Scrap novel
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「くっしょん!」 「だははは・・・」 「だ、大輔く・・・・くしゅん! ふぇっくしゅん」 「気合のねえ、くしゃみ」 「あのねえ・・・くしゅ!」 「かあいそうだなあ、タケル。鼻真っ赤だぜえ」 「うるさいなあ。 僕だって好きこのんで、くしゃみ・・・・く、く・・しゅん!」 「わはは」 桜の木の下でひたすらくしゃみをしている僕は、大輔くんの笑い声に思わず睨みつけようとはするけれど、瞳が潤んでその視線もうまく定まらず、広げたシートの上に膝を抱えて力なく坐り込む。 「あーもう・・・最低」 身体を丸めるようにして、両手で抱えた膝の上に顔につっぷす僕に、大輔くんがさも愉快げにその隣に腰を降ろす。 「ほら、ティッシュ」 「あ、ありがと・・・」 差し出されたティッシュを2,3枚取りだして、どうしようもなく止まらない鼻水を押さえるようにして拭う。 まったくどうして、今年に限って、花粉症になんかなっちゃったんだろう。 確か去年も少しぐらいは鼻がむず痒かった気がするけど、こうまでひどくはなかったはずだ。 今年はもう目も充血して痒いし、涙目になるし、鼻水はかんでもかんでも流れるように出てくるし、特に外に出ている時はもうすさまじい。 今年ほど、お花見が嬉しくない年はないよというと、大輔くんはそれでも「わはは」と嬉しそうだ。 何が嬉しいっていうんだろう。 人がこんなに苦しんでるのに。 第一、公園でのお花見の場所取りに一命されたのは彼だけのはずなのに、どうして僕までひっぱりだされないといけないんだよ。 皆より早くに来たおかげで、吸わなくてもいい花粉まで吸っちゃったんだよ? と、明らかに責任転嫁ではあるが、そうも言いたくなってしまう。 しかも同情してくれるならまだしも、こうもヒトの顔みて楽しそうにされちゃあ・・・・。 「みんな、遅いね」 「ああ、ヒカリちゃんや京は弁当つくってくれてっから、ちょっと遅れるかもってさ」 「あ、そっか。くしゅん!」 「太一さんたちも来れたらよかったのになあ。結局、今年は俺たち、『新』チームだけだもんなあ」 『新』チーム・・・。 といっても、選ばれたのは〈もとい、いったい誰に僕たちは選ばれたのだろう)もう、2年前のことだけど。 あの、お台場に越してきて、初登校のあの日。一度にいろんなことが起こって・・・。 ・・・パタモン・・・どうしてる? 僕、もう中学生になるよ・・。 最近ね、なんだか前よりずっとキミに会いたいよ・・。 だんだんに子供じゃなくなっていくから。 だんだんに、あのゲートが遠のいてしまうように思えるんだ。 会いたいなあ・・・。 桜の木の下は、なんだか少し感傷的な気分にさせる。 春の日差しはあたたかで、広い公園はお花見をする家族や子供たちの声でにぎやかで。 風が吹くたび、はらはらと薄桃色の花びらが、雪のように降り注いできて。 なんだかどこか現実離れした、夢の中にでもいるような。 「くしゅ!」 これで、くしゃみが出なければね・・・。 「くくっ」 ついでに言うなら、隣に坐って、ヒトのくしゃみの度に肩を震わせて笑う君がいなければ。 「どうして笑うかなー。花粉症って結構ツライんだよ、これでも!」 語尾を強めていうと、「悪ィ」と言いながら、それでも顔をほころばせて僕の顔をじっと見る。 「いやな。おまえって、いつも結構スカしてんじゃん」 「え・・? 何ソレ。どういう意・・・はっくしゅ!」 「ほい、ティッシュ。そういうヤツがさ。