白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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2002年01月07日(月) 『あかい花』〜初潮をめぐる物語

『あかい花』 中脇初枝 青山出版社  を読んだ。

読書好きの方が書いている日記を読んで
「どうしても読まなくちゃ」という衝動に駆られて手にした1冊だったのだが
読書好きの「本能」も捨てた物ではなくて
私にとっては大当たりの1冊だった。

『あかい花』は初潮を迎えた8人の少女を綴った短編集である。

最近は女性作家の「赤裸々系」のエッセイや小説が増えているので
いまさら「初潮」なんてテーマは珍しくもなんともないのだけれど
赤裸々系の作家さんの文章だと、テンションが高すぎたり
作家さんの感性は一般人とは違うしなぁ〜
などと遠い出来事のように感じたり
面白いけれど、おなか一杯です……みたいな状況になってしまう事がある。

また、そういったテーマを美しく上品な手法で描かれたりしたら
甘ったるくて眩暈がしそうで、とても私の好みではないのだけれど
『赤い花』は、その辺の匙加減が絶妙に良かった。

8人の少女達が受け止めた「初潮」は、それぞれまったく違う形だった。
「憧れ」「喜び」といったプラスの感情が強い少女もいれば
「憂い」「嫌悪」といったマイナスの感情が強い少女もいた。
清く正しい「いまどきの性教育」を受けてきた彼女達は
「初潮」迎える前に、その存在を知っていたし(知らない少女もいたが)
「通るべき道」として淡々と受け入れているのだけれど
それでも隠し切れない動揺や不安が行間からこぼれ落ちていて
こぼれ落ちた、その微妙な感情の波は
私を「初潮を迎えたあの頃」へとトリップさせてくれた。

「それ」が訪れたからと言って世界が劇的に違って見えるわけでもなく
「大人の女性の仲間入り」などと言われたところで
いまひとつピンとくる物はなくて
それまで味わった事のなかった、気だるさと
言い知れぬ憂鬱さが確実に「それ」の存在を感じさせてくれた。
自分の中の大切な部分に歪みが出来てしまったような
……そんな気がした、あの瞬間。

もちろん、一言で「初潮」といっても
1人、1人感想は違っているのだと思うのだけれど
私は、そんな風に初潮を捉えていたなぁ…と思い出してしまった。

難しい理論や、過激な設定や、大げさな表現を使わず
少女の年齢の言葉で綴られているに過ぎない短編小説集なのだが
今までには見かけない作風だったように思う。
過激に、そして過剰に表現するだけが文章の手段ではない。

あるがままを受け入れて、その事実を見つめて文章にする。
私も、そんな文章が書いてみたいものだと思ったりした。


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