2005年11月29日(火) |
恋愛遍歴(社会人編・5) |
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※文中の男性は仮名です。
思いがけず、以前のバイト先で一緒だった山下さんから好意を示された私。あまりに突然で戸惑いながらも、やはり嬉しかった。
結局、 「すぐに決めなくていいよ」 と言ってくれた山下さんの言葉に甘えるカタチで、私はしばらく様子を見る事にした。山下さんとは、それから何度か2人で会った。平日の夜に会って夕飯を食べたり、山下さんがバイトの日に私が店に行き、バイトが終わった山下さんとちょっとだけ深夜にドライブしたり。
そうやって2人で会っても、山下さんは決して私に手を触れようとはしなかった。私の気持ちが決まるまで待ってくれていたのだと思う。
会って話すのはやっぱり楽しくて、私は次第に自分の気持ちが傾いていくのを感じていた。直行さんとも平行して会ってはいたけれども、 「自分はあまり辛い思いをせずに別れる事ができるかもしれない」 と思いながら会うとどうしても今までと同じ目では見れない。アラ探しをするように、『やっぱり別れた方がいい』と自分を正当化できるような部分を探してしまう。
客観的に見れば、直行さんと別れるべきだというのは判っていた。妻子持ち。不倫。どれほど自分達の気持ちは純粋だと言っても、結局は“人に言えない関係である”事に変わりはない。具体的に直行さんが離婚するような計画がない以上(そして、私もそんな事を望んではいない以上)、いつかは別れる以外の結末はないのだ。でも、今はできない。まだ好き。奥さんにばれたわけでもない。なんの理由もきっかけもなく、ただ『いつかは別れなきゃいけないんだから』というだけで別れるには情が移りすぎていた。
でも、今は理由が出来た。
私は、山下さんに惹かれ始めている。もっと知りたいと思うし会いたいと思う。付き合ってみたいと、はっきり思う。
今なら、直行さんと別れても山下さんがいる。“彼氏がいないと耐えられない”なんて恋愛体質ではないけど、今直行さんと別れて1人になるのは辛い。でも今なら山下さんがいる。今なら、直行さんと別れても私はそれほど辛い思いをせずに済む。
ずるい考えだという事は充分に判っている。でも私は、山下さんと付き合う事で直行さんを失う辛さを乗り越えられるなら、それでいいと思ったのだ。そんな打算的な事じゃ、へたすると山下さんとだって長くは続かないかもしれない。でもそれでもいい。いつまでも続けられない直行さんとのこの関係を終わらせるきっかけになってくれるだけでも、私には充分過ぎるほどありがたい事かもしれない。
悩んだのは、結局3週間ぐらいだった。私は心を決めた。
4月の始めだった。山下さんに電話をして、翌日の夜、会う事にした。
一緒に食事をして、郊外までドライブした。私は初めて行く場所だった。山の随分上の方だったんだと思う。車の来ない所で停めて、外へ出た。辺りは真っ暗で、遠くに見える市内の夜景と、意外と近くに見えるよく晴れた星空がキレイな所だった。
4月とはいえまだ夜は寒くて、私達は自然と手をつないだ。 「あのね」 「うん?」 「・・・・・・・別れたから」 「・・・・・・」 「私も、山下さんと付き合ってみたいなぁと思ったの。だから・・・今からでもよければ、よろしくお願いします」 そう言って、私は小さく頭を下げた。
本当は、ちょっとだけ嘘だった。まだ私は直行さんに別れを告げてはいない。私の心の中で決まっただけだ。でも、この翌日に直行さんと会う約束をしていてその時に別れを切り出すつもりだったから、ちょっとだけフライングだけどいいよね、と自分に言い聞かせた。