なんっか、鼻真っ赤にして鼻水たらしてて、目も真っ赤で涙目になっててさあ。そういうの、なんかかーいいってか、ちょっとイイよなーって」 「は?」 何いってんの、キミ。 「わかった。とにかく僕が苦しんでるのが楽しいってことだ」 「で、なくて。かーいいって言ってんだろ」 「かーいい。って何だよ。そんなこと言われても、嬉しかない」 「なんちゃって。照れなくっていいじゃん」 「て、照れてなんかないっ! 変だよ、今日」 「そっかあ」 変だ、絶対。 第一、今までそんなこと言われたことないし、あ、エイプリルフール! ・・・は、昨日だったっけ。 桜酔いでもしてるのかな。 たしかキミ、あんまり僕のこと、好きじゃなかったはずだもん。 だいたい初めて会った時から、キミって僕のこと、いかにも「気にいらねえ」って感じだったもんねー。 ・・・そういや、あれからもう2年になるのかあ・・・。 「2年かあ・・」 つい、思いが言葉になって、口から出てしまった。 「お?」 「ああ。いや、大輔くんとも出会ってから2年になるなあって」 言うなり、彼の顔がぱあっと輝く。 「そうか!思いだしたか!」 「は?」 「おまえ、ニブイからなあ。気がつかねーんじゃねえかと!」 「へ?」 「だから、このゴーグル!」 「ゴーグル? ああ、新しいのにしたんだね。太一さんのはもうしないの? ってか、キミ、中学にもゴーグルしてくの?」 「あ”?」 「あ・・・。いや失言・・。似あってるよ、うん」 いかにも「何いってんだ、テメエ」という顔をされて慌てて取り繕うけど、遅かったみたい。 怒らせてしまったかな。 あ、そうか。新しいゴーグル、誉めてほしかったのか。 だったらそう言ってくれればいいのに。 確かにそういうの僕は疎いんだから。 ・・ニブイって言われるほどじゃないと思うけど。 「あー、ったくよう・・・。おまえって・・」 怒るかと思った大輔くんは、がっくりと肩をうなだれて膝を抱えて黙ってしまった。 ゴメン。そんなに傷つけちゃった? まいったなあ。 本当に似あってるよ。 ていうか、ゴーグルはもうキミの身体の一部みたいだもん。 ゴーグルがないとしまんない顔って、そういう意味じゃないよ。 いや、これではフォローになってない。 どうしよう。 大輔くんらしくない、沈黙。 早くみんな来ないかな。 抱えた膝の上に顎をのっけて、どこか遠くを見るようにする大輔くんは、少しいつもの彼らしくなくて、ちょっと大人びて見えたりもするけど、どこか妙にソワソワしている。 確かに、僕は二ブかった。 皆で花見をするお昼時の、一時間以上も前に呼びだされた意図なんて、この時は考えもしなかった。 よくよく思えば、確かに家族連れとかは多い公園だけど、そんなに場所取りをしないといけないような混みようではなかったんだよね。 けれど、そんなことは気にもとめず、というか、花粉症でともかく思考がちょっと繊細な方向に働かなかったことも事実なんだけど。 黙ってしまった彼の隣で、ぼんやりと散っていく桜の木を見上げていたら、朝に飲んだアレルギーの薬が今ごろやっと効いてきて、だんだん眠くなってきた。 春の陽気と人の声と、満開の桜と、それからぽかぽかお日様みたいな大輔くんと・・・。 不機嫌そうなキミとは対象的に、なんだか僕はイイ気持ちになってきた。 「ふぁ・・・」 アクビを一つして、隣に坐る大輔くんにもたれかかるようにして目を閉じる。 なんか、一瞬、ぎょっとしたような顔をされた気がしたけど、いいや。 もー眠い。 「あの、さ」 「ん?」 ゴメン、重い? けどもう限界。 ゆうべも遅かったし。 