井口健二のOn the Production
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2007年09月20日(木) 花蓮の夏、ディスタービア、コンナオトナノオンナノコ、ブレイブワン、ここに幸あり、サウスバウンド、ヒートアイランド

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『花蓮の夏』“盛夏光年”
男性2人と1人の女性による三角関係の物語。と言ってもこ
の三角形は女性が頂点ではなく、一方の男性がゲイで…とい
う設定のものだ。
昨年11月に『スキトモ』という作品で同じような設定の物語
を紹介しているが、台湾映画の本作は去年本国で公開された
もので、製作はこちらの方が早そうだ。それに日本映画は、
すでにそうなっている状況から始まったが、本作ではそこに
いたる経緯も描かれる。
主人公は、惑星(ジェンシン)、恒星(ショウヘン)、彗星
(ホイジャ)と名付けられた3人。優等生の惑星と、スポー
ツマンの恒星の付き合いは小学生時代に始まる。実は、粗暴
で手を焼く恒星の友達になることを、教師が惑星に命じたの
だ。
こうして惑星は、常に恒星の傍に居るようになり、恒星は惑
星を親友と思うようになって行ったが…この間、惑星の成績
は徐々に低下。そして惑星は大学受験に失敗、一方、恒星は
スポーツ推薦で大学に合格してしまう。
こんな2人の前に、彗星は高校時代に現れる。転校生で友達
のできない彗星に最初に話し掛けた惑星は、2人でデートも
重ねるようになるが、ある日、彼女と入ったラヴホテルで、
惑星は自分の違う感情に気づいてしまう。
その彗星は恒星と同じ大学に合格。予備校に通いながらも恒
星の誘いを断れない惑星と、改めて彗星を見初めた恒星の三
角関係が出来上がる。
主演のブライアン・チャンとジョゼフ・チャンは共に映画は
初主演だが、台湾のテレビなどではすでに人気者のようだ。
本作で2人は台湾金馬奨新人賞にノミネートされ、惑星を演
じたブライアンが受賞している。この2人を含め、本作では
台湾・金馬奨4部門の候補になった。
また彗星を演じたケイト・ヤンは、『The EYE 3』にも出演
している香港、台湾で活躍中の新進女優とのことだ。
ゲイを描く作品は、ハリウッドにもない訳ではないが、中国
や東南アジアの作品ではその設定を見かけることが多いよう
に感じる。中国の独子政策で女子の赤ん坊が間引かれ、若者
の男子比率が高いという俗説もあるが、そんなことも反映し
ているのだろうか。

『ディスタービア』“Disturbia”
“Indy 4”への出演が話題のシャイア・ラブーフ主演による
ティーンズ・サスペンス。
父親の目前の事故死で自暴自棄になった若者が、暴力行為で
自宅拘禁を命じられ、刑期の3カ月を郊外の自宅の中心から
30m以内で過ごすことになる。そして、自室の窓から周囲を
覗いていた若者は、怪しげな隣人の動きに目を留める。
ヒッチコックの名作『裏窓』を、見事に現代に甦らせたとで
も言えそうな快作。骨折で身動きできない『裏窓』の主人公
に対して、本作の主人公は裁判所の命令で足首に監視装置を
装着され、家の前庭より先には出られないという仕組みだ。
そんな主人公が、怪しい隣人の動きに連続殺人犯の疑いを強
め、別の隣に引っ越してきた若い女性や、東洋系の親友の助
けを借りて真相を暴いて行く。そこには、ヴィデオカメラや
監視機材、携帯メールなど現代の情報機器も総動員される。
先に『裏窓』を甦らせたと書いたが、本作は物語を単になぞ
るのではなく、そこに数々のアイデアが盛り込まれている。
それは、もしヒッチコックが現代にいたらこれと同じものを
作ったのではないか、そんなことを思わせるまさに天才のな
せる技が見えるものだ。
「覗き」がテーマの映画も数々あるが、現代人が利用できる
技術の粋を凝らして覗くということでは、かなり良い線を行
っていると思われる作品。同様のテーマでは、1974年に僕が
初めてアメリカに行ったときに観た“Extreme Close-Up”を
思い出す。
“Extreme …”は、ベストセラー作家マイクル・クライトン
のオリジナル脚本を映画化したものだが、当時の一般人でも
ここまでの盗聴や覗きができるのだという限界が描かれてい
たものだ。その限界が、本作ではいともた易く実現されてい
るのには、ちょっと恐ろしくもなった。
共演は、別の隣に引っ越してきた若い女性役にハリウッド版
の『呪怨2』にも出ているサラ・ローマー、東洋系の親友役
に舞台出身のアーロン・ヨー。また、怪しい隣人役を『プル
ーフ・オブ・ライフ』などのデヴィッド・モース、そして主
人公の母親役を『マトリックス』などのキャリー=アン・モ
スが演じている。
題名の感じからはティーンズ・ホラーかとも思ったが、本作
は多少のショックシーンはあるものの全体はまともなサスペ
ンス。有望株の若手スターの主演作だし、映画ファンの鑑賞
には損のない一編と言えそうだ。

