井口健二のOn the Production
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2006年06月14日(水) マッチ・ポイント、DEATH NOTE、夜のピクニック、カーズ、キンキー・ブーツ、いちばんきれいな水、フラガール

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『マッチ・ポイント』“Match Point”
ニューヨーク派と呼ばれたウディ・アレンがニューヨークを
離れ、ロンドンで撮影した2005年監督作品。
英国の上流社会を舞台に、アイルランドの貧しい生まれから
テニスを武器にのし上がった青年と、アメリカからやってき
た女優の卵がそれぞれの目標に向かって突き進んで行く姿が
描かれる。
青年は、ツアープロとしてそこそこの成績を残していたが、
それをやめてロンドン会員制テニスコートのコーチとして働
き始める。そして一人の実業家の息子と知り合い、彼に誘わ
れてオペラを見に行き、その妹に見初められる。
しかし、その息子の生家を訪ねたとき、そこで彼の婚約者の
アメリカから来た女優の卵に出会ってしまう。そして、彼女
のセクシーな魅力に取り付かれた青年は、危ない綱渡りを始
めることになるが…
この青年に、“M:I3”でトム・クルーズとの共演を控えるジ
ョナサン・リース・メイヤーズが扮し、女優の卵を、正にセ
クシーという感じのスカーレット・ヨハンソンが演じる。
プロローグでネットに掛ったテニスボールが真上に跳ね上が
る映像が登場する。そのボールが、向こう側に落ちるかこち
ら側に落ちるか、それは運命のなせる技。そんな運命に翻弄
される人たちの物語だ。
アレンは、ここ数年はアメリカで行き詰まりを感じさせてい
たようだ。僕自身は最近の作品も面白く見ていたが、確かに
往年の勢いに比べれば、最近の作品はこじんまりとしている
という感じだったかも知れない。
そのアレンがロンドンに行き、舞台を変えることで新しい活
力を見出したとも評されている。物語は皮肉で一杯だし、正
直に言ってかなり不道徳な作品だが、それこそがアレンの本
質。しかもそれが絶妙のタイミングで発揮される。
僕が見たのは、スポンサーなども集まる披露試写で、周りの
人たちはまじめに見ていたようだが、僕は途中からクスクス
笑いが止まらなくなっていた。そしてそれが、あるタイミン
グで声を挙げて笑ってしまった。なお、同じ反応は会場で数
人いたようだ。
このアレンを、これから誰がどのように評価してくれるのか
判らないが、僕としては、アレンを見続けてきて良かったと
思わせてくれた、そんな感じで本当に楽しめる作品だった。
頭の中の古い価値観など全部外してしまいなさい。70歳のア
レンにそう教えられた感じだ。

『DEATH NOTE』
ヤングジャンプ連載で、既刊10巻の単行本は合計1400万部発
行されたというベストセラーコミックスの映画化。ただし今
回の公開はその前編だけで、後編は10月に公開される。
本来は死神が持つべき死のノートを、退屈した死神が地上に
落とし、司法試験に合格して将来は警視総監を属望される天
才がそれを拾う。そして、法律の手の届かないもどかしさを
感じていた主人公は、そのノートを使って世界中の犯罪者の
処刑を始めるが…
しかし、法に拠らない処刑は大量殺人と見做される。そして
事件を追うICPOは、処刑のパターンから犯人の居住地を
日本と割り出し、犯罪捜査に天才的な推理力を発揮する謎の
人物Lを派遣する。こうして2人の天才の対決が始まる。
Lは、正義である捜査のためには人の死も厭わない。一方、
徐々に追いつめられる主人公は、自らの正義を全うするため
犯罪者以外の死も利用するようになって行く。この歪んだ正
義感のぶつかりあいは、物語の中では否定しつつもゲームの
世界の倫理と言える。
原作は、途中までは抜群に面白いと言われているようだが、
その途中までを映画化したこの作品も抜群に面白い。何しろ
天才同士の凌ぎ合いで、その倫理観も我々とは異なるのだか
ら、その展開にはある意味僕の予想を越える部分もあった。
特にこの映画化では、原作にはいない主人公の幼馴染みを登
場させ、彼女をキー・プレイヤーの一人として物語の設定の
説明や、主人公の心情の吐露などをさせており、これが見事
にうまく機能していた。
脚色は、テレビシリーズの『金田一少年の事件簿』などを手
掛ける大石哲也。これからもちょっと気にしたい名前だ。た
だし、主人公の正義感が変質して行く過程、もしくは歪んだ
正義感に酔って行く過程は、もう少し映像的に丁寧に描いて
欲しかった感じは持った。
主人公の夜神月を演じるのは藤原竜也。若手では抜群の演技
力と言われているようだが、今回は特に雰囲気などもはまっ
ているように感じた。一方のL役は松山ケンイチ。彼も昨年
は新人賞を総嘗めのようだが、今回はちょっと役を造り過ぎ
の感じがする。
また、映画独自のキャラクター・秋野詩織役は香椎由宇。昨
年から大活躍だが、今まで以上に存在感が出てきて良い感じ
だった。他に、鹿賀丈史、藤村俊二、瀬戸朝香、細川茂樹、
戸田恵梨香らが共演。そして、CGIで登場する死神の声を
中村獅童が担当している。
後編を見なければ最終的な評価は下せないが、でも前編は、
僕の予想を越えて面白い作品だった。10月公開の後編が楽し
みだ。

