
なお、試写会は2Dで行われたが、オリジナルは3Dを念頭
に置いて製作された作品。劇中3D効果を狙ったと思われる
映像演出も随所にあり、3Dの上映が行われたらまた観たい
感じもしたものだ。
それにしても、これから益々3D作品は増える傾向だが、早
く都心にも3D上映館は出来てくれないのかな。

『ヒッチャー』“The Hitcher”
1986年にルトガー・ハウアー主演で映画化された同名作品の
リメイク。若いカップルが週末のリゾートに向かうドライヴ
中、止むを得ず同乗させたヒッチハイカーが、実は殺人鬼だ
ったというサスペンス作品。
ハウアーに代って主演を務めるのは『LOTR』でボロミア
を演じたショーン・ビーン。ハウアーは見るからに危険そう
だったが、ビーンも負けず劣らず最初から無気味な雰囲気を
漂わせる。
ビーンは、正直に言って比較的端正な顔立ちの俳優だと思っ
ていたが、本作ではその裏に潜む無気味さみたいなものがう
まく表現されていた。と言ってもこの作品では、観客側にも
先入観があるから…リメイクというのはその点で有利かも知
れない、とも思ったところだ。
製作はマイクル・ベイ。今夏は『トランスフォーマー』の監
督でヒットを飛ばしたが、CGIスタント満載の監督作品に
対して、本作では実写のカースタントが中心。これが、これ
でもかとばかりに展開するのもかなりの観ものだ。
ただまあ、このカースタントが絢爛豪華になった分、オリジ
ナルはもっと恐かったなあ…と思ってしまうのは仕方ないと
ころで、上映時間1時間24分では、これがバランスというと
ころだろう。これをどちらもたっぷり時間を掛けて描かれて
は、観る方も大変だ。
もっとも、オリジナルへのオマージュ的シーンが、他の映画
に先を越されてしまったのは、不運とも言えるところだが…

なお、作品の中でヒッチコックの『鳥』が時間経過を示す手
段として使われているが、実は製作者たちが次回にそのリメ
イクを検討しているとのことで、それも楽しみなところだ。
もっともこれも、『バイオハザード3』の後でどこまでやれ
るか、興味津々だが…

カップル役のソフィア・ブッシュとザカリー・ナイトンは、
いずれもテレビの人気者のようだ。他に、『マイノリティ・
リポート』『父親たちの星条旗』などのニール・マクドノー
が出ている。

『肩ごしの恋人』(韓国映画)
直木賞受賞の唯川恵の原作を韓国で映画化した作品。なお、
同じ原作からは、日本では米倉涼子、高岡早紀共演でテレビ
ドラマ化がされている。
片や恋愛至上主義、片や結婚至上主義、性格もファッション
や男の好みも全く違う。それでも親友同士の2人の女性が、
人生の曲り角で自分を振り返り、将来を模索する。
9月に紹介した『ソンナオトナノオンナノコ』も同じような
設定の作品だったが、コミックス原作の日本映画がヴィデオ
製作のインディーズ作品であったのに対して、こちらは韓国
トップクラス製作会社の製作で、ソウル観光も楽しめるくら
いにロケ地も多彩な、豪華な作品になっている。
主人公のジョンワンは写真スタジオ所属の女性カメラマン。
その仕事ぶりはそろそろ認められ始めているが、実生活では
恋愛至上主義で目下は妻子のある男性と恋愛中だ。その彼か
らは、2人だけの日本旅行も誘われている。
一方、ヒスは富豪の実業家と結婚。しかし独身時代からセク
シーさがモットーの彼女は、今も夫の金で身体に磨きを掛け
ている。そして、夫の浮気は男の甲斐性と言って意に掛けな
い様子だったが…
このジョンワンを、『恋愛中毒』のイ・ミヨンが以来5年ぶ
りの主演でスクリーンに本格復帰。ヒスはテレビ『噂のチル
姫』で人気沸騰のイ・テランが映画初出演で演じている。
そして、そんな2人がいろいろな出来事の中で自分の人生を
見直す物語が、ソウル各地の豪華なホテルや、ショッピング
モール、カフェ、バーなどを背景に展開する。
日本で言ったらちょっと昔のトレンディドラマといった感じ
なのかな、一般庶民にはあまり縁のなさそうな豪華なお店が
次々に登場して、そんなものに憧れる庶民の心をくすぐる感
覚。まあ日本人としては、観光気分ということでも楽しめそ
うだが。
僕自身としては、身近な感じもする『ソンナ…』の方が好ま
しい感じのところもあったが、映画は夢を売るものでもある
訳だから、その意味では、この韓国映画は数段上を行ってい
る感じもするものだ。
なお、唯川原作の映画化では、2005年2月に紹介した『フィ
ーメイル』の中の1篇が強烈な印象だったが、本作はそれに
比べると大人しい。韓国映画だからといってそれを期待した
方が間違いだったかも知れないが。