『コンナオトナノオンナノコ』
1989年にガロでデビューしたという女性漫画家・安彦麻理絵
の原作を、昨年『パビリオン山椒魚』が話題となった冨永昌
敬監督で映画化した作品。
原作と同じ題名の意味するところは、「女はいくつ(30歳過
ぎ)になっても女の子だ」ということだそうだ。僕は「いく
つになっても大人になれない女」のことかと思っていたが、
多少ニュアンスは違うようだ。
主人公は、30歳前後の2人の女性。2人は元同僚だったが、
1人は25歳で寿退社して子供も産み、以後は専業主婦。もう
1人は独身を通して今やバリバリのキャリアウーマン。
ところが、以前はそれが目標だったはずの生活を送っている
2人にも、それぞれ悩みが欝積してくる。それは何より女で
ありたいということ。そしてそれが頂点に達したとき、彼女
たちは行動を開始する。
別段、彼女たちの悩みが甘えだとは思わないが、男としては
何で自分がこういう悩みを抱えないのかとは思ってしまう。
男にはこのような思考回路が成立しないように作られている
のかも知れないが、不思議な話だ。
そんなことは別として、この映画では、変えようと決めてか
らの女性たちの行動も楽しく描かれる。そして、その行動が
引き起こす波紋や解決も矛盾なく描かれているところには、
作品としての奥行きも感じられた。
それから本筋と関係ないが、トウモロコシの成長の描き方や
幼い女の子の三輪車の映像も丁寧に撮られていて、これも映
画の彩りとして違和感もなく納得できるものになっていた。
実際、こういうさりげない映像が日本映画ではなかなか様に
ならないものだ。
出演は、是枝監督の『ワンダフルライフ』に主演していたエ
リカと、『ロスト・イン・トランスレーション』に出演の桃
生亜希子。それぞれ最近他の作品でも観ているが、本作の演
技は気に入った。他に、河合美智子、津田寛治らが共演。
男としては、女性たちにこんな不満を抱かせない努力をしな
ければいけないのだろうが、それもなかなか難しい。でも、
こんな女性の本音を描く作品がもっと登場してくれば、それ
なりに社会も変わるとは思えるのだが。

『ブレイブワン』“The Brave One”
ジョディ・フォスター製作総指揮・主演、ニール・ジョーダ
ン監督による復讐ドラマ。
フォスターが扮するのは、FM局でパーソナリティを務める
女性。番組の評判も良く、結婚も決まって順風満帆だった彼
女を突然悲劇が襲う。婚約者と犬を連れての散歩中に暴漢の
グループに襲われ、婚約者は死亡、彼女も重傷を負い意識不
明となったのだ。
その彼女が3週間後に目覚めたとき、婚約者の葬儀はすでに
終っていた。一方、目覚めた彼女に警察は当時の状況を聴取
するが、現れた刑事は捜査に熱心とも思えない。
やがて彼女は、当初陥った外出恐怖症も克服して社会復帰を
果たす。だがその時になっても警察の捜査はあまり進捗して
おらず、思い余った彼女は護身用の拳銃を手に入れる。そし
て、偶然入ったコンビニで強盗に遭遇した彼女は…
試写会では、主人公の行為が許せるかという投票が行われ、
僕は躊躇なく「許せる」に投票したのだが、見ていて意外と
「許せない」に投票する人が多いのに驚いた。僕の感覚で、
この作品は「必殺仕事人」なのだが、そうは採らない人が意
外に多かったようだ。
僕自身「許せますか、彼女の選択」という宣伝コピーには、
いろいろ最悪の結末を予想したが、正直に言ってしまえば、
物語は意外なほどクールな結末だった。勿論これをクールと
採らない人が「許せない」に投票しているのだろうが。
実際、僕はこの映画のテーマが復讐一辺倒だったら嫌だなと
も思っていた。確かに物語の主要部は復讐だし、結末もそれ
に関わっているものだが、この映画はそれが全てではない。
映画の全体の流れはそれより先の社会悪との戦いをテーマに
しているものだ。復讐はその切っ掛けでしかない。
その観点で言えば、物語はかなり痛快だし、特に最後の選択
には喝采したくなったくらいのものだが…。でもまあ、いろ
いろな意見の人もいるのだろうし、許せない人には喝采も何
もないのだろう。

