井口健二のOn the Production
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2007年07月31日(火) デス・プルーフ、プラネット・テラー、マザー・テレサ、ファイアー・ドッグ、純愛、ナルコ、たとえ世界が終わっても

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『デス・プルーフinグラインドハウス』“Death Proof”
『プラネット・テラーinグラインドハウス』
                   “Planet Terror”
クエンティン・タランティーノとロベルト・ロドリゲスが、
1960年代に数多く存在したBムーヴィ専門の2〜3本立て映
画館「グラインドハウス」の再現を目的に製作した作品。
アメリカでは“Grindhouse”のタイトルの許、本編2本とフ
ェイクの予告編、それに短編アニメーションなどを揃えて公
開されたが、いかんせん全編の長さが192分の長尺となり、
観客からは敬遠されてしまったようだ。
そこで海外ではそれぞれの本編が独立の作品として公開され
る。しかもオリジナルではそれぞれ87分と86分の作品であっ
たものが、予告編・短編込みの113分と105分の拡大ヴァージ
ョンとなっているものだ。
ではまずタランティーノ監督の『デス・プルーフ』から。
タイトルの意味は、腕時計のwaterproofと同様で、防死加工
とでも訳せばいいのかな。自動車アクション映画の撮影で、
車が横転したり激突しても運転しているスタントマンに危害
が及ばないようにする設備のことを言うものらしい。
映画の前半に登場するのはジャングル・ジュリアの呼び名で
人気の地方局のDJ。街中にビルボードも建って浮かれてい
る彼女とその中間たちに恐怖が訪れる。それをもたらすのは
スタントマン・マイクと自称する元スタントマン。
そして数年後、スタントマン・マイクは別の女性たちを狙っ
ていた。ところが、そこに現れたのは女性スタントマンを含
む映画製作の女性スタッフたち。一筋縄では行かない女たち
とマイクとの壮絶な闘いが始まる。
スタントマン・マイクを演じるのは、『ニューヨーク199
7』〜『ポセイドン』のカート・ラッセル、そして後半の中
心となるのは、タランティーノ監督の『キル・ビル』2部作
でユマ・サーマンのスタントを担当したゾーイ・ベル。
ゾーイは本人役で登場し、初めて本編でドラマの演技を披露
することになったものだが、監督が彼女のために書き下ろし
たという感じのシナリオで、演技は自然だ。そして、CGI
は安全用のワイアを消しただけという、たっぷりと描かれた
車上のスタントアクションは正に観ものだ。
共演は『シン・シティ』のロザリオ・ドーソン、TV『CI
S:ニューヨーク』などのヴァネッサ・フェルリト、シェリ
ル・ラッドの娘のジョーダン・ラッド、TV『チャームド』
のローズ・マッゴーワン、シドニー・ポアティエとジョアン
ナ・シムカスの娘シドニー・ターミア・ポアティエ、映画版
『RENT』のトレイシー・トムズ、『ダイ・ハード4.0』
で主人公の娘役を演じたメアリー・エリザベス・ウィンステ
ッドなど、マニアはニヤリとする顔ぶれが揃っている。