『PEACE BED』“The U.S. vs. John Lennon”
1972年のニクソン再選に絡んで、ニクソン政権がジョン・レ
ノンに対して行った国外退去命令と、それに対するレノンの
反抗を中心に描かれたドキュメンタリー。オノ・ヨーコの全
面的な協力により、史上初公開の映像や音源なども挿入され
ている。
1971年12月10日、先に麻薬所持の囮操作で逮捕された反戦詩
人ジョン・シクレアを支援するコンサートに出演したレノン
とヨーコは、全米に生中継された舞台上で、その日のために
作曲した「ジョン・シンクレア」を披露する。
そのコンサートは、ヴェトナム反戦運動家ジョン・ルーヴィ
ン主催によるもので、会場ではFBIの捜査官が歌詞をメモ
取りもしていた。そんなコンサートに登場したレノンとヨー
コは、反アメリカ分子としてFBIにマークされて行くこと
になる。
それより先にレノンとヨーコは、1969年に新婚旅行先のアム
ステルダムでBed Inを敢行し、そこで反戦歌のGive Peace a
Chanceを発表。さらに、世界12大都市にWar Is Over If You
Want Itのポスターを自費で掲出するなど反戦の態度を鮮明
にしていた。しかし、その一方でニューヨークを愛し、アメ
リカ永住も希望していた。
そんなレノンとヨーコに、合衆国政府は1968年のマリファナ
不法所持による逮捕歴を基に国外退去を命じる。しかし、レ
ノンはその逮捕は冤罪だったと主張。法廷闘争を繰り広げる
ことになる。
そしてレノンは、自分がルーヴィンらに利用されていたこと
にも気付いて行く。こんな合衆国と、ジョン・レノンの関係
が描かれる。
作品は、アーカイヴの映像だけでなく、オノ・ヨーコへの現
在のインタビューや、シンクレア、『7月4日に生まれて』
のロン・コーヴィック、アンジェラ・デイヴィス、さらにブ
ラック・パンサー党のボビー・シールや作家のゴア・ヴィダ
ルなどへの取材で構成されるが、当時は見えなかったいろい
ろな事実が明らかにされて行くのは興味深かった。
特にヨーコとレノンの関係については、正直に言って当時、
「なぜ彼女なのか」という風にも思っていた僕にとっては、
2人の本当の関係が理解できて、それも素晴らしかった。
なお映画の中には、レノン作品を中心に39の楽曲が登場し、
これも聴きものとなっている。