第一、飲んだことがない人はわからないだろうけど、アレルギ―の薬って本当に眠くなるんだよ。 「俺、さ」 「ん・・」 「おまえのこと・・・さ」 わざわざ言わなくていいよ、そんなこと。 あんまり好きじゃねーから、もたれてくんなって。 悪いと思ってるってば。 けど、なんかさ。 妙にキミの隣って・・・。 「す・・・・す・・・・・・・好・・・・」 「え?」 「好・・・・・・・・・・・・・き」 「タケルさあぁぁん!」 「はあ?」 「あ、やっとみんな来たね。おはよう、遅いよー」 「遅いってぇ。時間とおりだよお。あ、でもちょっと遅れたかな。お弁当がんばっちゃったもんねー。ね、ヒカリちゃん」 今日も絶好調の京さんに、ヒカリちゃんが笑ってうなずく。 揃ってやってきた面々が、広げられたシートの上に靴を脱いで腰を降ろし、すっかり目がさめた僕は、大輔くんの横をなんとなく一乗寺くんにゆずって伊織くんの隣に坐ると、ジョグレスパートナーのよしみですっかりなついてくれている伊織くんが嬉しそうに笑ってくれた。 そういや、キミももう5年生なんだねえ。背のびたよ。ほんと。 「タケルさん。どうしたんです? そのティッシュの山」 「あ、これ。花粉症で、もう。今年は特にひどいんだ」 「そういや、目真っ赤だね?」 ああ、一乗寺、ひさしぶり。 「うん。目薬、お兄・・・兄さんちに忘れてきちゃって」 お弁当を広げてくれる京さんとヒカリちゃんが、その言葉にからかうような目を向けて来る。 「あ、ずっとヤマトさんちにいたの?」 「お兄ちゃんに甘えてたんだー」 なんでにやけるかな京さん。 「そうでもないよー。母さん、出張で5日ほどいなくて、その間ずっといたけど、うるさくって。毎日、眼科と耳鼻科のハシゴでさー」 「悪かったな。うるさくて」 「え?」 頭の上から降ってきた声に、お箸を手渡されたまま、驚いて真上を見上げると、こつんと頭をかるくこづかれた。 桜を背景に、やさしい笑顔が見下ろしている。 「おに・・・兄さん・・」 中学になったら、ちゃんと「兄さん」と呼ぼうと決意し、この春休みから練習はしているのだが、なんだかそれもまた逆に照れ臭さくて。 別に「お兄ちゃん」でいいぜと、お兄ちゃんはいうけど。じゃなくて、兄さんは。 「あ、ヤマトさん!」 「よう、みんな久し振り」 「なぁんかまた一段とカッコ良くなりましたねー」 京さん、余計なことは言わなくていいって。図にのるから。 「ほら、忘れ物」 「あ、目薬」 「すげえ、目真っ赤だぜ」 「うん、もう痒くて」 「差しとけよ」 「うん。あ、差して」 「しょーがねえなあ。目あけてろよ。・・・だから、口は開かなくていいって」 「だって・・」 目開けろって言われると、つい口も開いてしまうんだよ。 いたた・・・。 でもさすがにすっとする。よかった。 あとから思ったけど、もう中学生になるのに、お兄ちゃんに目薬さしてもらってるって変かも。 でも自分だとうまくできないから。 目薬、 苦手だし。 もちろん、その光景に皆が固まってるなんて、僕は知らない。 「じゃあ。行くから」 「え! ああ、ヤマトさんも一緒にどうです?」 「そうですよお。ぜひぜひご一緒に!」 一乗寺と京さんの言葉に、お兄ちゃんが肩のベースを抱えなおして、軽く手を振る。 「バンドの練習があるからな、じゃあ、またな。あ、タケル。薬ちゃんと飲めよ」 「うん。いってらっしゃい」 向こうを向いて歩き出しながら、軽く手を振るお兄ちゃんを見送って、みんなの方に振り返ると、慌ててみんな取り繕うようにわたわたと動き出す。 なんで、固まってたんだろう? 