金色の夢を、ずっと見てる

2006年03月23日(木) 躾と体罰の境目

なんか連日の子供ネタで申し訳ないんですが。


『親が子供に手をあげる』とか『教師による体罰』って今の世の中すんごい神経質ですよね。

でもそれって、本当に必要なら仕方ないって部分もあると思うんですよ。



単純に今と昔を比べる事はできないんだろうけど、自分達が小・中学校の頃って『教師による体罰』ってもっと一般的っつーか、珍しくない話だった気がします。

小学校の頃は廊下に正座させられるなんて当たり前だったし、3・4年生の時に担任だった先生は厳しい事で有名で、忘れ物をした時や怒られたりする時は30cm定規で叩かれました。中学でも、授業中に友達と手紙を回してるのが見つかってその場に立たされたりとかしたし、高校でも、宿題を忘れて自分の席の横に正座させられて授業を受けさせられた事がありました。


今の学校ってそういう事ないのかな。


家でも、怒られて叩かれるとか正座させられるとかトイレや押入れに閉じ込められるなんて日常茶飯事だったですよ。(どんだけ悪い子だったんだ)

1回、玄関先に正座させられた事がありましたね。理由は忘れたけど何かですごい怒られて、玄関マットの上に正座させられたんです。季節は夏だったので、玄関マットは一般的な絨毯みたいな奴じゃなくて縄を編んだような涼しげな感じの物。その上に正座。これ、はっきり言って畳とかよりよっぽど痛いですよ。





次郎君は
「悪いけど、俺は子供には手を上げるぞ。自分がそうやって育てられてきてるし、最初は親に叩かれる事でその痛さを理解しないと、人に平気で手を上げる子になるような気がするから」
と言います。


私は
「絶対ダメとは思ってないけど、必要最低限にして欲しい。間違っても自分の気分で叩くような事しないでほしいし、躾だっていう大儀名文があればどんなやり方も許されるとは思わないで」
と言ってます。


叩かれてその痛みを理解してないと、無頓着に人に手を上げる子になる・・・という考え方はわかるんだよね。もちろん、子供の心身に傷が残るような体罰や暴力は学校でも家庭でも論外だけど、理由によっては最低限の『力による躾』って必要なんじゃないかなと思うんですよ。


うちの辺りは田舎なので、まだまだそういう「親が子供を叩いて何がおかしい?」みたいな空気は残ってるんですけどね。親なら何してもいいってわけじゃないけど、最近のニュースで見るような『自分の子供を叱れない親』ってどうなんだろうと思うのです。だって親が叱らなくて誰が叱るの?


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咲良 [MAIL]

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