『夜のピクニック』
恩田陸原作、『博士の愛した数式』に続く第2回本屋大賞を
受賞した小説の映画化。
原作者の出身高校で現在も行われているという、全校生徒が
24時間掛けて80キロの行程を歩き抜く「歩行祭」を背景にし
た青春ドラマ。
主人公は3年生の女子、これが終われば受験体制となる最後
の歩行祭で、彼女は同級生の男子に話し掛けることを密かに
誓っている。しかし、2人の間には簡単に話し掛けることを
許さないある秘密があった。そんな2人を級友たちは温かく
見守っているが…
2人の秘密は、観客にはかなり早くに明かされる。従って観
客は彼らと秘密を共有しながら、その秘密がどのような形で
他の級友たちに明かされて行くかを見て行くことになる。そ
こにアメリカに転校した親友の弟などが絡んで、物語は意外
な方向に展開して行く。
さらにアニメーションや、騙し絵的な背景など映像的な興味
も引っ張りつつ、実にヴァラエティに富んだと言うか、サー
ヴィス精神満点の映画が展開して行く。しかもそれが、変に
浮いたり、嫌みになったりすることなく展開するところも見
事な作品だ。
監督は長澤雅彦。去年『青空のゆくえ』という作品を紹介し
ているが、その時も等身大の高校生の青春群像を丁寧に描い
ていた。また監督は、毎年紹介しているニューシネマワーク
ショップにも関わっており、その意味でも興味を引かれた作
品だった。
でも、そういうことを抜きにしても、ちょっと甘酸っぱいと
言うか、ほろ苦いと言うか、そんな青春が描かれる。正直に
言って、2人の関係はかなり特別なシチュエーションではあ
るけれど、逆にそれが微妙な隠し味になって心置きなく楽し
める作品になっている。
出演は、多部未華子、石田卓也、郭智博、西原亜希、貫地谷
しほり、松田まどか、高部あい、池松壮亮、加藤ローサ、柄
本佑。昨年辺りから一気に台頭してきて、これからも活躍し
そうな若手が大挙して出ている。
中には、たぶん演出方針で、わざとわざとらしい演技をして
いる役柄もあるが、全体的には高校生の雰囲気を見事に出し
ていたし、それぞれ個性的なのも魅力な若手たちだ。それに
延べ5000人、最大1000人がワンカットで登場するシーンもあ
るという大量のエキストラを動員した歩行祭の再現も見事に
描かれていた。
話し掛けたいけど話し掛けられない、でも思い切って…そん
な思い出って誰にでもあるだろう。涙を流すようなタイプの
感動作ではないが、見終って本当に清々しい思いが残る、そ
んな純朴な青春を描いた作品だった。