「ブラコン」 小さく悪態をつく大輔くんに、すかさず伊織くんが言う。 「大輔さん、大人げないですよ」 「おまえが言うな」 「だってねえ、大輔。相変わらず、タケルくんに絡むから」 「一乗寺まで・・」 「なあんか、好きな子に意地悪してる幼稚園児って感じ」 ヒカリちゃんの言葉に、みんながまた一斉にお弁当をつつき始めた手をとめて固まる。 大輔くん、なぜにそんなに真っ赤なの? 「ち、ち、ちげーよ! 俺の好きなのはヒカリちゃんで・・・!!」 「冗談よ」 涼しげな笑顔のヒカリちゃんあっさり返されて、がっくりと肩を落とすキミ。 やっぱり桜酔いしてる・・。 完全に変だもん。 「あー、これ、すっげえうまいよ、さすがヒカリちゃん」 「それ、あたしが作ったんだけどなあ」 「ええ、京お? じゃあ、これもおまえだろー。花型のかまぼこがつながってる・・」 「え、ゴメン。それ、あたしだ・・・」 ヒカリちゃんが、ちゃんと切れてなくてつながってるかまぼこを見て、真っ赤になる。 「えええー! ゴメン。ヒカリちゃん」 「まあまあ。でもどれもすっごく美味しいよ」 「本当ですねー」 うん、とっても。 さすが一乗寺くん。ナイスフォロー。 それから僕たちは、春休みどうしてたとか、中学はどうだろうねとか、小学校の先生の話とかを、お弁当を食べながらわいわいと楽しく話したりした。 大輔くんは、なんだか、まだ怒っているらしく(だいたい何を?)僕と目が合うたびに、フイと顔をそらしていたけど。 僕、何かしたんだろうか? 「すみませーん」 首を傾げる僕のところに、公園の真中でサッカーをしていたボールが転がってきて、僕は立ち上がるとボールを手に取り、追いかけてきた子に向かってほうり投げた。 ・・・・・あ・・・?
『そのゴーグル、カッコいいね!』
・・・・・あ、そうか・・・・。 それでか。 頭の中に、鮮明にあの日のことがよみがえった。 そうあの日も、こんな風にボールが僕のとこに飛んできた。 追いかけてきたのは・・・・。 そうか、あの時の。 僕は立ったまま、席を移動し、満腹になって少し眠そうに目をこすっている大輔くんの傍にいくと、その耳元でこそっと囁いた。 気づかなくてゴメン。 「そのゴーグル、カッコいいね。あの時してたのと、同じだね」 あくびの途中で口をあんぐり開けたまま、大輔くんは真っ赤になった。 やっぱり・・・。ビンゴ。 立ち上がって微笑む僕と、見上げる君との間を、びゅっと春の風が駆け抜けていく。 「ひゃあ」 風がさらっていく花びらが、吹雪のように舞いあがり、思わずみんなが目を閉じる。 その瞬間。 キミの唇が何かを告げた。 それが微かに、でもはっきりと僕の耳に届き・・・。
風がやっとやんだ時。 僕とキミだけが、ひらひら散る桜の中で、笑いあっていたね。
End
4月8日は大タケの日。 というわけで、ナオミさんのいただきもののお礼もかねて、ダイタケテイストたっぷりのお話にしてみたり。 いかがでござりましょうか? タケルがヤマトの近くに来た日はきっと、もう何日か前だろうし、とすると、やはりこの日は大タケ、伊タケの日ということでありましょうねV 大輔とタケルは、個人的に、もっとアニメの中で仲良くしてくれると思っていたのに、そういうとこほとんど見られなくて残念だったなあ。でもこの組み合わせは大変好きでありまして。書きやすいしねー。また書きたいなあと思ってたりします。 でも、なんかイイトコは,やっぱヤマトが持っていってしまった風になっちゃったかな・・?〈風太)
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