飛行時間
Nyari



 極北の海

どこまでも広がる青い空と、青い海、暖かな風。



ひとつの風景が、どんな気のきいた言葉や贈り物よりも、心の澱のすべてを洗い流し、果てしないエネルギーを与えてくれることがある。


2週間前の週末、1泊二日の短い旅だったけれど、
電車と船にゆられ片道6時間かけて、バルト海の島へ行って来た。

バルト海はドイツの北側に面した海で、シュトラールズンドという最北端の町から船にのると、リューゲン島とヒデンゼーという二つの島にいくことができる。そのうちの小さい方、ヒデンゼーに大好きな友達と訪れた。


週の半ば頃から、今度の週末は夏日になると聞いていた。


木曜日の早朝に「海に行かなくちゃ!」と思い立ち、朝7時に友達を叩き起こして、「お金払うから、一緒に海行って!」と頼んだ。

起きぬけの友達は、

「私の分のお金は払わなくていいよ。そのかわり、いくんだったらちゃんとホテル予約してね。
リゾートに行くならケチな貧乏旅行はお断りよ。
ご飯もレストランね。」

と注文をつけて、私に負けないくらいのウキウキした声で話にのってくれた。


数ヶ月後に帰国がせまり、果たすべき仕事がたまりにたまっていて一秒でもおしいのは私も彼女も同じだけれど、こんなとき、「え、海? いいねえ〜」とのってくれる頼もしい彼女が、私はとっても気に入っている。

そうこうして、私は友達との小旅行に向けてチケットとホテルの手配に早速とりかかった。
明後日には海にいけると思うと、心がワクワクとはなやぐ。

忙しい時期に2日間のロスが痛手でないといったら嘘になる。
そもそも、経済事情もかなりギリギリで暮す日々だ。


でも、楽しみは大切。


そして、友達のいう「バカンスするんだったらケチなのはいやよ。」というのが耳に響く。
島には、たぶんドイツ人しかいない。アジア人2人はとても目立つだろうなあと想像できた。


つまり、人に見られる。

そうなってくると、なんとなくプライドもくすぐられてくる。

目立って人にみられるんだったら、
アジアの美女2人が島に上陸っていうのがいいなあと夢想する。



「う〜ん、こうなったら2日休むのも3日休むのも一緒。お金は天下の回りもの!なんとかなる!」



気持ちを大きくもって、旅の前日から既にスケジュールはオフにし、ベルリンの目抜き通りへいって服という服を試着してまわった。
そして、シースルーの赤い花柄ワンピースと、水色のブラウスと、髪飾りを買った。

友達にも、「ホテルも取ったし、ちゃんとレストランも行く。だからオシャレしてきてね。コンセプトは、『美女2人海辺のバカンス』だからね。」
と伝えた。もちろん彼女はクスクス笑いながら、「オッケー。」と応えてくれた。



バルト海は、エメラルド色に澄んだ綺麗な海だった。
水面が陽光に照らされて幾千にもきらめく様や、海面を泳ぐ白鳥達に見とれるばかりだった。
島には誰もいない砂浜もあって、何をしててもウヒャヒャヒャと笑いがこぼれた。

私たちは、
「ここ、ほんとにベルリンと同じドイツかなあ〜、ありえないけど本当は、スペインだったりして。。。」
と、何度もつぶやいた。



島にはたくさんの緑があって、揺れる木漏れ日の道を歩くのがとても気持ちいい。
灼熱の日差しを浴びると、曇天の日々の中で、しらずしらずのうちに体内に生えていたカビが消えていくように感じられた。

並木道を行き来していると、何度も一人の可愛い少年が声をかけて来た。
5歳くらいだろうか。

「あのね、今ね犬がとおったでしょ、あの犬いじわるなんだ。だから嫌いなんだ。だから今、僕、柵をの中に入るの。」
「どこから来たの? ニホンてなあに?」
「僕ね今から、おしごとするの。このシャベルで、道路をきれいにするの。この車に土をのせるの。これ、僕のくるまなの。」

かしこそうな焦げ茶いろの瞳と、つなぎのズボンが印象的だった。

「ねえ、名前なんていうの?」

「僕、レオロッツローベ。」

「それ、全部名前なの? 名字なんていうの?」

「違うよ。名前はレオだよ。僕、レオ・ロッツ・ローベだよ。」

私も自分の名前を彼に教えた。
聞き慣れない名前が、彼には難しいみたいだった。
それから少年と別れて、ポツポツと気ままに散歩しながら、ふと思った。

さっきの男の子、なんだか不思議な出会いだったな。あの子、もう二度と会わないだろうけど、
でも、いつかまた会うかもしれない。
私、いつか男の子を産むかもしれない。そしたら、名前はレオかもしれないな...

どうしてだか、そんな事を考えた。
結婚する予定どころか、恋人もいないのに、真剣にそんな事を思って、笑いがこみあげた。



たった2日の短い短い旅。
とっても素敵な旅だった。



ベルリンに戻ってくると、またいつもの曇天の日々が待っていた。

友達に、「バルト海いってきたよ!海が綺麗だった!」と自慢するたびに、
「それはついてたね。その日はたまたま天気がよかったんだよ。
あそこも曇り空のときも多いんだ。曇っていて寒い日のバルト海は、荒涼としてるんだよ。
それにあの週末は、ベルリンだって最高のお天気だったんだよ。」
という返事が返ってきた。


そうか...別の時にいったら、あんな時間は過ごせなかったかもしれないのか...


ドイツでの暮らしは、時々夏日になったり、かと思うと、うそみたいに冬の日に舞い戻ったり、いつまでたっても衣替えのできない毎日だ。

空がグレー色なのが日常で、これとうまく付きあうのが日々をなるべく元気に生きるコツだな思う。そして、もう随分と慣れて来た。

天気の悪い日、寒い日は、その事に極力反応しないで、美味しいものをたべたり、自分を甘やかしてやり過ごす。
たまにある青空の晴れた日は、心の底から生きる喜びを感じる。



お天気の良い日というのがどれほど貴重で素敵な事なのか、私は今まで知らなかった。

そして、晴れでもドシャ振りでもないスモーキーな日常と向き合うには、
タフさとユーモアと、時に、思い切って優雅な一時を過ごしてみるのがすごく大切だという事も...。



明日からまた新しい一週間がはじまる。
例によって気候は芳しくないみたいだ。

でも、極北の海で見た抜けるような青さのように、
新鮮な心で生きよう。



よし、頑張るぞ!







2005年06月13日(月)
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