9/11以降のアメリカ映画で、特に社会問題を描いた作品
には何か微妙なニュアンスを感じる。それは、政府の中東政
策に対する後ろめたさであったり、被害者意識であったりい
ろいろだが、いずれにしても奥歯にものが挟まったような感
じのものだ。
その中で、ニューヨークを舞台にしたこの作品は、ある種の
その手の風潮への迎合を排したもののようにも感じられた。
そろそろ9/11を過去のものにしなければいけない、フォ
スターとジョーダン監督のそんな見識を感じたものだ。
だから僕にはこの作品が痛快に感じられたのかも知れない。
ハリウッド映画に9/11以前の面白さが戻ってきたように
も感じられた。
共演はテレンス・ハワード。他に、『タイム・アフター・タ
イム』『バック・トゥ・ザ・フューチャー3』などのメアリ
ー・スティーンバージェンらが出ている。

『ここに幸あり』“Jardins en automne”
『素敵な歌と船は行く』『月曜日に乾杯』のオタール・イオ
セリアーニ監督による2006年作品。
イオセリアーニ監督の作品は、上記の2本や、もっと以前に
製作された『群盗、第七章』という作品も見ているが、今ま
で何となく性に合わないというか、評価できないでいた。
基本的に「ノンシャラン」がテーマとされる作風だが、その
無責任さというか、そんなことが今の時代に通用するのか、
というような思いのつきまとうのが、いつも違和感を感じて
しまうところだったように思える。
ところが今回は、主人公が何と政治家(大臣)。実は安倍の
無責任辞任表明のその日に試写を見るという巡り合わせで、
その皮肉さで納得してしまったという感じもしたものだ。
主人公は、何省か判らないが大臣。ところが大臣公舎の前に
はデモ隊が押し寄せており、彼は批判の矢面に立たされてい
るようだ。しかもその沈静化には、彼に全責任を負わせて辞
任させるのが一番と考えられたようで、彼は辞任の書類にサ
インさせられる。
そして、彼が大臣を辞するなり、浪費癖の妻は離婚し、彼が
元の自宅に戻ってみると、そこは見知らぬ有色人種のグルー
プに占拠されていた。家族も家も失い、それでも彼は、自由
を満喫せんとばかりに、昔の友と酒を酌み交わしたり、女の
許を訪れたりする。
大臣だった時の職務が何かも描かれていないから、辞任の理
由も不明だが、後任者もすぐに辞任してしまうようで、何と
も無責任な話が展開している。それはそれとして主人公は、
呑気にふらふらと過ごしているものだが、その割りには権力
を使って自宅の占拠者を追い出したりもしていて、政治家の
腹黒さのようなものも描かれる。
これでは「ノンシャラン」でもないものだが、監督のファン
は、それでもその部分以外に描かれる「ノンシャラン」な内
容で満足しているようだ。

監督の意図が何方にあるのかは判らないが、政治家を扱うと
結局こうなってしまうのか。現在はフランス在住だが、元々
はグルジア出身で、初期作品は母国では発表できなかったと
いう作家の政治感は、「ノンシャラン」では済まされないの
かも知れない。こういう路線に踏み出した監督の次の作品に
も興味を引かれるところだ。
なお、監督の作品は、いつもは配役に自分の友人たちを起用
するノンスターだが、今回は何故か『昼顔』→『夜顔』など
のミシェル・ピコリが特別な役で出演している。

