井口健二のOn the Production
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2005年11月29日(火) ピーナッツ、スタンド・アップ、バトル7、Mr.&Mrs.スミス、イヌゴエ、ホテル・ルワンダ

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※このページでは、試写で見せてもらった映画の中から、※
※僕が気に入った作品のみを紹介しています。     ※
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『ピーナッツ』                    
ウッチャンナンチャンの内村光良第一回監督作品。内村の主
演に、三村マサカズ、大竹一樹、ゴルゴ松本、レッド吉田、
ふかわりょうらが共演する。              
内村は、元々が横浜放送映画専門学院の出身で、以前テレビ
番組でも、監督の真似事(当時の‘a Uchan Film’の表記に
は、冠詞の使い方が間違っているとテレビを見ながら突っ込
んでいたものだ)のようなコーナーを持つなど、監督への思
い入れが強く感じられたものだ。            
その内村監督の第一回作品ということだが、正直に言って、
出演者の顔ぶれを見たときにはかなりの危惧を感じた。実際
この顔ぶれで真面な演技が期待できるとは思えなかったし、
ヴァラエティの延長のような作品だったら、それこそ怒り心
頭というところだ。                  
それでも試写会を見に行ったのは、上記の内村の思い入れが
どれほどのものだったのか、自分の目で確認したかったとい
うところもある。そんな気持ちで行った試写会だったが、思
いの外と言ったら失礼になるが、映画は予想以上のしっかり
とした作品だった。                  
物語は、地方都市の商店街が舞台。そこには昔ピーナッツと
いう名前の軟式野球チームが存在し、伝説のサードと呼ばれ
た秋吉を擁したチームは優勝の栄光を勝ち取ったこともあっ
た。しかし、現在の商店街には人通りもまばらで、野球どこ
ろではなくなった商店街には、商店の大半を廃業に追い込む
再開発の計画も持ち上がっていた。           
そんな町に秋吉が帰ってくる。彼は10年前、チームの優勝の
軌跡を綴った文章が認められてスポーツライターとして東京
に進出し、一時は売れっ子だったのだが、最近はスランプに
陥っていた。そんな秋吉は、昔のチームをネタに起死回生の
ドキュメントを書こうとしていたのだ。         
こうして昔のチームメイトを再招集して、チームの再興を画
策した秋吉だったが、その先には故郷の未来を決定する大一
番が控えていた。                   
ということで、後半のかなりの部分を野球の試合が占めるこ
とになるが、試合の展開にはあまり無理もなく納得できた。
実際、強豪チームを相手にしてこのような展開はあり得るこ
とだし、まあ多少の夢の入った部分はあるが、全体的には納
得してそれなりに手に汗握る感じだった。        
それにこのシーンでも、またそれ以前のシーンでも、出演者
たちの演技がしっかりと演出されていることもさることなが
ら、お笑いの人たちがちゃんとお笑いの顔を出しながらドラ
マを作り上げている点には感心した。それもテレビの使い回
しのギャグでお茶を濁すようなこともない。その辺のバラン
ス感覚にも感心したものだ。              
実際、お笑い劇団系の人の映画も最近見る機会があったが、
中には常連の観客にアピールすることしか考えていないので
はないか、と思うような独り善がりの作品もあって、困って
しまったものだ。その点でも今回の内村作品は、普通にコメ
ディ映画になっているもので、その点の一般向けのアピール
度は合格点と言えそうだ。               
北野武監督は別格として、コメディアンが監督した作品は過
去に何本か見ているが、得てしてシュールな芸術作品だった
り、北野の場合もそうだがコメディではないものを見せられ
ることも多い。                    
そんな中で、内村監督が正面切ってこのようなコメディ作品
を作ってくれたことには拍手を贈りたいし、これから監督業
にも力を入れて欲しいと思ったところだ。なお、映画の最初
には‘a Teruyoshi Uchimura Film’と書かれており、この
冠詞の使い方は正しい。                
                           