『全然大丈夫』
劇団大人計画で劇中映像などを手掛けていた映像作家、藤田
容介の脚本・監督による作品。大人計画の荒川良々主演、岡
田義徳、木村佳乃共演によるドラマ。
住居一体の古本屋を主な舞台に、ちょっと悪ふざけが好きな
主人公と、それに振り回され続けている友人、そこに現れた
無器用な女性らの関係が描かれる。
荒川良々という俳優は脇役では何本か観ているが、如何にも
良い人という感じが、殺伐とした現代では何か胡散くさくも
見える、そんなキャラクターに感じていた。しかし今までの
作品では基本的に良い人の役柄が多くて、正直その辺が物足
りなくも思えていた。
それが本作では、多分悪気はないのだろうけど、周囲には迷
惑な、一種サイコな人物設定で、それは僕として納得できた
ものだ。実際こういう奴は世間に沢山いるし、そんな現代を
ちゃんと反映したキャラクターにも見えた。
物語は、荒川扮する古本屋の息子で、人を驚かしてはそれを
ヴィデオ撮影するのが趣味というフリーターの主人公と、そ
の主人公と一緒にアマチュア映画の制作などに参加している
が、本業は病院で総務系の仕事をしている岡田扮する友人を
中心に展開する。
一方、木村が演じるのはかなり特異な画風のクレヨン画家。
彼女は川原に住むホームレスの女性などを観察して絵にして
いるが、生活のため病院の清掃員として仕事を求めに来る。
ところが無類の無器用さで失敗続き。見兼ねた友人は、無器
用な彼女への愛しさもあってか、彼女を主人公の古本屋の店
番に紹介するが…
この彼女が描く絵を、悠久斎という人が描いていて、なかな
か面白いものがあった。また主人公の部屋には無気味なフィ
ギュアが多量に置かれているが、こちらは、2006年にテレビ
東京の番組で、「初代フィギュア王」に選ばれた寒河江弘が
造形したもので、これもいろいろ楽しめた。
この他、川原のホームレス女性の造形は映画の美術スタッフ
の作品のようだが、それなりの物にはなっていた。このよう
に、映画は全体的な美術の面でも結構楽しめる。また、挿入
歌を含む音楽もなかなか凝っているようだ。
もちろん映画はそれだけのものではないが、このようなこと
が楽しめる作品というのも、それなりの魅力とは言えるもの
だ。
共演は、田中直樹、蟹江敬三、きたろう、小倉一郎、根岸季
衣、白石加代子ら、これもなかなか楽しめる顔ぶれだった。

『真・女立喰師列伝』
押井守監督作品に時折登場する立喰師と称する無銭飲食常習
者たちの物語。それを発展させた作品では、2006年に『立喰
師列伝』という作品が発表されているようだが、今回はさら
にキャラクターを女性に限定して、6つのエピソードがオム
ニバスで制作されている。
しかも6話中の2話は押井監督によるものだが、他の4本は
それぞれ新進気鋭の若手監督が担当。さらにその主人公を、
ひし美ゆり子、水野美紀、安藤麻吹、藤田陽子、小倉優子、
佐伯日菜子が演じているものだ。
物語は、風俗的なものから西部劇、リアルなものや幻想的な
もの、SFにちょっとしたサスペンスまで種々雑多で、その
ヴァラエティの豊かさも魅力的だった。
各篇のタイトルを列挙すると、「金魚姫・鼈甲飴の有里」
「荒野の弐梃拳銃・バーボンのミキ」「Dandelion・学食の
マブ」「草間のささやき・氷苺の玖実」「歌謡の天使・クレ
ープのマミ」「ASSAULT GIRL・ケンタッキーの日菜子」とな
っている。
中で、僕が面白かったのは、小倉優子主演、神谷誠監督によ
る「歌謡の天使」という一編で、原宿のとあるクレープ屋に
現れたアイドル予備軍の少女が、クレープを食い逃げするた
めに飛んでもないことを語り出すというもの。
この虚実織りまぜた戦後昭和の裏面史とも言える語りが実に
楽しくて、しかも小倉優子のあの口調で、漢字熟語満載のナ
レーションが延々と続くのには大笑いできた。
因に、この一編と水野主演の「バーボンのミキ」は、かなり
奇想天外な食い逃げのテクニックを展開しているものだが、
その他は、食い逃げと言うよりはそこに至る彼女たちの人生
や、あるいはその後の人生が語られるもので、それも意外な
感じで楽しめた。
オムニバスは、数年前ブームのように何本か公開されたが、
意外とそれぞれの作品を短編映画として成立させるのが難し
いように思えた。それに対して本作は、テーマを「立喰師」
で括ることで、それぞれの作品を短編映画として成立させ、
さらに全体もまとまりのある作品になっている。また、本編
中にちょっとした遊び心があるのも嬉しかった。
なおこの作品は、今年の東京国際映画祭「日本映画・ある視
点」部門で上映される。


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井口健二