『サウスバウンド』
直木賞作家奥田英朗の原作を、『間宮兄弟』の森田芳光監督
が映画化。常に正義感を振り回す元学生活動家の父親の許に
暮らす一家が、東京での生活に行き詰まり、西表に引っ越す
が…
主人公の父親は、三里塚闘争に参加していたようだ。当時の
現場写真に主演の豊川悦司を合成した写真も登場する。そん
な父親と天海祐希扮する母親の間には、すでに社会人の長女
と、小学生の長男、次女の3人の子供がいる。
その一家は東京の下町に暮らしているが、長男の通う小学校
では、かつあげが行われていたり、学校運営にも不正がある
ようだ。そして長男が正義感ゆえに問題を起し、一家は一念
発起、父親の故郷でもある西表に移住することになる。
ところがその島は、開発と自然保護の間で揺れており、一方
で父親の祖先はその昔、島の住民の権利を守るために戦った
英雄であったことが判明する。やがて、一家の暮らし始めた
古民家に、開発業者が裁判所の決定書を持って現れる。
正義感ゆえに、いつもトラブルに巻き込まれる。そんな父親
が、それでも正義のために戦う姿を息子に見せつける。
自分も70年安保闘争頃の大学生で、自分はその頃からSFの
活動を始めていたから直接闘争には参加できなかったものだ
が、傍でシンパとして見ていた立場としては、この主人公の
父親の姿には共感を覚えてしまうところだ。
その後、こんな風に一途に生きられた人間がどれだけいるか
は判らないが、無責任な政治家や資本家がはびこる現代を見
ていると、昔と全く変わっていない世情には、ふつふつと正
義感が沸き上がってくるのも理解できる。
そんな自分に極めて近い心情が、沖縄の自然を背景に、美し
く、そして気高く描かれる。なお映画は、ユーモアもたっぷ
り、痛快に描かれており、結末も大らかで良いものだ。
長男役は新人の田辺修斗、長女役は『間宮兄弟』にも出てい
た北川景子、次女役は松本梨菜。他に、松山ケンイチ、平田
満、吉田日出子、加藤治子、村井美樹らが共演。
因に、撮影は沖縄本島とは橋で繋がっている島で行われたよ
うだが、自然の残る風景には憧れも感じてしまうものだ。

『ヒートアイランド』
垣根涼介の原作を、テレビの『女帝』などを手掛ける片山修
が劇場映画デビューで撮った作品。東京渋谷を舞台に、若者
のグループとプロ強盗団と、東西やくざとの抗争を描く。
主人公は渋谷で若者たちを束ねるアキ。彼らは渋谷のクラブ
でファイトパーティーを開催して金を稼いでいたが、地元の
やくざから見か〆料を要求されるようになっている。一方、
関西やくざが経営する地下カジノが強盗団に襲われ1億円が
強奪される。
ところが、アキのグループの1人が強盗団の1人に絡み、そ
うとは知らずに分け前の入った鞄を奪ってきてしまう。そし
て鞄の中の大金を見たアキは、強盗団と関西やくざ、両方の
標的になることを覚悟するが…。この難局を如何にして切り
抜けるか…というお話。
善人は1人も登場しないお話で、言ってみれば『オーシャン
ズ』のような物語。誰が誰の金を奪おうと、良心の咎めなど
は一切関係なし、その点では気楽に観ていられる作品という
ことになる。
それにしても、主な登場人物が16人。映画の最初の方で、
登場人物に役名のテロップの付くシーンがかなり続き、こん
なにいて大丈夫かと心配もしたが、展開は見事に明快で、金
と人の動きも解り易く、これをちゃんと描ける日本人監督が
いたというのも嬉しかった。
脚色は、劇団主宰者でもあるサタケミキオ。後半の展開は原
作とは異なるようだが、このアンサンブル劇のように多様な
登場人物と入り組んだ展開の物語を、見事に一点に集約して
纏め上げている。この脚本の力もかなり大きそうだ。
主演は、『ワルボロ』に出ていた城田優。その仲間役で同じ
く『ワルボロ』の木村了、『サウスバウンド』の北川景子。
他に、豊原功補、井原剛志、松尾スズキ、近藤芳正らが脇を
固める。
渋谷の街もそれなりに良く描けているし、前半はカットバッ
クを多用して感覚的に映画に引き込み、それでいて途中から
はじっくりとドラマを描き込む。さらにその間を違和感なく
繋いで行けるテクニックもしっかりしていると感じた。
原作には同じ主人公の続編もあるようで、このまま同じスタ
ッフ・キャストで、その映画化も期待したいところだ。


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井口健二