『スタンド・アップ』“North Country”         
シャーリズ・セロン、フランシス・マクドーマンド共演で、
アメリカ北部の鉄鉱山を舞台に実際に行われたセクシャルハ
ラスメント訴訟の裁判を追った社会派ドラマ。『クジラの島
の少女』のニキ・カーロ監督作品。           
映画の最初にテロップが出て、年号は正確には覚えていない
が、アメリカでは1970年代に男女の雇用機会の均等化が憲法
で保障されたが、その時に今回の映画の舞台となる鉄鉱山で
採用された女性は1人だけ、そして映画の背景となる1980年
代の末になっても雇用者の男女比は30:1だったと明記され
る。そんな鉄鉱山での物語だ。             
物語の主人公は、元々がシングルマザーで、その後に結婚は
したが夫の暴力に絶え切れず、2人の子供と共に故郷である
鉄鉱山の町に帰ってくる。その彼女の父親は長年鉄鉱山で働
いており、娘が同じ職場で働くことは快く思っていない。 
しかし、労働組合の会合にも代表として出席する先輩女性の
紹介もあって、彼女は普通の女性の6倍の給料が得られると
いう鉄鉱山に務めることとなる。それは女手一つで2人の子
供を育てるためには絶対に必要なことでもあった。    
ところが職場では、女性が同等の仕事をすることにに対して
快く思っていない男性従業員も多く、また男性だけの職場に
有り勝ちな女性を蔑視する発言や、それを表わすような落書
きもそこら中に氾濫していた。             
それに対して主人公以外の女性従業員たちは、仕方のないこ
とと甘んじており、またそれを会社の上層部に訴えても、自
分たちの立場を危うくするだけと諦めている。そんな中で主
人公は、ただ一人立ち上がるのだが…          
試写会の後で、「あんな裁判どう考えても勝てるだろう」と
いう声が聞かれた。でも時代は1980年代、今とは社会の常識
も違う。そしてここに描かれた裁判が、アメリカでの女性雇
用に関する認識を変化させ、現在の情勢を生み出したという
ことこそが事実なのだ。                
一方、試写会の後で、「会社の女性には見せられないな」と
言う声も聞こえてきた。多分それが日本の現実だろうし、ま
だまだ社会はそんなものだろうということも考えさせられた
ものだ。恐らくアメリカもそれほど変らないのだろうが。 
それにしても、姑息ないじめやセクシャルハラスメントが、
戯画化されているのではないかと思うほどに描かれる作品だ
が、それは実際にあったとしてもおかしくないと考えられる
ものだし、そんな世の中だったとも思えるものだった。  
男性にはきつい作品かも知れないが、男性だって最近は同じ
ような状況に置かれる人は多いと思うし、その意味では男女
を問わず考えて欲しい問題を提起している作品だった。  
なお、セロンとマクドーマンドは、アクション・ファンタシ
ー作品の“Aeon Flux”でも共演しているが、本作はそれと
は別の作品だ。                    
                           
『バトル7』(タイ映画)               
1958年に第1作が製作され、その後の10年以上に渡って何本
もの続編が発表されたというタイ屈指の人気アクションシリ
ーズのリメイク版。本作は、タイでは2002年に公開されて大
ヒットし、2005年には続編が公開されてそれも大ヒットして
いるそうだ。                     
物語の背景はベトナム戦争末期、タイに駐留するアメリカ軍
は密かに枯れ葉剤やナパーム弾の使用を検討し、その準備の
ための武器の輸送を極秘にタイ国内で行っていた。    
これを見たタイ人のボスは、アメリカ軍がベトナムの財宝を
運び出していると考え、それを奪い取る作戦を立てる。そし
て主人公たちは、いろいろな柵からそれに協力することとな
り、首尾よく作戦は成功するのだが…その後にボスの裏切り
や、秘密の発覚を恐れたアメリカ軍の追求を受けることにな
ってしまう。                     
以前に紹介したタイ映画の『デッド・ライン』もそうだった
が、この作品も何か途中で物語が飛んでいるように思える。
この作品ではボスの裏切りの状況がよく判らないし、アメリ
カ軍の行動も、多分上に書いた通りだとは思うのだが、それ
も映画の中ではあまりちゃんとは説明されていなかったと思
えるものだ。                     
とは言うものの、この作品はタイでは大ヒットしたというの
だから、それでも良いというのがタイの映画ファンの気質な
のだろうか。その辺の事情はよく判らないが、ちょっと不思
議な感じもするところだ。               
アクションの方は、ミニチュアの合成などは今一だったが、
タイ映画特有の爆破シーンなどもしっかり描かれていたし、
ムエタイなどの身体を張ったアクションは面白かった。まあ
それを楽しめばいいという作品なのかも知れない。    
なおプロデューサーのブラッチャヤー・ピンゲーオは、本作
の翌年に日本では先に公開されて話題となった『マッハ!』
の監督を手掛けており、『マッハ!』はそれなりにお話もち
ゃんとしていたから、本作はその礎となった作品というとこ
ろだろう。その辺の位置付けで見るべき作品かもしれない。
因に、今年公開された続編では、大東亜戦争を背景に日本軍
を相手にしているのだそうで、それから考えると、本作はア
メリカ軍との闘いが主眼ということになるようだ。そうして
見ると、それなりに描かれていたようにも思えるところだ。
                           
