2001年11月04日(日) |
特集:東京国際映画祭(コンペティション14作品+レイン、遊園驚夢、ヴィドック) |
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ※このページでは、東京国際映画祭の上映映画の中から、※ ※僕が気に入った作品のみを紹介します。 ※ ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ コンペティション部門 『ワンダーボーイ』“Malunde” ヨハネスブルグの黒人のストリートチルドレンと初老の白人 の元英雄との、ケープタウンまでの旅を描いたロードムーヴ ィ。南アフリカ出身でドイツ在住の女流監督の作品。 少年の名前はワンダーボーイ。麻薬に絡んでギャングから追 われることになった彼は、元英雄の車に逃げ込み、自分の故 郷でもあるケープタウンに向かうことになる。元英雄は国家 に尽くした功績で勲章を貰っているが、それは黒人迫害の結 果でもあったらしい。 こんな2人の関係は、最初の内はギクシャクしたものであっ たが、やがて少年が意外な商才を発揮したことから、徐々に 打ち解けて行くことになる。しかし今も根強く残る黒人差別 の現実は、一朝一夕に消えて行くものではない。 映画祭の最初に見た作品は、こんな辛い現実を、暖かい心と 素晴らしいユーモアで包んでみせた見事な作品だった。コン ペティション部門はまだ1本しか見ていないのに個人的には グランプリを決めてしまいそうになった。 『羊のうた』 冬目景原作のコミックスを、助監督出身の花堂純次が脚色監 督した。奇病に侵された少年を巡る純愛ストーリー。 大学進学に揺れる高校生の一砂は、籍を置く美術部の八重樫 に思いを寄せている。その一方で、最近物事に集中できなく なっている自分に不安を抱いていた。 子供のころに養父母に預けられた一砂は知らなかったが、彼 の母方には吸血を願望する遺伝子病があり、母親の病と闘っ た医師でもある父親は、母親の死を看取って自殺。生家には 同じ病を発病した姉が一人暮らしていた。 そして発病した一砂は、病の意味を知り、人との接触を避け て残りの人生を送ることを決意、しかしそれは八重樫との別 れも意味していた。 原作は連載中だそうだが、映画では結末を持たなければなら ず、その映画オリジナルな部分は上手くできている。また映 画は、おどろおどろしさを上手くミックスしながらも、それ にだけに陥ることを極力避け、純愛というテーマを活かして いた。 『ヒューマンネイチュア』“Human Nature” 『マルコビッチの穴』のチャーリー・カウフマンの脚本の映 画化。ナイキ、コカコーラのコマーシャルやビヨークのミュ ージックヴィデオなどで知られるマイクル・ゴンドリーが監 督した。 厳格な躾の下に育てられた行動学者の男と、余りに毛深いた めに人目を避けて森の中で暮らし、結果自然主義作家として 成功した女、そして類人猿に育てられた男を父親に持ち、自 分も野性児に育てられた若者、さらに行動学者の助手のフラ ンス女を巡る男女関係に託した社会風刺ドラマ。 落ちも秀逸で、実に上手くできた脚本。東京映画祭のコンペ ティションは長編3作目までの監督に資格があるが、この作 品は脚本2作目のカウフマンの成果だろう。 『春の日は過ぎゆく』“One Fine Spring Day” 『八月のクリスマス』のホ・ジノ監督の韓国映画。 離婚経験のある地方ラジオ局の女性ディレクターと、彼女が 仕事を頼んだ田舎出で純朴な録音技師の青年との出会いと別 れ描いた恋愛映画。2人は相思相愛だが、女性は結婚に踏み 切れない。その思いは、多分男性より女性の観客に受け入れ られるのだろう。 映画の中で若者の祖母が語る「行ってしまったバスと女は追 いかけてはいけない」というのは名言だとは思うが。 オーチャードホールの上映では、多分在日の韓国の人たちが 大勢観客席を埋めていて、舞台挨拶でも通訳の前に歓声が上 がるのが素晴らしかった。 エンディングテーマ曲を松任谷由美が提供している。 『ゴール・クラブ』“Goal Club” 社会問題でもある、タイ国のサッカー賭博を扱った作品。 主人公の仲間たちは高校でサッカー部に所属し、卒業するが 簡単には職に就けない。そんな中で主人公は自動車登録の代 行業に就くが、テレビ中継のサッカーの結果を言い当てたこ とから、サッカー賭博の胴元に気に入られ、その世界に踏み 込んで行く。 監督は元々コメディが専門で、この作品も当初はコメディの 予定だったが、取材をして行く内にシリアスな部分が増えて いったと語っていた。コメディの調子が徐々に問題提起につ ながって行く展開は図らずも生み出されたもののようだ。 タイの映画は一昨年のコンペティション部門に『ナン・ナー ク』が出品され、僕は好きな作品だ。今年は特別招待作品で 『レイン』も上映されているが、最近注目される映画の国と 言える。 