『カーズ』“Cars”
1995年公開の『トイ・ストーリー』に始まったピクサー製作
による長編CGIアニメーションの10周年記念作品(当初の
公開予定は昨年末だった)。また本作では、1999年の『トイ
・ストーリー2』以来のジョン・ラセターが、脚本・監督を
手掛けている。
物語の主人公は、史上初の新人によるシリーズ優勝に王手を
掛けている花形レーシングカーのマックイーン。ライヴァル
は今期で引退が決めているキングと、万年2位だったチック
・ヒック。しかし最終戦は3車同着となり、1週間後の再戦
で決着をつけることになる。
その再戦の場所カリフォルニアに向け、トレーラーの中で休
息しながらフリーウェーを進んでいたマックイーン。ところ
が、彼がトレーラーに無理強いをしたために起きたちょっと
した事故で、彼はトレーラーを振り落とされ、旧道に迷い込
んでしまう。
そして辿り着いたのは、田舎町ラジエータースプリングス。
そこはフリーウェーが迂回したために、地図からも消されて
しまった寂れ切った町。
『ルート66』というと、軽快な主題歌と共に大人気だった
テレビシリーズを思い出す世代としては、そのかつての幹線
道路が今やフリーウェーによって寸断され、以前は華やかだ
った沿線の町が寂れているという現実はショックだった。
でもそんな町だからこそ、昔の人情が残っていて、旅人を温
かく迎え入れてくれる(多少頑固で強引ではあるが…)。高
度成長の陰に消えそうになっている古き良きものを取り戻し
たい。そんな思いは、アメリカ人も日本人も同じなのかも知
れない。
物語には人間は全く登場せず、小さな羽虫まで全てが自動車
の形をしているカーズの世界が描かれる。正直に言ってその
世界を受け入れられるか否かが観客としては勝負になるが、
キャラクター自体は見慣れた自動車なので、僕にはあまり違
和感はなかった。レーサーから軍用車、それに当然パトカー
や消防車などの個性も豊かだ。
また、数々登場するギャグやパロディは、そんなことを抜き
にしても充分楽しめるし、巻頭から登場するレースシーンは
CGIと判っていてもかなりの迫力だった。それに、かなり
アレンジされてはいるが『ルート66』の主題歌が聞こえて
きたときは、正に感動ものだったと言える。
なお、オリジナルの声優では、1995年のデイトナ優勝の記録
も持つポール・ニューマンがキーマンとして登場する他、現
役F1レーサーのゲスト出演もある。

『キンキー・ブーツ』“Kinky Boots”
2003年の東京国際映画祭のコンペティション部門で上映され
た『カレンダー・ガールズ』の製作者、脚本家が再結集した
ブリティッシュ・コメディ。
イギリス中部の町ノーサンプトン。ロンドンの北に位置する
この町は、古くから革靴を地場産業として栄えていた。しか
し、近年は東欧圏からの安物の輸入靴に押され、すでにその
命運は尽きかけていた。
主人公は、そんな町で4代続く靴製造工場の跡取り息子。し
かし性格は優柔不断、キャリアウーマンの婚約者の尻に敷か
れ、ついには彼女のロンドン転勤を機に町を出ることを決意
して、ロンドンの新居に引っ越すが…
その家具も揃わない内に父親の訃報が届き、彼は工場の社長
として町に舞い戻ることになってしまう。ところがその工場
はすでに倒産状態、父親は温情というか、無策のまま社員を
雇い続けていたのだ。そして彼には、社員の首を切る仕事だ
けが残されていた。
こうして、日々社員の首を切るだけの仕事を続ける主人公だ
ったが、ある日若い女性社員から、何故新しい市場を見つけ
ないのかと詰問される。
そこでふと思いついたのが、ソーホーで偶然知り合った女装
バーのドラッグクィーン。女性用のハイヒールでは体重を支
えきれないと語る彼女(彼)の言葉に、男性向けのハイヒー
ルブーツの開発を始めるが…そこには試行錯誤の上に、世間
の偏見が満ちあふれていた。
イギリスのコメディというと、ピーター・セラーズからモン
ティ・パイソンまで、かなり過激な笑いを狙う印象があった
が、『カレンダー…』辺りからはもっと穏やかな笑いの路線
が誕生したようだ。と言っても、熟女ヌードと女装用ブーツ
はかなり過激だが…
ただし『カレンダー…』も本作も実話に基づいているという
ことで、こういう新しいことに挑戦する活力があると言うの
は素晴らしい話だ。それを言い出すと、また、他の作品も挙
げなければならなくなるが、イギリスにはそんな活力も再生
して来ているようだ。
お話自体は、起死回生の逆転を狙って奮闘するだけのことだ
し、過去にもいろいろある展開だろう。ただ、そのテーマが
ちょっと過激という程度かも知れない。でもほのぼのとした
人情と暖か味のある笑いは、ほっとする心地よさももたらし
てくれた。
主演は、新『スター・ウォーズ』でオーウェン・ラーズを演
じていたジョエル・エドガートン。彼はオーストラリア出身
だそうだが、その脇を新進からベテランまでのイギリスの演
技陣が固める。そのアンサンブルも良かった。