続いてロドリゲス監督の『プラネット・テラー』は、タイト
ルからは宇宙物を想像したが…そうではなく、軍事基地から
化学兵器が漏れだして、それを吸った人たちが次々変貌して
行くという作品。しかも変貌した人間たちは、そうでない人
たちの生肉を求めて殺戮を開始し、さらに襲われた人が難を
逃れても傷口から変貌が始まってしまう。
テーマ的には、『バタリアン』の流れを汲むのかな、でもそ
れをロドリゲス監督らしく激烈に描き切っている。従って、
銃撃戦では頭は爆裂するは、手足は吹っ飛ぶはの飛んでもな
いシーンが続出。スプラッターマニアには満足度の高い作品
と言えそうだ。
しかもポスターにもなっているヒロインの姿は、映画の後半
のほとんどをCGIの合成で描き込んだもので、昔は『フォ
レスト・ガンプ』の帰還兵の姿でも驚嘆したものだが、今や
ここまで出来てしまうのかという感じもしたものだ。
そのヒロインを演じるのは『デス・プルーフ』にも出ている
ローズ・マッゴーワン。そして『ポセイドン』『ボビー』な
どのフレディ・ロドリゲスを中心に、『ターミネーター』の
マイクル・ビーン、『ファイアー・ウォール』のジェフ・フ
ェイヒー、『グーニーズ』〜『インビジブル』のジョッシュ
・ブローリン、『シン・シティ』のマーリー・シェルトン、
ミュージシャンのナヴィーン・アンドリュース、ステイシー
・ファーダソン、それにブルース・ウィリスといったちょっ
と渋目の役者が揃えられている。
グラインドハウスは、僕が初めてアメリカに行った1975年頃
にはまだあって、ハリウッドの外れ映画館で、確か$1ほど
の料金でヨーロッパ製のヴァンパイア物を含む3本立てを観
た記憶がある。今は残っていても危険で入れないだろうが、
そんな心配のまだ無い時代だった。
日本でも当時は、新宿から高円寺辺りまでの地球座チェーン
と言ったかな?や、赤羽から浦和、大宮辺にもチェーンがあ
って、1本のフィルムをバイクで順送りして上映していたも
のだ。上映の最終日に行って頼むとポスターなども貰えて、
『2001年宇宙の旅』を入手したこともある。
当然、2番館3番館落ちの作品が上映されるからフィルムは
ぼろぼろで、今回製作された2作品でも、フィルムの傷や駒
飛び、さらに焼失なども演出されているが、それでも好きな
映画は何度でも見に行けたものだ。
映画ファンがいたからそういうことが出来たのか、そういう
映画館があったからファンが育ったのか、それは判らないけ
ど、マルチプレックスの台頭がそういう映画館を消滅させた
ことは確かなようだ。
なおこれらの作品は、日本では2本独立で9月1日から順次
公開されるが、それに先行して8月24日から数日間、東京・
六本木と大阪でオリジナル版の公開も行われる。実は、特に
タランティーノ作品が、director's cutでちょっとやりすぎ
ている感じもあり、その辺をオリジナル版で確認したい気も
しているものだ。

『マザー・テレサ・メモリアル』
  “Mother Teresa & Mother Teresa: The Legacy Film”
今年で没後10周年を迎えたマザー・テレサを取材したドキュ
メンタリー。
生前に製作された“Mother Teresa”(邦題:母なることの
由来)のディジタル復刻版と、その葬儀の模様に生前のイン
タヴューなどを加えた“Mother Teresa: The Legacy Film”
(母なるひとの言葉)が公開される。
ノーベル平和賞にも輝いたマザー・テレサの業績は、知る人
には分かり切ったことであるかも知れないが、部外者である
自分にはいろいろと興味深く、面白く見られる作品だった。
特に、『母なることの由来』に描かれたマザー・テレサの来
歴や、彼女の行動力、また人種や宗教を越えて人々に影響を
与えて行く様子は、その間に中東紛争の中での活動の様子な
ども織り込んだ丁寧な取材で、部外者にも判りやすいものに
なっている。
それにしても、旧ユーゴスラビアで生まれた女性が18歳で修
道女になり、教会の指示でインドに赴き、36歳で神の召命を
受けて貧しい人々への奉仕を開始。さらに、彼女が開設した
「神の愛の宣教者会」はローマ法王の認可の許、インドだけ
でなく世界中に広まっていったという経緯は、マザーの偉大
さと宗教そのものの存在感を見事に描いたものだ。
だからといって、自分がそれに感化されてしまうということ
ではないが、若い内にこのような作品を見て、それで何かを
考えられれば、それも価値のある作品のようにも思えた。
公開は9月15日から東京写真美術館ホールで行われる。
なお、試写会は2本立てだったが、一般公開は独立の形で、
チケットは2枚綴り(1800円)とそれぞれ個別(1000円)も
販売される。従って作品は単独でも見られるが、初めて観る
人には『母なるひとの言葉』だけではちょっと判りにくいか
も知れないと思えた。
それから葬儀の模様の中で、日本からは土井たか子だけが紹
介されるが、これは確か当時衆議院議長として出席している
もので、原音声に肩書きが無いのは仕方がないが、これだけ
ではちょっと奇異に感じられた。