山下さんは、黙って私を抱きしめて 「・・・・・よかったー・・・」 と呟いた。その言い方がなんだかおかしくて私が笑うと 「笑うなよー。これでも結構緊張してたんだから」 と言われた。 「そうなの?」 「そうだよ。まぁそれなりに自信はあったけど」 「何それ(笑)」 寒いのでぎゅーっと抱き合ったまま、3週間ぶりにキスをした。
私にはまだ大仕事が残っている。直行さんに別れを告げるという大仕事。翌日の夜、今まで味わった事のない気持ちで待ち合わせ場所に向かった。
その日の待ち合わせは、それまでにないパターンだった。会う用事が用事なんだから、私としてはゆっくり会いたくはない。のん気に食事なんてできる気分じゃなく、できれば会ったらすぐ話をして帰りたい。結果、私がちょうど会社の飲み会が入ってた事を利用して、その後でちょっとだけ会わない?と持ちかけたのだ。時間は9時過ぎになるけど、それまで直行さんは適当に1人で食事をしたりして時間を潰しててくれる事になった。
飲み会は意外と長引き、約束の場所で会えたのはもう10時になろうかという頃だった。直行さんは特に怒った様子もなく 「久しぶりに心置きなく残業できたよ」 なんて言って笑う。私は、今から自分が傷つける人が笑うのをまともに見れなくて、うつむいて曖昧に微笑むのが精一杯だった。
話す場所は決めていた。最初に直行さんが私をホテルに誘った場所。駅から程近い、小高い山の中腹の夜景スポットだ。
車を停めて、しばらくは自分の中で言葉を探していた。ちゃんと言う事は考えてきたはずなのに、いざ言おうとするとその言葉が見つからない。別れを切り出すのはこんなにエネルギーが要る事だったのか、とその重苦しさに息が詰まりそうになる。
助手席から、いつものように手を握られた。ほとんど反射的にその手をはずし、私はようやく言葉を搾り出した。
「・・・・・・・・・・・ごめんなさい、もう終りにしたいの」
それだけ言うと、後は何を言ったらいいのか判らなくなり、涙がにじんできた。ダメだ。私が泣いちゃダメだ。別れを切り出した方が泣くのはルール違反だ。ぎゅっと唇をかむ。ハンドルを握り締めて、うつむいた。
「・・・・・・・・・・もしかして、そういう話しかなとは思ってた」 直行さんの静かな声にも顔をあげられない。 「急に会いたいって言うし、話したい事があるって言うし。・・・・・・・・指輪も、してくれてないしね」 この前もらったばかりのホワイトゴールドの指輪も、付き合い始めてすぐに買ってもらってそれ以来毎日はめていたシルバーの指輪も、私はつけていなかった。ささやかな、意思表示のつもりだった。
『他に彼氏が出来た』とは言わない方がいいような気が、何故かした。 「ごめんなさい。もう疲れたの」 それが精一杯。 「そっか・・・・・・」 長い沈黙が落ちる。
「本当はね、最近咲良の気持ちが冷めてきたんじゃないかなって気付いてた」 ・・・・やっぱり。 「こないだ、桜を見に行ったじゃない」 うん、行ったね。市内から車で2時間ぐらいの所にある、樹齢400年になるという大桜。でも、あの日の私のコンディションは最悪だった。その前の日の夜、バイト後の山下さんと何度目かの深夜ドライブをして、私が家に帰って寝たのは午前3時過ぎだったのだ。日曜日に、休日出勤になったと嘘をついて家を出てきた直行さんと会ったのは朝7時ぐらいで、私は3時間に満たない睡眠時間でぐったりしていた。ファミレスのモーニングを食べた後、直行さんに運転を任せて目的地に着くまで助手席で熟睡していたのだ。
「あの時ね、本当はちょっと腹が立った。俺と会うから朝早いって判ってるのになんでそんな夜遊びしてるんだよって。翌日早いって判ってるんだから、そんな遅くまで遊ばなきゃいいだろって思った。・・・・・・でも、そこで怒ってケンカになってそのままダメになっちゃったらイヤだなぁと思ったら言えなかった。本当はもうあの時に、気付いてたんだろうな」