『Mr.&Mrs.スミス』“Mr.and Mrs.Smith”        
ブラッド・ピットとアンジェリーナ・ジョリー共演によるア
クション作品。                    
政府公認なのかどうかは判らないが、それぞれ秘密の暗殺組
織に所属する男女の殺し屋が、お互いの正体を知らないまま
に愛し合って結婚し、お互い秘密を守ったまま生活を続ける
のだが、やがて2人に倦怠期が訪れて…というお話。   
映画は、主人公たちが夫婦でセラピーを受けているところか
ら始まる。2人は、それぞれ自分が秘密を持っていることが
原因だと考えているのだが、それを明かすことはできない。
しかし依頼された事件が交錯し、事態の修復のためには互い
を標的としなければならなくなる。           
物語の中で、2人の出会いの状況などはそれなりに理解でき
るが、その秘密が何年も守られ続けるなんて到底考えられな
いもの。大体、互いに秘密で家の中にあんな仕掛けがあるな
んて…ということで説得力も何もない物語だが、見ている間
は文句なく面白かった。                
基本的に主演の2人は本作をコメディという位置付けで演じ
ているということで、何事も笑って許してという感じの作品
だろう。その意味ではブラックな笑いや、ブラックでない笑
いも随所に盛り込まれている。             
とは言うものの、ハリウッドスターの2人が共演した作品の
割には、実に大勢の人が死ぬ映画だ。物語の展開上で仕方が
ないところはあるが、ある意味その辺を吹っ切った作品とも
言えるかも知れない。まあアクション映画であれば登場人物
の死は付きものだし、本作ではそれをちょっと大げさにやっ
てみたというところなのだろう。            
その一方で、それぞれが演じる殺しの手口やいろいろな仕掛
けなど、描かれるアクションは実に多彩で本当に楽しめる。
特に、ちょっとしたところにいろいろな特殊効果やVFXが
仕掛けられているのには、さすがハリウッド映画という感じ
がした。                       
以下ネタばれあります。      
それから、クライマックス近くの2人の会話は、多分某アカ
デミー賞受賞作の台詞をそのまま使ったものだと思われる。
それまで気をつけては見ていなかったが、思い返してみると
他にもいろいろあったような気もする。その作品へのオマー
ジュなのだろうか。
              
                           
『イヌゴエ』                     
犬の言葉が理解できるようになった臭気判定士の主人公を巡
る物語。                       
主人公は臭気判定士の肩書きを持ち、悪臭公害対策協会に所
属して住宅の臭気の判定や、地域住民の苦情対策を主な仕事
としている。そんな主人公が薬品メーカーの芳香剤の実験に
駆り出され、ある匂いを嗅がされたことから物語は始まる。
その日、その匂いを嗅いで昏倒した主人公は自宅で寝かされ
ていたのだが、その間に故郷での同窓会に行くという父親が
犬を置いていき、やがて目覚めた主人公には、その犬の声が
言葉として聞こえるようになっていたのだ。       
そしてその犬のおかげで、臭気の源を発見できたり、犬を連
れた女性と近づきになれたりもするのだが、同時にいろいろ
なトラブルにも巻き込まれることになってしまう。こうして
平凡だった主人公の生活に変化が生まれるが…      
匂いの元はラヴェンダーではないけれど、何となくそこから
ヒントを得ているような気もする作品だ。それはともかくと
して、映画は、それ以外の部分では極々市井の出来事が普通
に進んで行き、まったく等身大の無理のない物語に仕上げら
れている。                      
実は映画を見るまではあまり期待していなかった。犬の言葉
が判るといっても、ドリトル先生を始めいろいろな物語があ
る訳で珍しくもないし、それをうまく捻れるほどのセンスは
あまり期待できるとも思えない。            
という感じで見に行ったのだが、映画を見ていて感心したの
は、実にいろいろな問題がうまく話の中に織り込まれている
ことだった。                     
それは家庭内の臭気をきっかけにして、ゴミの片づけのでき
ない主婦の問題であったり、下水に含まれる微生物の話であ
ったり、さらには幼児虐待や犬と人間の信頼の物語であった
りもする。そんないろいろな問題がさりげなく、見事に取り
込まれていた。                    
そして提示される問題の多くは映画の中で解決される訳でも
ないのだが、そういうことは抜きにして、描かれた問題提起
が今の日本のある側面を見事に描き出しているようで、見て
いて納得してしまう作品だった。            
なお試写会はヴィデオで行われて、画質などには多少不満が
あったが、物語的には納得できるものだったし、犬の台詞の
ユーモアも含めて面白い作品だった。          
                           