『ファイアー・ドッグ』“Firehouse Dog”
周囲の過疎化と現場への到着の遅れなど活動の不振で、閉鎖
が目前とされた消防分署を舞台に、空から落ちてきた1匹の
犬が大活躍を繰り広げるファミリー・ピクチャー。
その分署は、前任隊長が消防犬と共に殉職し、隊長職はその
弟が継いだが、活動は遅れ気味で周囲の分署からも少し蔑ま
れている。しかしその地域では兄が殉職した火災を始めとし
て不審火が続いており、現隊長はその調査も続けている。
主人公はそんな現隊長の息子。父子家庭の上に、兄の死を消
化仕切れていない父親の生活態度も影響してか、息子の生活
も荒れ気味で、試験日となると学校をさぼったり、家でもヴ
ィデオゲームばかりに熱中している。
一方、登場するのはハリウッドのスター犬。アクション映画
で主演を張って大活躍だったが、ある日、スカイダイビング
シーンの撮影中の事故で失踪し、その町に迷い込む。そして
主人公と遭遇したスター犬は、ハリウッド時代の特技を駆使
して大活躍するが…
以前に警察犬として訓練された犬が一般家庭に入り込んで…
という作品もあったが、家で犬を飼っている者としては、描
かれる犬の行動なども理解できるし、問題なく楽しめる作品
ということになる。
本作は人間の主人公が少年ということもあって、お子様向け
の作品ではあるが、それなりに謎解きなどもスマートだし、
うまく作られた作品と言える。ただし、犬が演じるアクショ
ンにはちょっとやりすぎの部分もあったが、それはご愛嬌と
いうところだ。
一方、スター犬のシーンでは、映画のポスターなどのパロデ
ィもあって、それなりに楽しめた。それから個人的には、以
前息子が消防少年団に入っていたこともあって、消防署の中
の様子などにも多少親しみがあり、その点もポイントになっ
たものだ。
主演は、『ザスーラ』のジョッシュ・ハッチャーソン、父親
の現隊長役を『13デイズ』でケネディ大統領に扮したブルー
ス・グリーンウッドが演じている。また登場する犬は、4匹
のアイリッシュ・テリアによって演じられているそうだ。

『純愛』
第2次世界大戦後の中国大陸残留日本人女性を描いた作品。
中国人監督の演出で中国で撮影された作品だが、製作は、北
京中央電視台での主演作もあるという日本人女優の小林桂子
という人が、個人で資金を集め、自らの脚本、製作総指揮、
主演により作り上げた作品となっている。
1945年夏。敗戦によって日本に平和がもたらされたその頃、
中国大陸では開拓団として渡ってきた日本の若者たちが、日
本軍の撤退により欝積していた中国人の反感を浴びながら、
生死の境を彷徨っていた。
主人公たちの一団も山岳地帯で、敗戦を認めない残留日本軍
などの襲撃に遭い、やがて散り散りになって行く。そんな中
で新婚の愛と俊介はとある山里に迷い込み、そこでも村人た
ちの反感を買うが、1人の盲目の老婆が彼らに助けの手を差
し伸べる。
そして夫婦であることを隠し老婆の家に住み込んだ2人は、
その老婆の息子の山龍と共に生活して行くが…
物語は、小林が現地で残留日本人女性から聞いた実話に基づ
くということだ。実は、僕の両親も開拓団では無いが戦前の
中国に渡っていて、幸い早めに引き上げたので家族は無事だ
ったものだが、他人事ではない話ということになる。
実際このような話は、もっと他にもあるのだろうし、もっと
悲惨な目に遭った人も多いとも思われるが、その中でこの話
は、日中の友好を描くためには最適の物語と言えそうだ。最
後の鯉幟のエピソードが実話かどうかは知らないが、創作と
しても良い感じだった。
ただし、主人公の跡を娘が継いだという話は、この映画の展
開ではちょっと辻褄が合わない感じもしたが…

なお、映画の公開は8月18日に銀座シネパトスでスタートす
るが、そのチケット代の一部はNPO法人の小林桂子基金を
通じて世界の子供たちのために使われるとのことだ。この基
金ではすでにスリランカに3校の幼稚園と6本の井戸、さら
に中国に小学校を建設したとのことで、その支援の輪の広が
りが期待されている。

