24時間テレビ、放送する価値あると思う21%、放送する価値ないと思う79%livedoor ニュースでは、「24時間テレビ、放送する価値あると思う?」というテーマで世論調査を行いました。 結果は、21%の人が放送する価値がある、79%の人が価値がないという形となりました。24時間テレビ : 今回の調査の背景 31回目になる24時間テレビが、8月30、31日に日本テレビ系列で放送されました。今年は「誓い」をテーマに掲げて様々なチャレンジを行っています。アイドルグループ嵐が出演する特別番組「驚きの嵐?世紀の実験SP?」では、生放送でさまざまな実験をしたり、ドラマ「ごくせん」の仲間由紀恵が演じる“ヤンクミ”こと山口久美子がドラマを飛び出して子供たちに課外授業などを行っています。司会の徳光さんは「ことしは『ごくせん』と嵐がコラボするわけですから、間違いなく爆発的な24時間をお届けできるんじゃないかな」と豪華なキャスティングでの成功に期待を寄せていました。投票された人の意見をみてみましょう。コメントを読む24時間テレビは放送する価値がないという人の意見 まずは79%と多数を占めた放送する価値がないという人意見をみてみましょう。「その日が過ぎると関心がなくなるミーハー体質だから、毎年1日(実質2日またいでだけど)放送すればいいって感覚が嫌いです。」、「同じ人間で障害があるだけです、それは健常者(この言い方もキライですが、わかりやすく)も、いろんな障害をもっています。同じ目線でできないものでしょうか。」、「一、障害者の意見ですがもはや芸能人がタイムスケジュールの則って時間を消化していき、フィナーレを迎える・・・その当たり前に新鮮さが無くなり知ったように障害を語るなどムカッっと来ることも多いものです。」、「本来の主旨とかけ離れた企画が多いジャニーズを大量に登場させ歌を歌うだけ経費の無駄遣いボランティアや募金を募るならノーギャラでやるべき番組制作費を募金に回すほうがマシ。」、「タレント使って「感動」を自作自演で押し付けられても何が「感動」なのか全く分からん。TVも何時迄こんな下らない「企画」をやっているんだ。」、「コンビニエンスストアさえ夜間営業自粛せよと平気で口にできるテレビ局が内容の薄い番組を深夜まで流す意味は理解できません。」、「この番組の変遷を皮肉ると、 「愛は地球を救う」→「金は地球を救う」→「金は日テレを救う」 さらに「金はお笑い芸人とジャニーズを救う」又は「金は創価学会を救う」いや「金は創価学会を巣食う」。」といった意見がよせられました。24時間テレビは放送する価値があるという人の意見 一方で21%と少数派の放送する価値があると言う人の意見では、「チャリティーはしないよりした方が良い。」、「企画趣旨はチャリティ表向きですが、既に「愛は日本テレビを救う」でバレバレですから、全て刷新しちゃいましょう。」、「番組の作り方やマンネリ化については気になる点はあるが、実際に何憶というお金を集め、それにより助かっている人がいるなら、意味はあると思う。」、「24時間テレビを通じて体の不自由な人達の事何万人に一人と言う病気の事を教えてもらいました。このような番組でないと見る機会がないですね。」、「他人に無関心な、世間の人々の理解を得るためには、こういった番組も必要なんでしょうね。」、「障害で苦しむ方の実情を伝える番組として続けて欲しい。2時間やそこらのドキュメンタリーでは話題になりにくい。こうやって大々的に行うことにはプラスの面も多いだろう。さまざまな障害で不自由している方に比べて、なんて自分は恵まれているのだろうと毎年再確認させられます。」といった意見がよせられました。賛成、反対の意見を抜粋してみましたが皆さんはどう思いますか? 賛成という人はチャリティやバリアフリーな社会意識への効果を評価されているようです。 反対という人は、テレビ局の都合や内容の稚拙さ、主旨の形骸化を指摘している意見が多いようです。 賛成・反対派の双方の人に共通しているのは、バリアフリーな社会への取り組みは大切なことであるという認識です。だからこそ、テレビ局の番組制作や運営に対する厳しい意見がよせられているのかもしれません。 過去、継続して毎年開催されてきた24時間テレビは成果もあげていますが、そろそろ原点に戻り、取り組む姿勢を直すことが臨まれているのかもしれません。(livedoorニュース 13日13時00分)-----------------------------(引用終了)----------------------------今年は1分も見なかったですね。メディアがきっかけを与えないと、奉仕や募金や他国の現状や歴史を考えることをしないから、1年に1回ぐらいは必要かもしれないけれども、初期の硬派で立派な内容からは程遠いほど、年々マンネリ化と内容の質が低下していることを気にしている視聴者は多いようですね。この番組の企画のなかでチャリティーの意味からかけ離れていると思うのは、タレントによる24時間マラソンです。最初に走った間寛平さんは、阪神大震災で自分も被災した事もあり、被災者を励ましたいと自分から番組にアプローチしてマラソンをすることになり、これは意味のあるマラソンだったと思うのですが、それ以降は番組を繋ぐだけの一つの企画になってしまっただけで、高額のギャラを貰って走っている本人以外は意義のあるものだと思えません。それでもゴール近くになると視聴率が40%ほどに跳ね上がるということは、多くの人がゴールできるか気にしてチャンネルを変えるわけですが、視聴率上昇=広告収入のアップに繋がるので、日テレは、このマラソン企画をやめないでしょう。武道館と全国の系列局で行われているイベント制作&運営費や、そこに出演しているタレントや歌手のギャラを合わせれば、集まる募金額よりも多く、それらに支払われるお金はスポンサー料の一部が利用されるわけですが、チャリティと無関係の24時間マラソンが、番組恒例の中核イベントになってしまっているのは、どう考えても、まずは驚かせる人選によって宣伝を兼ねた話題づくりと、視聴者の興味を引きつけ安定した視聴率とラストの瞬間最大視聴率の確保や、番組の最後を締めくくるための盛り上がりに貢献してくれるからでしょう。つまりチャリティー番組のなかに、放送局とスポンサーのための企画を組み込んでいるわけです。ですから、歴代ランナーは、テレビ局の視聴率と広告収入と、高額のギャラのために走っていることになります。それを見て感動するのは個人の勝手ですが、そういう局やスポンサーや走るタレントの思惑が幾重にも絡み、番組終了間近にゴールできるよう時間調整をしているマラソン、言ってしまえば“ヤラセ”っぽいものに感動しちゃう人って、純粋なんだなぁと思ってしまいます。チャリティーを行いながらも、募金と同じ額かそれ以上の高額のギャラや制作費が発生していることを視聴者は薄々感じながらも、つい見てしまうというのも、この番組が年々チャリティーの趣旨からかけ離れて、安っぽくなっていく原因なのではないでしょうか。