回顧:震災と政治家/1 マニフェスト修正を実現させた民主党前幹事長・岡田克也さん(毎日新聞 12月20日)◇「復興のため妥協」−−岡田克也さん(58) 8月に民主、自民、公明の3党で、子ども手当の修正で合意しました。復興の財源を出す必要があるのですから、やむを得ない判断でした。野党の意見に耳を傾けなければ、法案が成立せず、復興が前に進みません。妥協は必要です。 東日本大震災がなければ、高速無料化だって子ども手当だって、もっとできたと思います。でも、政策の優先順位はつけなければいけません。 マニフェスト(政権公約)をどこまで守るべきか、どこまで変えていいのかの基準はありません。状況がどう変化するか、事前には分かりませんからね。大事なことは、なぜできないかについて、国民が納得できる説明ができるかどうかです。 見直しにあたり、マニフェストを作った時に前提としていなかった変化として、景気の落ち込み、衆参ねじれ国会、大震災の三つを挙げました。でも、事後の変化だけでなく、事前の検証が不十分だったためにできなかったものもあります。 子ども手当は、私が代表だった時は月1万6000円でした。「それが現実的だった」と言う声もあります。でも、民主党にとっては、09年の衆院選で掲げたマニフェストがすべて。たらればの議論をするつもりはありません。全てを大震災のせいにするつもりもありません。 野党の批判は当然でしょうが、認めるべき点は認めながら、反論もしました。高校授業料無償化など、マニフェストで実現した政策がかなりあることも強調しておきたいですね。>東日本大震災がなければ、高速無料化だって子ども手当だって、もっとできたと思います。埋蔵金や予算削減でいくらでも財源はあると選挙したわりには、子供手当は財源が確保できないのでマニフェストの半分しか出来ないと、震災の前から既に破綻していましたし、震災が起きていなければ、菅の外国人献金問題で菅内閣は終わっていたことでしょう。それに、高速無料化も実行した方が負担軽減されるという方便だったはずで、高速無料化や公務員給与2割カットは震災関係なく実現可能な公約ですから、 震災があったからマニフェストが達成できないというのは、自分達の政治能力の無さを棚に上げた詭弁です。毎日新聞もマニフェスト修正を実現させた岡田氏は凄いみたいな感じでインタビューを載せてますが、マニュフェストより優先した震災復興や原発事故で、組まれた復興予算規模の小ささに加えて、 まったく有効と思える手段をとれていない現状をみれば、マニフェストを修正したからといって、けっして褒められるようなところはないんですけどね。