歌で心の扉開けたい・鈴木重子さん 少女たちの前で歌っていると、自然に涙がこぼれ、ほおを伝った。 昨年11月。東京都狛江市にある矯正施設「愛光女子学園」で開いたミニトークとライブでのことだ。 施設は、関東や甲信越、静岡の家庭裁判所で少年院送致の決定を受けた14〜20歳未満の女性を収容し、非行から立ち直らせるための教育をしている国の施設。ボランティア活動の一環で、慰問という初の体験をした。 施設の視聴覚室に約60人が集まった。いすに座った少女たちの近い人との間は1・5メートル。息づかいの聞こえる距離だ。「あたたかな心のぬくもりが成立できる空間にしたい」。そう思い8曲を歌い、そして話した。 「見えない壁と闘っている彼女たちが生き生きとした目で私を見てくれた。そう思うと……」。何かしらの罪を犯した少女から伝わってきた痛みに応えた涙だった。 「自分という存在が意味のあることをしたかった。でも、通り一遍の同情心では、歌を聴いてくださる方々の気持ちは癒やせはしません。私もそれなりの心の準備が必要ですから、いちばん正直な自分で彼女たちと向き合いました」 デビューから12年。国内外でのコンサート、エッセー集の出版、コマーシャル出演……。多彩な才能を発揮する。今年6月に11枚目のアルバムがリリースされる予定。ボーカリスト以外での自信も十分についたと感じている。 プロとしての力が蓄えられたからこそ、今年は、その力のお返しをステージとは全く異なる施設や病院、学校へ出向いて社会還元という形で挑戦していくつもりだ。 ボランティア活動をしたい、という思いは以前から抱いていた。ふだんは会うことのできない境遇の人々に、歌を聴いてもらうことで、心の扉を少しでもあけられたらどんなにいいだろうか、と思う。 学生時代、司法試験に挑戦しながらボサノバやジャズボーカルを習った。人との交流どころではなく、毎日が忙しかった。精神的に鍛えられたあの頃に比べ、いま成長した自分には心の余裕がある。 施設での涙はいい勉強だったと確信する。「大変な境遇にある人たちのために歌うことで、深い思いやりを学びました」 すずき しげこ 65年10月、浜松市生まれ。3歳からピアノを習い始め、浜松北高時代は軽音楽部に在籍しベースを担当していた。東大法学部在学中にボサノバやジャズボーカルを習う。同時に司法試験に挑戦するが、かなわず断念。卒業後、ジャズボーカリストとして活動をスタート。95年9月、名門ニューヨーク・ブルーノートで日本人として初のデビューライブを成功させた。5枚目のアルバム「JUST BESIDE YOU」で00年度最も売れたジャズ部門CDとして「第15回日本ゴールドディスク大賞 ジャズ・アルバム・オブ・ザ・イヤー」を受賞した (朝日新聞マイタウン静岡 2007年01月06日)----------------------------(引用終了)-----------------------------昨年から、全国の病院や障害者施設などで無料のミニコンサートを幾つか行われていることは知っていました。ボランティアでのミニコンサートは、ほぼシークレットで表抜きに公表されず行われるので、後日、行われた地域で発行される新聞の記事になったもののコピーを頂いたり、所属事務所のマネージャーさんや人づてに感想を聞くぐらいでした。ウェブ板に掲載されるのは珍しいことで、重子さんはまた一つよい経験をしたのだなぁと、感慨深く記事を読ませていただきました。 私自身も、いつもお世話になっている神戸のある病院で、ミニコンサートを開けないものかと、所属事務所と重子さんの了解を経て、病院にプロフィールなどをまとめた資料などを提出してアプローチしてみたのですが、残念ながら企画は採用されず流れてしまいました・・・。ボランティアなのでもちろんノーギャラ経費もゼロなので、病院のクリスマスのイベントとしては、かなりオトクな企画だと思ったのですが・・・。・・・どうでもいい話を書いてしまいましたね。>でも、通り一遍の同情心では、>歌を聴いてくださる方々の気持ちは癒やせはしません。>私もそれなりの心の準備が必要ですから、>いちばん正直な自分で彼女たちと向き合いましたこの話を聞いて、失礼ながら名前を忘れてしまいましたが、ある難民救済活動をしている女性が言っていた言葉を思い出しました。同情の気持ちを大きくしたまま、助けなければならない人に接してしまうと、同情する側と同情される側の中にすでに上下関係が発生しており、自然と見えない壁が出来てしまい、ぎこちない関係となってしまうそうです。ですから、ボランティアで、そういった立場の人と接する際には、正直でオープンな気持ちを持って接することが一番大事だと言っておられました。 ほかに、草柳大蔵さん著作の本の一説を思い出しました。『花のある人 花になる人―ゆっくり輝くための100話 』(グラフ社 )「第42話 優しさの定義」のページには、箴言の大家、ラ・ロシュフコーの言葉「本当の優しさを持つことのできる人は、しっかりした心構えのある人だ。優しそうに見える人は、通常、弱さだけしか持っていない人。そしてその弱さは、わけなく気むずかしさに変わる」を引用し、優しさとは何かと説いています。ラ・ロシュフコーの説く「優しさ」については、そのものズバリ本質を見抜いていると思います。草柳氏によると、しっかりした心構えのある人とは、「自立的で他人に依りかからない人」として、本当の優しさを持つことのできる人とは、他人の人生や生活に理解がゆき届くほど人間の心情をよく理解しており、「愛」がけっして楽しいだけのものでなく、悲しさを伴っていることさえ知っている。だから「優しい人」は、相手を思いやることができて、どのような心情かを「察する」ことができる真の意味での“大人”であると説いています。鈴木重子さんは、どのような心情かを「察する」ことができるほど、相手を思いやることができる優しさを持っているので、ラ・ロシュフコー氏の定義する「本当の優しいさをもっている人」に、当てはまっていると言えるのではないでしょうか。きっと、心の中に「優しさライセンス」のゴールド免許を持っていることでしょう。 逆に「優しそうに見える人」とは、やさしさをオブラートにして自分が傷つきたくない人としています。優しくすることによって、今度は優しくしてもらおうと見返りを求めたり、なんらかの評価をしてほしい人と私は思っています。こういう人は、だいたい口が上手いのですが、言葉や仕草に心がこもっていないので、私の場合はすぐに分かります。また、このような人は、自分の思い通りにならないと、態度が急変して本性を表します。これは、他の時事系ブログを読んでいるとよく目にします。日頃は優しそうな文章を書いたりしているのですが、例えば選挙結果などで、自分の思い通りの結果にならないと感情をコントロールできず、罵倒しだす人なんかそうです。左派系の思想の人にその傾向が強いと常々そう感じます。保守系も酷くなってきていますが、自分も気をつけなければ。関連リンク:国際交流基金JFCSのWEBマガジン Vol.56「鈴木重子さんの国際交流」2003年のフィリピン、インドネシア公演の思い出や、歌に込める思いについて。↓エンピツ投票ボタンです。 押してくださると日記を書く励みになります。エンピツ時事/社会ランキング エンピツ総合投票ランキングMyエンピツ追加↑プッチンプリン約3個分の容量のビッグプッチンプリン。