拉致被害者だった蓮池薫さんの著書『拉致と決断』を読了しました。拉致されてからの24年間の北での苦難の生活の日々と、多くの決断についてが綴られています。日本で普通に暮らしていたにもかかわらず、ある日、見ず知らずの人間に、いきなり暴行を受けて、不気味な国である北朝鮮に拉致され、日本へ帰国することも許されず、隔離され監視された自由のほとんどない北での生活や、毎日が開戦前夜のような北の重苦しい空気、戦争になれば、自分が北に拉致されたことが日本へも知られないまま、この地で死んでしまうのではないかという言いしれぬ恐怖に支配されていたことも含めた肉体的・精神的な辛さも綴られていますが、大半は、90年代から訪れた相次ぐ干ばつや寒波による食糧難になり、毎日の食べものを確保することに困難を極めたことについての記述が多く、北での24年間の日々は常に死と隣り合わせのようですらありました。北の一般市民と違い、他国から拉致した特別な人間ということで、軍人に近い恵まれた待遇を受けていた蓮池さんでも食料の配給が減らされて、自分で田畑を耕し家畜を育てるという、自給自足に近い生活も体験されたそうです。特別な扱いを受けていた人でさえ、このような食糧難に陥っていたのですから、一般市民の特に身分の低い人達の間では飢えによる餓死者が多く出たのも無理もない話です。また、本を読み進めていると、北朝鮮の軍人であれ市民であれ、心から金一族を崇拝しているのは極僅かなのではないかと思いました。自分達が生きて行くため、崇拝しているふりをしているだけのようで、自由の制限された日常の中で、したたかに演じている様子も理解できました。ですから、今後、金王朝が崩壊するなんてことがあれば、金一族があることによって特権を得ていた軍人などエリート層は混乱に陥るでしょうが、一般市民は、自由のあまりない窮屈な日常から解放されると喜ぶかもしれません。北朝鮮での生活、日本へ帰国できてから10年、そして未だ救出されていない拉致被害者への思い、この思いについては、あとがきでも書かれていましたが、蓮池さん達5人が帰国してから10年の間に、5人が帰国して今は日本で暮らしているという情報が今も残されている拉致被害者たちに伝わっていたとしたら、次は私たちを救出してくれるのだろうかと最初は期待し、月日の経過と共にその期待は大きな絶望と落胆になり、北朝鮮に拉致された時以上に心に大きな傷となっているに違いありません。そんな拉致被害者たちの思いを政治家はどこまで理解しているのでしょうか。『拉致と決断』は改めて拉致という人権蹂躙のむごたらしさと、一日も早く残された多くの拉致被害者救出を強く望む気持ちを呼び起こさせる一冊でした。蓮池さんが書かれた書物は、翻訳された韓国の小説を含め、何冊も読ませて頂いていますが、描写力が本当に素晴らしいですね。北朝鮮で日本の出版物の翻訳作業をさせられていたことが、日本に帰国してから文章を書くことに役立っているという何んとも皮肉めいたことですが。ところで、蓮池さんの本を読んで、子供たちはこの10年近く日本で過ごしてどう感じたか興味深くなりました。蓮池さんは子供たちに在日朝鮮人だと偽って生活してきました。そして、2002年に「2週間ほど旅行してくる」と言って日本へ帰国し、そのまま日本へ留まる決断をしたことで、1年7カ月間は親と離れた生活になっていました。いつ、自分達が純粋の日本人だと知らされたのか、反日教育を受けて育っていたところに、これからは日本で生活しろと言われた時の心境や、娯楽も自由も少なく衣食住に困難を極める北での生活から一転、衣食住にも困らず刺激に満ち溢れ平和で自由すぎる国日本へ来てからの戸惑い、慣れない日本での生活など、どのように感じながら生活してこられたのか少し知りたくなりました。