白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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2003年04月30日(水) 医療ミス〜他人事ではないわけで〜

愚弟がお世話になっている病院で、先日、医療ミスがあった。
「医療ミスをなくそう」とて積極的に活動している病院なのだが
事故というものは、起きるときには起きるものだ。
私は医療ミスを容認するつもりは、さらさらないが
患者側も努力していかなければいけないと思っている。

毎日愚弟の病院に顔を出していると
「そんな毎日行く必要はないのでは?」と言われることがある。
確かに愚弟の場合は、命に係わるような手術をした訳でもなく
外傷なので、身体的には元気一杯だし、自分のことは自分でできる。
洗濯物とて毎日、運ばねばならないということもないので
物理的なことだけで言うなら、2日か3日に1度、顔を出せば充分かと思う。

だが、私はあえて「毎日通う」ことが大切だと思うのだ。

自分や、自分の家族が、どういう治療をしているのかを
把握しておくために出来るだけ病院には通った方がいいと思う。
素人には「治療の内容」や「薬の効用」を聞いても分からないことは多いが
それでも「知る努力」があるのと無いのとでは大きく違う。
極端な話をするならば、間違った点滴が施されようとした時
家族から「あれっ。いつもの点滴と違うんですね」の、ひと言があることで
悲しい結果を招かなくて済む……なんてことがあるのだ。
実際に、私はそういう話を知っているし。

愚弟は事故の際に運ばれた某・大学病院で医療ミス……とまではいかなくても
完全に「担当医の横暴」で死にかけたことがある。
手術後にほどこされた点滴が原因で大出血を起こした後
担当医は「もう2度と、その点滴は使わない」と約束したにも係わらず
家族の了承なくして、同じ点滴を投与して大変な事態におちいった。
それがキッカケで、なかば強引に今の病院へ転院したのだけれど 
あの時は、しみじみと治療の内容を知る事の重要性を感じた。
医師を信頼することも大切だとは思うのだが
ちゃんと知った上で「言う時は言う」姿勢を持っているに越したことはないと思う。

もちろん、それぞれに事情というものがある訳で
たとえば家族が入院している病院が遠くて、通うだけでも、ひと仕事であるとか
小さい子供や、お年寄りを抱えているなんて人に
「毎日通え」だなんて鬼のようなことを言うつもりはないのだが
治療を受ける側も、できるだけ努力する必要はあると思う。
そんな訳で私と母が、せっせと病院へ通うのは
「愛情深い」というよりも、むしろ危険から回避するため……って感じなのだ。

愚弟のお世話になっている病院で起こってしまった医療ミスは
本当に居たたまれないような単純なものだった。
被害に遭われた方は「お気の毒」としか言いようがない。
どんなにか悔しくて、哀しい思いをされておられることだろう。
2度と、こういうことが起こらないようにしなければいけない。
医療関係者だけではなく、患者側も努力しなくては……
なんといっても、自分の生命にかかわることなのだから。

なにげに真面目な話を書いてみたところで、今日の日記はこれにてオシマイ。


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2002年04月30日(火) トホホな大人は素敵な大人を目指す。

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