『化粧師−KEWAISHI−』 石ノ森章太郎原作のコミックスを、CM監督出身の田中光 敏が映画化。大正初期の日本。女性が自立して行く社会情勢 の中で、化粧をすることで女たちを導いていった化粧師の物 語。 化粧師というのは本来は遺体に死に化粧をする仕事のようだ が、この主人公は生者を相手にする。そこには貧しさの中か ら希望を見いだそうとするものや、自分の本来の姿に気付か ないものもいた。 今年の日本からの出品は2作共にコミックスの映画化になっ た。どちらもストーリーがしっかりあるので、その分見てい て気持ちが良い。特にこの作品については、時代設定も面白 い時期で、テーマが良く生きていた。 時代背景を出すvfxも決まっていたし、近江八幡で撮影さ れた日本の原風景のような自然の背景も良かった。 『アナム』“Anam” 主人公は、ドイツで掃除婦として働くトルコ人女性。外出の 時はスカーフを忘れることの無い保守的な彼女だったが、夫 の浮気が発覚し、息子は麻薬中毒で家を出てしまう。そんな 悲惨な状況でも、彼女は常に前向きに進もうとするが。 いろいろ問題の多いドイツのトルコ人だが、健気に子供を守 ろうとする母親の心は変わらないというところか。彼女の仲 間のドイツ人女性とアフリカ出身の女性、それに息子の恋人 と自分の娘、女ばかりドラマは監督もトルコ出身でドイツで 学んだ女性の作品。 『ワンダーボーイ』もそうだったが、こういう人材の育つド イツ映画界が素晴らしい。 『殺し屋の掟』“Mr.In-Between” 謎の男の命令の下、理由も聞かず精確に人殺しを遂行する殺 し屋。しかし彼自身は振り払うことのできない殺しの回想に 精神はずたずただった。そんな彼が街で学生時代の仲間に会 い、訪れた家で昔恋した女性に再会する。それは束の間の安 らぎを彼に与えるはずだったが、やがて恐ろしい殺しの連鎖 を引き起こしてしまう。 原作はあるようだが、愛すらも殺しでしか表現できない男と いう設定は余りに壮絶。テーマを肯定はしないが、視覚的な アクションに落とさずに描き切った点は評価したい。 『月の光の下に』“Under the Moonlight” 優れた僧侶を祖父に持つイスラム教神学生の主人公は、僧の 証であるターバンを巻く日が近づいているが、彼自身は自分 に僧になる資格があるかどうか迷っている。 しかし故郷の父親から僧服とターバンを購入する資金を送ら れ、バザールへと買いに行った帰り道、親しげに近寄ってき たガム売りの少年に買ってきたものを盗まれてしまう。 そして主人公は、品物を取り戻すために少年がいるという高 速道路の陸橋下のホームレスの溜まり場に行き、そこに暮ら す人々の生活を目の当りにする。 繁栄の象徴の高速道路とその下のホームレス達。今やどこの 国にもありそうな風景だが、これをイスラム革命の元祖のよ うなイランの映画で描かれるとは…。 物語はイスラム教が堕落したとかいうようなことを描いてい る訳ではないが、原理主義とアフガニスタンの現状を考え合 わせると、複雑な気分になる。 『スローガン』“Slogans” 70年代後半のアルバニア。山里の小学校に赴任した主人公は 着任早々政治スローガンを選ばされる。彼は同席した先輩教 師の指図で短い方を選ぶが、それは生徒たちが労働奉仕で山 腹に石を並べて形作るためのものだった。 この他、生徒が中国を修正主義と言ったばかりに、生徒から 教師までもが懲罰を受けるといった共産主義末期のあきれる ような教条主義や権威主義の不条理な実体が描き出される。 見ていると馬鹿々々しい限りだが、これが当時本当に行われ ていたことなのだ。 そして国家体制の変化が、ようやくそれを描くことを許した 訳だが、本国内では賛否両論があるという。結末らしい結末 の無い物語は傷の深さを表わしているようだ。 『週末の出来事』“秘語拾■小時” 北京から友人を連れて故郷に遊びに来た女性と、地元に残り 結婚して子供もいる同窓生で警官になった男性。彼らを含む 男女6人のグループは船で渓谷に行き、水遊びをするが、そ こで「死ぬまで愛し続ける」と書かれた1枚の紙片が見つか る。 夕刻、警官は勤務のために町に戻り、彼以外の5人は突然の 雨に川辺から近くの鍾乳洞の管理所に移動して一夜を明かす ことになる。そして誰が書いたか判らない1枚の紙片がさざ なみを立てて行く。 何でもないことが人々の心理に影響し、いろいろなことが起 きて行くという物語だが、それなりに面白く描かれていた。 特に中国特有の物語ではないが、やはり中国の現状は垣間見 えるようだ。 内蒙古で製作された映画は、英語と日本語の他に北京語の字 幕も添えられていた。 『反抗』“Das Fahnlein der Sieben Aufrechten” ゴッドフリード・ケラーの原作を映画化した作品。1850年代 のスイスを舞台に、男女同権や民主主義を目指す人々の動き を、若い男女の恋愛を織り込みながら描く。 主人公の男女をスノーボーダーの世界チャンピオンとポップ シンガーの歌手にやらせるなど、完全に商業主義を狙った作 品のようだ。