Scrap novel
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「あれえ・・?」 図書館の自動ドアを出るなり、思わず声が出てしまった。 「お? 雨か?」 少し遅れて出てきた兄が、驚いたように空を仰ぐ。 図書館の窓からさっき見た空は、確か晴れていたようだったけど。 でも今も空は明るいとこを見ると、さっきから降っていたのだろう。 音のしない静かな室内で、どうも空の色に騙されてたみたいだ。 「空、明るいしな。通り雨だろう」 「うん」 「どうする? 走ってバス停まで行ってもいいけど、結構降ってるしな」 「うん」 どうしよう?と言いながら、まだ空を見る。 少し待てばやみそうかな。 後ろから出てくる人をよけるように、兄は僕の肩に手をかけ、そっと自分の方に引き寄せた。 さっとカサを差してく人たちに、ちょっと羨ましい気もしたりする。 でもカサを持参してる人がいるってことは、今日の天気予報で「はれのちにわか雨」とか告げていたのかもしれないなあ。 図書館の玄関から少し外に伸びたひさしの下で、僕らは少し途方に暮れた。 中に戻るのも今更で、かといって走ってくには降りすぎている。 「ここでちょっと待つか?」 「うん」 言われてこくんと頷くと、僕が濡れないようにそっと自分の背中の後ろに、僕を庇うようにして兄が立つ。 「お兄ちゃんが濡れちゃうよ」 「俺はいいよ」 「いいって、なんで・・」 「おまえ、下ろしたてだろ。スニーカー」 あ、めざとい。 確かに、今日初めて履いたんだけど。 何も言わないから、気づいてないのかと思ってた。 そういうの。 やけに嬉しいよ、お兄ちゃん。 ナナメ後ろから、ふれるかふれないかのぎりぎりのところに唇を寄せて、兄のグリーンの制服の肩口あたりにキスをした。 それに感付いたのかはわからないが、振り返らずに、兄の手が偶然にさわったようにして、僕の手の先をそっと握った。 繋いだというよりは、指先だけちょっと絡めただけのような触れ方に、どきんと胸の奥が鳴る。 好きだよ、といわれたような気がして、今度はちゃんとその肩に甘えた。 そのままじっと(人が見たらなんと思ったことだろう。でもおかげさまで、ほとんどその間、人の出入りはなかったんだ)兄の肩の後ろと僕のこめかみあたりと、兄の右手と僕の右手の指先だけを微かにふれあわせたまま、雨がアスファルトの路面を流れていく様を見ていた。
今日は、雷もないあたたかな雨だから、僕は安心して幼い日の雨の記憶をたぐる。 ぱしゃぱしゃと水を踏み鳴らすコドモの長靴に、鮮明に青いカサが頭の中に浮かび上がった。
一人、公園で遊んでいたら、突然雨が降り出した。 それも、叩きつけるようなひどい雨で、僕は逃げ惑うように駆け出して。 でも、真新しい靴を濡らしたくなくて、僕は裸足になって、泣きながら走っていた。 母に手を引かれ、同じカサに入って歩いてくコドモの長靴がうらやましくて、ずぶ濡れの自分がなんだかみじめで・・・。 もういいや・・となんだか急に投げやりになって、靴を胸に抱えたまま、走るのももうやめて、とぼとぼと裸足で歩き出した。 お母さん、怒るかな。 お父さんも怒るかな。 せっかく、新しい靴、買ってもらったのに。 一日でこんなにしちゃって。 喧嘩しないといいな。 こんなことで、まさか喧嘩なんかしないよね? でも。 雨が目に入る。 泣いてないよ、雨だよ。 と、よその軒下の猫に言い訳する。 ほんとだよ、雨なんだから。 もう一度言おうとした僕の上から、ふいに水の雫が途切れた。 えっ?と驚いて、上を見ると、真っ青な空のような、青い色がそこにあった。 そして。 その下に、真っ青な空のような、あたたかでやさしい瞳が笑ってる。 「びしょ濡れだなあ、何してんだよ・・・風邪ひくぞー」 偶然会ったように言うけれど、少し息があがってる。 走ってきたの? 僕を探して? 思った途端、どっと涙があふれて、僕は大人用の大きな青いカサを少し重そうに持っている小さな兄にしがみついて泣き出した。 「お兄ちゃあん!」 「な、なんだ、泣くことねーじゃん。ばっかだなあ」
「おい」 「え?」 「え?じゃねえよ。聞いてなかったか?」 「あ・・うん。ごめん」 「中もどるか? しばらくやみそうにねえから」 「あ、うん。どっちでも」 「疲れたか?」 「んー。どうかな。そうでもないかな・・」 「そっか。寒くねーか?」 「えーと、うん」 「腹は? へってねえか?」 「んっと・・・。あ、へってない、みたい」 僕の返事に、兄は苦笑する。 「なんだよ」 「なんだよって、何・・?」 不思議そうに聞き返す僕に、兄は思わず吹き出した。 「はっきりしねえなあ」 はっきりしてないのは、確かに僕の短所だけど。 笑うとこじゃないでしょう。っていうか、笑いすぎ。 憮然とした顔の僕に、まだ笑って言う。 「じゃあさ」 じゃあ、何? 「ヒマつぶしに、キスでもするか?」 はい? どっちでも、と冗談で答えようと思ったのに、今度はきっぱり答えてしまった。 「うん」 「はっきりしたヤツ」 どっちだよー、お兄ちゃん。 だってね。 なんか条件反射で、うなずいて。 それに僕もなんとなく、そうしたいって。少し思ってた。 ・・・なんてことは、言えないけど。 でも、はっきりしない僕の、これだけは、一番はっきりしてること。 あの頃から、ずっと好きだよ。 あなたのことがずっと好きだよ。 少しも変わらず、大好きだよ。 心の中で唱えながら、少しずつ目をとじる。 軽く、身を屈める様にして、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま、兄はそっと僕の唇にキスをした。
雨はやさしいヴェールのように、それをそっと隠してくれた。
あの青いカサ。 今は、どこにいったのかなあ・・・。
END
「あ、それ、まだウチにあるぜ、オヤジのだから」 小さなお兄ちゃんは、タケルが濡れないように無理してパパのカサを持っていったんだよというお話でござんした。
何でSS書いてるんだ、ワタシは。 日記エディタでパスワード打ち込んで、日記を書きに入ったはずが、パスワードまちがえてSS日記の方に入っちゃったんだよ。なので、せっかくなので、何か書いていこうかと・・・。 思いつきで書いたので、まとまってなくてゴメンナサイでした(風太)
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