『ナルコ』“Narco”
どこででも突然眠ってしまう病気ナルコレプシーを題材にし
たフランス映画。
この手の病気の映画では、最近は短期記憶障害が良く登場す
るが、ナルコレプシーも一時期話題になって、その頃には何
本かドラマも作られていた記憶がある。この種の題材も流行
り廃りがある訳で、そんな昔の題材が久しぶりに再登場した
ものだ。
でもそういう再登場では何かしら新しい捻りが欲しくなる。
そこで本作では、眠っている間に主人公は突飛な夢を観てお
り、画才の有った彼はその夢をコミックスに描いて出版社に
売り込もうとするが…ということになる。
脚本監督は、過去にはカンヌ国際映画祭で受賞した短編作品
やCM、クリップなどでも実績の有るトリスタン・オリエと
ジル・ルルーシュのコンビが手掛けたもので、彼らの長編デ
ビュー作となっている。
そのデビュー作に、主演は『美しき運命の傷痕』などのギョ
ーム・カネ、共演には『ヴォドック』のザブー・ブライトマ
ン、『ル・プレ』のブノワ・ポールヴールド。さらにカメオ
でジャン=クロード・ヴァンダムまで登場するのだから、相
当の期待度と言えそうだ。
物語の展開では、彼の才能を盗んで一儲けを企む連中が出て
きたり、監督のコンビが演じる双子の殺し屋など、ちょっと
ベタな部分もあるが、これが最近のポップな感覚と捉えてい
いものかどうかは微妙なところだ。
プレス資料に掲載された映画評には、「70年代の感覚」とい
う言葉も見られるが、それが最近の若者にはポップという感
覚になるのかな…。正直、僕には『ファントマ』が思い出さ
れたもので、もう少しスマートな感覚で描いても良かったと
も思えたところだ。
巻頭には激しい戦闘シーンが登場して、これがCGIも使用
したかなり見応えのある代物だった。その他にも『スター・
ウォーズ』を思い出させる宇宙戦闘シーンなど、何度か登場
する夢のシーンはそれなりに力が入っているようだった。
実際、2004年製作でこの技術力は大したものだと思えるが、
ただこれが基本的に戦闘シーンや銃撃戦ばかりというのは、
多少食傷気味にもなったところで、ここに何か他のテーマも
あったらとも思えた。
でも、まあ監督コンビの才能はこれだけ見ても充分に感じら
れたもので、今ならもっと別のことができるとも思えるし、
その後の新作の情報などを聞いてみたいところだ。

『たとえ世界が終わっても』
最近も時々ニュースになるウェブサイトによる集団自殺を発
端にした作品。
自殺を題材にした作品は、数年前に『樹の海』など何本か在
って、作品の出来はともかくその風潮が気になったものだ。
本作も、その点では最初はあまり好ましい感じでは見られな
かった。しかし、まあ映画というのはそれなりに社会的責任
も在るということだ。
主人公は独身女性。持病が在るらしく、それを理由に集団自
殺への参加を試みる。ところが田舎の駅に集まった連中は、
テレビの最終回を観たいだの、最後に食事をしたいだのと言
い出して、なかなか実行しようとはしない。
それでもどうにか自殺決行の場所にはたどり着き、睡眠薬で
眠ったまま死ねるはずだったのだが…目が覚めると、彼女は
勤務先のデスクに突っ伏していた。しかもそこに管理人の男
が現れ、確実に死ねる薬を渡す代りに、1人の男性を救って
くれと取り引きを申し出る。
その男性は肺ガンで2度目の手術に可能性は残っているが、
その手術代が用意できない。そこで彼女が婚姻届を出し、生
命保険の受取人を彼にして死ねば、その手術代が出来るとい
うのだ。最初はそんな話は取り合わなかった彼女だったが…

この管理人を大森南朋、女性を伊加日合作映画『SILK』
のヒロインに大抜擢された新人の芦屋星、男性を舞台俳優の
安田顕が演じて、特に大森の掴み所のない演技は作品に填っ
ている感じがした。
脚本と監督は、テレビの深夜枠ドラマなどを手掛ける野口照
夫。テレビ出身で、特に深夜枠の監督は、独り善がりな作品
が多くて今まではあまり良い印象を持っていなかったが、こ
の作品にはそういうこともなく、映画として普通に観ること
が出来た。
ただし、正直に言って見終って何か物足りない感じがした。
その原因を考えたのだが、管理人が死神であるのか否かは別
段曖昧で良いにしても、主人公の女性の設定が今いち明確で
ないのが気になったところだ。
確かに映画の中では、自分が母親を死に至らしめたのと同じ
病気になり、母親と同じように若死すると考えているようす
なのだが、その経緯がはっきりしない。具体的な病名を出す
のは問題が在るのかも知れないが、もう少しその辺の説明が
欲しかったものだ。
また、最初の集団自殺のドタバタ劇が、結局伏線になってい
るとは思うのだが、どうもこの部分の演出が駄作の日本映画
を見せられている感じで退いてしまう感じがした。ドタバタ
も映画全体で意味がない訳ではないのだが、やはりここには
何か一工夫が欲しいと感じたところだ。

なお本作は、監督が長年温めてきた「時をめぐる三部作」の
一作なのだそうで、この水準で作られるのなら、他の2作も
早く見せてもらいたいと思ったものだ。


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井口健二