お話は軽く、人物設定も明確で判りやすい。本 来俳優でない2人の演技も、台詞廻しなどは判らないが、良 くやっている感じがした。 一種の時代劇なので時代考証などが重要になるのだろうが、 その辺は判断できない。ただし音楽にポップ調のものを使用 するなど、考証などの重要性は余り感知していないのかも知 れない。まあ僕のイメージするスイスの田舎ではあったが。 内戦が終った直後という設定の物語だが、 150年前の闘いを 最後の闘いと呼ぶ前説には、60年足らずの不戦を威張ってい るどこかの国との歴史の違いを感じた。 『O〔オー〕』“O” 『オセロー』を題材に、高校のバスケットボールチームの選 手達を描いた作品。 元々がシェークスピアだから物語が良くできているのは当然 だが、これを上手く現代の高校生に移し変えたものだと感心 する。嫉妬心などの『オセロー』の世界は不滅だということ だろう。 日本でも人気の高まっている若手俳優ジョシュ・ハートネッ トの主演だが、今までの作品とまるで違う役柄は、彼を目当 てに観に来る若い女性達に衝撃を与えそうだ。多分お父さん が悪いということで納得するのだろうが。 『The Chimp』“Maimyl” 『あの娘と自転車に乗って』などの監督の自伝的3部作の完 結編。キルギスの自然と風土を背景に、酒飲みの父親に苦労 する若者の青春を描く。 主人公は兵役を前に、最後の青春を過ごしているが、父親は いつも酔っ払って、主人公の行動の邪魔をする。そしてつい に耐えられなくなった母親が妹を連れて家を出てしまう。 この不況の時代の日本でも、兵役ということは別にしてどこ にでも起こりそうな物語が、キルギスという全く違う風土の 中で起こっている。 特別招待作品 『レイン』“Bangkok Dangerous” 香港出身の双子兄弟の監督が、タイで制作したアクション映 画。 生まれつき耳の聞こえない主人公は、殺し屋の男に拾われ彼 の跡を継ぐよう育てられる。やがて一人前に育った主人公は 国を揺るがすような仕事を任されるようになるが、同時にド ラッグストアの女性に恋心を抱く。一方、殺し屋の男は恋人 を陵辱された復讐でマフィアの男を殺害し、仕返しで殺され てしまう。主人公は女性に全てを告白した手紙を残し、育て の親の復讐へと向かう。 どうも僕はこういう作品が苦手だ。しかしエンターテインメ ントとしては優れていると思うし、たぶん日本の映画ファン にはこういう作品を持て囃す連中も多そうだ。 『遊園驚夢』“遊園驚夢” 宮沢りえがモスクワ映画祭で主演女優賞に輝いた中国歴史映 画。 崑曲の歌手だった主人公は名家に第5夫人として嫁ぐが、出 自の違う他の夫人たちとの折り合いが着かない。そこでの慰 めは、阿片と、夫の従姉妹でかつての自分のファンだった男 装の麗人との蓬瀬。しかし名家は没落し、主人公はかつての ファンの女性と暮らすことになるが、女性には男性の恋人が できてしまう。 元歌手役の宮沢の演技は、確かに美しさと儚さは良く表現さ れていた。歌は多分吹き替えだと思うが、中国語の台詞がす べて本人だとすると、アフレコとはいえこれは大変な努力の 結果だろう。主演賞に値したということは、多分そうなのだ ろうが。 撮影は、宮沢の台詞だけ日本語のヴァージョンも同時に行わ れたそうだ。 『ヴィドック』“Vidocq” 前世紀のフランスに実在した犯罪者上がりの探偵を主人公に した活劇映画。 すでに何度も映画化やテレビ化のある人気ヒーローを、ジェ ラール・ドパルデューをタイトルロールに据えて映画化。し かも監督や美術には、『エイリアン4』でジャン=ピエール ・ジュネを支えた人材を配した大型映画だ。 お話は、2人の大物が連続して落雷に打たれて炎上死すると いう事件が発生し、ヴィドックがその解明に乗り出すが、犯 人との格闘に末に燃え盛る炉に落ちて死ぬ、という衝撃の事 件から始まる。そして残された助手と伝記作家がその真相を 探り始めるが…。 お話や美術も素晴らしいが、今回の注目は何と言っても『ス ター・ウォーズ:エピソード2』の撮影にも使われているHD -24Pの実力。僕はすでに3本のHD-24P映画を観ているが、今 までの作品はフィルム撮影の代替えという感じだったのに対 して、この作品で初めてその実力が発揮されたともいえる。 その実力は、フィルムに比べても画質の点では大画面でもほ とんど遜色が無いばかりでなく、撮影感度が極めて高くて、 この作品ではロウソクのカンテラ1個の明かりだけで撮影さ れているシーンなど驚きの連続だった。 実は上映の前日に技術セミナーもあって、そこでは撮影シー ンなども紹介されて、本当にロウソク1本の明かりだけで十 分な撮影ができていた。『バリー・リンドン』の撮影でスタ ンリー・クーブリックの苦労などを考えて、感慨深いものだ った。
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