その通りだった。翌日朝早いって判ってても、私は山下さんと会いたかった。その時点で、私の中でも答えは出てたんだ。
「もう、決めちゃったの?」 うん、と無言で頷く。 「・・・もうすぐ、付き合い出して1年だよね。・・・・・・その日まで待ってもらう事は・・・できない?」 「ごめん・・・・」 待ちたくない。私は、私達の関係が1年を超える前に終わらせたい。
突然、直行さんが車を降りた。外に出て、深呼吸するように夜景を眺める。隣に並ぶ気にはなれなくてそのまま運転席でうつむいていたら、外からトントンと窓を叩かれた。顔を上げると、直行さんが身振り手振りで 『運転を代わって』 と伝える。素直に、助手席に移った。
直行さんの運転で走り出す。ちょうど1年足らず前に、同じように直行さんの運転で行った方向へ向かう。そして、車はあの時と同じホテルの前でスピードを緩めた。
最後にもう一度だけ、とか言われるのだろうか?今でも直行さんを嫌いにはなってないけど、でも寝ちゃったらダメだ。寝ちゃったらまた気持ちが揺れてしまう。今でも好きだという気持ちが残ってる以上、絶対に寝ちゃダメだ。
一瞬の間にそう考えて身を固くした私に、直行さんが言った。 「お願いがあるんだけど・・・・・・・・いつか新しい彼氏が出来ても、このホテルには来ないでほしいんだ」 え?予想外の言葉に思わず直行さんの顔を見つめた。 「ここには、他の人とは来ないでほしい」
守れるとは思えなかったけど、とりあえず頷いた。車はそのままホテルの前を通りすぎ、私の家の方に向かった。途中にある駐車場に急に車を入れて、直行さんは 「ちょっとゴメン」 と言って車を降りて・・・・2〜3歩離れた所でしゃがみこんだ。その肩が震えているのを見て、私も堪えきれなくなってまた涙がにじんできた。
そうやって車の中と外でどれぐらい泣いていただろうか。しばらくすると、直行さんが立ち上がってまた外から窓を叩いた。 「ごめん、ここから1人で帰ってくれる?最後ぐらい家まで送ってあげたかったんだけど、これ以上一緒にいるの辛いから」 「え?でもどうやって帰るの?」 バス停もないし、タクシーだって通りかからないような場所なのに。 「タクシー呼ぶよ。携帯に番号入ってるから大丈夫」 「でも・・・」 でも、とは言いながらも、さすがに私もそこから直行さんの家まで送るとは言えなかった。これ以上一緒にいるのが辛いのは私も同じだ。 「大丈夫だから。気をつけて」 「うん・・・・じゃぁ、気をつけて」 そう言って私は車を出した。こっちを見送る直行さんがいつまでもバックミラーに映る。それを見たくなくて、私は急いで角を曲がった。
それが、直行さんと会った最後だった。
決して悪い人ではなかった。不倫してた人を善人とは言えないかもしれないけど、少なくとも私はとても大事にしてもらった。想いが深くなると辛かったけど、楽しかった時期だってある。気の迷いだったかもしれないけど、一緒に将来を夢見た事もあった。付き合った事を後悔はしないし、一緒に過ごした時間を無駄だったとも思わない。ただ、それはやっぱりいけない事だったと思うだけだ。
正直、奥さんに申し訳ないと思った事は一度もなかった。そして、そう思わなかった自分を申し訳ないと、今なら思える。
例の、偶然会って不倫だとばれた友人には報告した。 『いつまでも続けられる事じゃないって事と、咲良ちゃんは幸せになれないって事だけは忘れないで』 と言った彼女だ。また久しぶりに会って食事をし、他に付き合いたいと言ってくれる人が現れて、その人と付き合う事にして不倫の彼とは別れたの。そう話すと 「一番理想的な終わり方だと思うよ」 と喜んでくれた。私も嬉しかった。
山下さんとの恋は、今でも続いている。
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