同じ空の下で。
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2002年06月18日(火) いろいろ。

今日で、日本人が本当に熱狂できるワールドカップが終わった。
良くも悪くも、日本を代表した23人は頑張ったと思う。
ただ、プロである以上、彼らを始め、日本のフットボールを背負っている
600人のプロ選手は、このワールドカップから何かを感じ、
そして、今後の日本のフットボール文化へと還元せねばならない。
それが、今、彼らに与えられている仕事であり、プロとしての責任
のように思える。

なぜなら、日本のフットボールは今日で終わったわけではないからである。
今後、世界がなくなるまで、ずっと、フットボールは生き続ける。
たとえ、自分の命が消えようとも、フットボールの炎は決して消えることはない。
10年後、100年後、2002年が日本の第一歩であったと記憶されていれば
それは、今回のワールドカップの成功を意味する。
そして、いつの日か、あの歴史が詰まった金色に輝くトロフィーを日本代表が
何億万の視線が集まる緑色のフィールドの上でかかげることを切に願う。
あわよくば、自分の目でそれを確認したい。

日本が戦っている間、自分も自分の目標の過程で苦しんでいた。
そして、何かの縁なのか、日本のワールドカップが終わった今日、
自分に課せられていた物も、一通りの区切りをつけることができた。
開放感はある。おそらく、彼らにも少なからずあるであろう。
しかしながら、満足感はそこにはない。同じくして彼らにも無いであろう。
それが目標を追うものの姿であると思いたい。

短いブレイクに入る。
日本の試合をこのワールドカップで見ることはもうできないが、
日本の全選手と同じように、ブレイク中に次の段階への鋭気と鋭視を
整えることはできる。


ゲームをしているのではない。
決して、終了のホイッスルなどは
聞こえてこない世界に身を委ねているのである。


最後に、同じ空の下で頑張っている彼女へ。
テスト、そしてレポート期間中は、寂しい思いをさせたでしょう。
ゴメンという言葉と共に、ありがとう。






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