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■ Nogat通りの風
数日前から、雲の合間に、水分をたくさん含んだ青が覗いている。
空が高くなってきた。 こんな日は、どこへでもいい、どこかへ向かって、どこまでも歩きたい。
頬を過ぎる風や、咽を通る空気が冷たくてもかまわない。 通りから通りへと歩いていこう。
どこまでも連なる、ひしめいた住居。
赤いカーテン、
縞模様のカーテン、
破れ掛けのボロボロカーテン。
角張ったバルコニーに
渦巻いたバルコニー。
手入れの行き届いた花達と、
忘れ去られた植木鉢。
たくさんの窓辺と、
その向こうに繰り広げられる幾つもの生活。
街が息をしている。
ふと、ずっと昔、まだ制服をきて三つ折りの白い靴下を履いていた頃に出会った古い詩を思い出した。
背伸びをするようにして、何度も声にだして読んでいた詩だ。
少し厳しいけれど、風がキーンとするこんな日には丁度良い。
背筋をのばして、しっかりと呟いてみる。
通りの向こうの方を、すすけた赤れんが色の列車がガタガタと通りすぎていく。
いつのまにか、日が長くなってきた。
「自分の感受性くらい」
ぱさぱさに乾いてゆく心を ひとのせいにはするな みずから水やりを怠っておいて
気難しくなってきたのを 友人のせいにはするな しなやかさを失ったのはどちらなのか
苛立つのを 近親のせいにするな なにもかも下手だったのはわたくし
初心消えかかるのを 暮らしのせいにはするな そもそもが ひよわな志にすぎなかった
駄目なことの一切を 時代のせいにはするな わずかに光る尊厳の放棄
自分の感受性ぐらい 自分で守れ ばかものよ
*茨木のりこ詩集 「自分の感受性くらい」より/花神社
2004年02月25日(水)
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