白い木蓮の花の下で  

    〜逝くときは白い木蓮の花の下で〜

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引越し先 白い木蓮の花の下で


2001年12月04日(火) どうしても慣れないこと。

今の仕事(建築CADオペレーター)に就いて3年目を迎えた。
OLをしながら、夜にCADスクールへ通い
スクールを卒業したと同時に飛び込んだ世界だったので
当時はCADのことも、建築業界のことも、まったく知らなかった。

知らない言葉や、業界用語にとまどいながら
がむしゃらに過ごした3年。
気が付けば、すっかり仕事にも職場にも慣れた私がいる。

が。

3年たった今もなお「どうしても慣れないこと」が1つだけある。
それは職場を支配する「体育会系のノリ」
なにしろ私は学生時代から、ずっと「文科系」の人間で
まともにスポーツに取り組んだことがない「へなちょこ人間」で
「体育会系」の中に身を置くのは生まれて初めてなのだ。
↑それまでも何度か転職しているが「体育会系」とは縁がなかった。

「体育会系」のノリが嫌いという訳ではなくて
「いいよなぁ」と思うこともある。
1つの事に向かって、まとまり良く突進していく姿など
端で見ていて、なかなか気持ちの良いものだし
先輩、後輩の間にある厳しさも、信頼関係があってこそと知れば
これも、また良し…ってなこともある。

が。

やればできる。根性だ。死ぬ気でやればできる。上の命令は絶対だ。

このノリだけは、いただけない。
どう考えたって出来ないことは出来ないのだから。
正直なところ「体育会系」の人の「根性論」にはついていけないし
どうしても出来そうない仕事や問題があれば「妥協点」を探して
できるだけ良い方向を模索した方が健全だと思うのだ。

私の職場は「死ぬ気」で仕事をしている人が多くて
「同じ職場で働く人に過労死者が出たら嫌だなぁ」
……などと本気で心配してしまうくらいの働き蜂が勢揃いだ。
不景気を打破するためには
ある程度の激務は仕方がないと思うのだけれど。

「どうしても慣れないこと」はいつまでたっても慣れないだろうなぁ
……そんな気がしてならない。
願わくば、私の周りに過労死者が出ませんことを。

<追記>
「体育会系」のノリの人が「みんな」そうだと言っている訳ではありません。
あくまでも「物のたとえ」と言うことで。


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