『ホテル・ルワンダ』“Hotel Rwanda”         
アフリカのルワンダで起きた部族間抗争によるの大量虐殺を
背景にした実話に基づくドラマ。今年のアカデミー賞で主演
男優、助演女優、脚本の3部門の候補になった。     
1994年の物語。ルワンダ国民は主にフツ、ツチの2つの大き
な部族で構成されているが、彼ら共に黒人で西欧人には区別
がつかず、同じ言語を喋り、同じ宗教で、部族間の結婚も頻
繁に行われていた。                  
ただし植民地としてベルギーが支配していた頃には、どちら
かと言うとツチの人々が厚遇され、人数的には多いフツの人
たちは冷遇されていた経緯はあったようだ。そんなわだかま
りも遠因となり、ベルギーからの独立が成った後、部族間の
抗争が勃発する。                   
この抗争に対しては、国連の平和維持活動(PKO)が実施
され、カナダ軍を中心とした300人の兵士によって治安の監
視が行われていた。そしてこの年、フツ出身の大統領の許で
部族間の和平が調印される。しかし、それは逆に抗争の火に
油を注いでしまう。                  
物語の舞台は、ルワンダの首都キガリにある高級ビジネスホ
テル=ミル・コリン。そこで支配人を務めるポールはフツの
出身だが、彼の妻タチアナはツチの出身者だった。また、ホ
テルの従業員には両部族の人たちが入り混じっていた。  
そんな中、一応抗争も気掛かりなポールだったが、ホテル支
配人の立場を利用した各方面への賄賂攻勢などで、もしもの
時には家族だけでも身の安全が守られるよう手は打っている
つもりだった。従って和平が崩れ始めたときも、多少はたか
を括っていたのだが…                 
西欧人が多く宿泊し、外国マスコミも滞在しているホテルは
聖域と思われたのか、和平が崩れるや否や難を逃れたツチの
人々がホテルに雪崩れ込んで来る。これにより一転、ツチを
匿っていると見なされたホテルはフツの民兵の標的となって
しまう。                       
しかし最初の内は、事前の賄賂などが功を奏してルワンダの
正規軍が派遣されて安全が守られる。だが、和平崩壊の報道
によって急遽派遣された英米仏軍は、西欧人だけを救出して
去ってしまい、やがて避難者の数は1280人にも膨れ上がる。
そんな状況の中で、ポールの孤軍奮闘が始まる。     
ジェノサイド(部族の皆殺し)を描いた作品では、1984年の
『キリング・フィールド』が思い出される。あの作品でも虐
殺の模様はいろいろ描かれていたが、外国人の目で描いた物
語と当事者の物語では、当然その切実さがまったく違う。 
特にポールは、上記のようにたかを括っていたような人物だ
から、事態が一変してからの焦りや恐怖の様子は、もし自分
だったら同じことになってしまうだろう…そんな直接的なイ
ンパクトを感じてしまうものだ。            
また1984年の作品が、ある意味、自然の美しさと人間の行為
との対比のような描き方をした部分があったのに対して、本
作はそのような余裕など全くなく、ほとんどが緊迫した状況
のまま描かれている点には、現実の世界情勢の緊迫度の違い
も感じさせた。                    
出演は、主人公の夫婦役に、共にオスカー候補になったドン
・チードルとソフィー・オコネド。他にニック・ノルティ、
ホアキン・フェニックスらが共演。また、ジャン・レノがか
なり重要な役で出演しているが、ノンクレジットだそうだ。
製作、脚本、監督は、北アイルランドの出身で拘留経験もあ
るというテリー・ジョージ。映画の緊張感は、彼の出自にも
関係がありそうだ。                  
なおこの作品は、当初は日本公開の予定がなかったが、ネッ
ト上で展開された署名運動によって配給会社が動かされ、公
開が実現したというもの。自分も昔『2001年宇宙の旅』
の再上映運動に加担したので、このような話にはちょっとう
れしくなったものだ。                 


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井口健二