『いちばんきれいな水』
漫画家・古屋兎丸原作の映画化。主演は加藤ローサと『仄暗
い水の底から』の菅野莉央。監督は、ミュージックヴィデオ
やCFを数多く手掛け映画は初のウスイヒロシ。
物語の主人公は、8歳の時から11年間眠り続けている姉と、
12歳の妹。その姉が、両親が急用でいない間に突然目覚めて
しまう。しかし姉は19歳の身体でも精神年齢は8歳。そんな
姉を、中学受験を控えて塾の夏期講習も真っ最中の12歳の妹
が世話することになるが…
加藤の主演作品では、すでに『シムソンズ』を見ているが、
撮影順では本作が初主演作になるようだ。上映前の記者会見
で、本人は一番演じやすかった役と言っていたが、新人とし
てはまずまずの出来だろう。それに本作では菅野の演技も目
を引くところだが、いずれにしても見ていて引っ掛かるよう
なところはなかった。
それに対して物語は、ちょっとこじんまりとまとまり過ぎて
いる感じが否めない。恐らく原作はもっとシンプルなのだろ
うし、シンプルさゆえに評価も高いのだろうが、映画的な感
動を呼ぶにはちょっと物足りない感じだ。
そのためには、題名でもあり、キーワードとなる「いちばん
きれいな水」の存在が、もう少し何かドラマティックに描か
れても良かったように思える。
確かに、後半のこの場所に関わる展開はドラマティックでは
あるのだが、その存在そのものがもっとドラマティックであ
っても良かったはずだ。それに、この後半の展開は、姉にと
っては昨日のこととして覚えているはずなのに、その辺の扱
いが曖昧な感じもした。

現代の都市の近郊を舞台にファンタシーを描くことは難しい
が、この作品のように一種の都市伝説みたいなものを題材す
るのは魅力的に感じられた。そのシチュエーションをもっと
明確に描ければ、ここでいろいろな素敵な物語が生まれるよ
うにも思えた。
原作がどのような展開をしているかは知らないが、映画のオ
リジナルででも、この「いちばんきれいな水」のシチュエー
ションを発展させた別の物語が作れれば面白い。そんなこと
も考えてしまった。

『フラガール』
常磐ハワイアンセンター(現スパリゾート・ハワイアンズ)
の誕生を描いた実話に基づく作品。
物語の背景は昭和40年。江戸時代末期に開山し、朝鮮戦争の
時代には黒いダイヤとも呼ばれて、日本の戦後復興を支えて
きた常磐炭鉱。しかし、30年代後半のエネルギー革命で燃料
の中心は石油に代り、本州最大と言われる常磐の山も閉山が
続いていた。
そんな中、当時1トンの石炭を掘り出すのに40トンの温泉を
捨てていたと言われる常磐炭鉱は、その温泉を利用したリゾ
ート施設を企画。そこを炭鉱を解雇された鉱夫やその家族た
ちの再雇用の場とすることを計画する。
そしてその施設の目玉となるハワイアンショーのフラダンサ
ーを、鉱夫の娘たちから募集することにしたのだが…その説
明会場で見せられた腰蓑姿で踊る女性の映像に、応募者の大
半は退席、かろうじて残ったのは4人だけだった。
フラの教師は、元SKDで8ピーチェスのメムバーだったと
いう女性。しかし彼女も東京で食いつめた末の都落ちで、し
かもど素人の応募者たちの拙い踊りを見せられては、やる気
が生まれる余地もない。でも、施設のオープンは7カ月後と
決まっていたのだ。
こんな状態から、教師やダンサーたちが情熱を沸き立たせ、
オープンの日を迎えるまでの紆余曲折が描かれる。
もちろん映画の物語はフィクションだし、現実はこんなにド
ラマティックではなかったのかもしれないが、そこは映画の
物語として、涙あり笑いありのお話が見事に綴られる。しか
もそれが苦境からの逆転物語としては、無理なく良い感じに
作られていた。
まあ、この手の話は題材が良ければ、大体のところは感動を
呼べるし、だからといって悪いものではない。それにこの作
品では、主演の松雪泰子を始め、蒼井優、山崎静代といった
面々が3カ月の特訓でフラをものにし、踊ってみせるという
バックステージ的な話題も提供されている。
そのフラは、完成披露試写会の舞台で実演もされたが、特に
松雪、蒼井には感心させられた。山崎の場合はご愛嬌もある
が、立場からすれば、これで上等だろう。それにしても蒼井
の表現力には、『ハチ・クロ』に続いて感心したものだ。
オリンピック後のバブルに向かって行く世間一般が好景気と
言われた状況の陰で、こんな苦労をしていた人たちもいた。
それは現代に似た部分もありはするが、かと言って、取り立
てて現代に通じるような社会問題を扱っている訳ではない。
ある意味、感動の押し売りでもあるこの種の作品は、人によ
っては迷惑なものかも知れないが、暗い映画館の中で単純に
感動を満喫する、そんな用途にはピッタリと言えるものだ。
ただし、お茶の間のテレビで家族と一緒に見るにはちょっと
恥ずかしいかも知れない。
僕にとっては、年代的に一番判っている時代でもあるし、そ
の目で見ているといくつかミスも見えてくるが、時代考証は
それなりに納得できた。特に長屋の並ぶ炭住街の風景は、銀
残しの色調と共に、時代を充分に味わえる作品でもあった。


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井口健二