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2025年03月29日(土) ■ |
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『ミッキー17』 |
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『ミッキー17』@ヒューマントラストシネマ渋谷 シアター2
おもろうてやがて哀しきポン・ジュノ作品。いつもそう。罪悪感を抱えた子どもがそれをどう乗り越えるか、いや、乗り越えずとも、その罪悪感と共にどう生きていくかということ。何かを手に入れるためには何かを失うことになる、しかしその喪失は決して罪ではないということ。ポン・ジュノはいつも、それでも生きていくのだ、という。強い意志と共に筋を通す。
身体は損傷する度“リプリント”、記憶はハードディスクから都度インストールされ何度でも甦るミッキーくん。危険労働は治験で腕はちぎれ、内臓は傷む。それでもミッキーくんは「いいよいいよ」という。まだ生きているのにサイクラーに投げ込まれそうになり、それでも「いいよいいよ」なんていう(そして結局生き乍ら燃やされる)。その気軽さは、すぐにまた生き返るからというだけではなく、何度死んでも罪は償えない、自分は生きるに値しないという思いをずっと抱えているから。自己肯定感が著しく低い。キリスト教の死生観を色濃く感じる。生まれながらの罪を一生かけて贖い続け、“復活”のために生きる人生。ミッキー17は母の死を自分のせいだと悔やみ続け、自分の受難はそれが原因だと信じている。
しかし、ミッキー18は母の死はお前のせいではないと断言し、ナーシャはミッキー17と共に老いることをうれしいという。ナーシャに「マイルド」と「ハバネロ」と呼ばれる17と18は同じ外見だが、18は不満と怒りを持ち、現状を打破しようとする。17が受けた仕打ちに腹を立てる。18の要素は17も持っている筈なのだ、どちらも同じミッキーなのだから。自分には自分の知らない自分がいる。18は17にそのことを気づかせる。
クリーパーとの出会いにより、ミッキー17の感情には波風が立つようになる。彼はルコやゾコのように叫ぶことを覚えた。ママクリーパーと向かい合うことで、対話することを覚えた。死ぬのってどんな感じ? 無限でも有限でも、命が尽きるのは怖い。それは変わらない。これからの彼の命は有限だが、それでも生きることに罪悪感を感じなくてもいいのだ。
見えてくるのは、完全無欠な人間などいないということ。確固たる意志と、それを実行する強さを持っているナーシャは薬物を嗜み、あれだけ人間をモノのように扱っていたイルファは伴侶の喪失を前に正気を保てない。終盤ミッキーが見る夢のシーンは冗長に感じるかもしれないが、それでもあのシーンは絶対になければならない。そう思う。新天地の先住民を根絶やしにせずとも、「掘って掘って掘りまく」っても、全てのものには限りがあり、いずれ尽きてしまうなんてことは誰でも知ってる。ちいさき神の、作りし子らはやっぱり杜撰に出来ている。
宇宙船というクローズドな空間で、調査機関が機能したこと(遅いとはいえ。いや、精査には時間がかかるのだ)、ルーズな科学者たちのなかにひとり聡明な人物がいたこと(ドロシーという名前も含みがあるよね……)にもちいさな希望。地球に愛想を尽かされた人類の行く末を、それでもしたたかに生き延びる人類を、ポン・ジュノは嬉々として描く。
ソウルメイトな二組のカップル。ロバート・パティンソン、ナオミ・アッキーの快演、マーク・ラファロとトニ・コレットの怪演。どちらもとってもチャーミング。スティーブン・ユアン演じるティモの調子のよさにニヤニヤ。マーシャル撮影班の出来損ないのゲッベルスみたいなひとも気になったな。アクの強いキャスト揃いのなか、パッツィ・フェラン演じるドロシーには「人間の善性がまだ残ってる〜!」と信じさせてくれる柔和さがあった。
プロダクト、コスチューム、クリーチャー。デザインがいちいち好みで終始ニコニコ。人体プリンターが稼働する様子は不気味で最高。一周まわってレトロな3Dプリンターに見える。数秒しか映らないマカロン屋とその商品デザインもポップで素敵。そしてあの鳥の着ぐるみ! 要るか? 要る。あれは要る。
それにしてもルコとゾコが人間と鉢合わせしちゃうシーンの演出がうますぎた……。あー乳幼児ってああなるよねー、パニックになっちゃうよねーそりゃそうだよねー。ここがいちばんつらかった。ミンチになったルコを映す必要があるか! ある! 人類の嗜虐性とダメさが伝わる! クリーパーとか勝手に名前つけたのも人類だしさー失礼よねー彼らにはルコとゾコって名前があるんだよ〜! うわーん! ……人類の愚行を見続けていると厭世観が募りクリーパーとかドローン(『THE MOON』)とかウニとかタコ(『密輸1970』)に愛着持っちゃうんですね。自覚はある。
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『ハイ・ライフ』のパティンソンは、死刑を免れる代わりに宇宙の果てに島流しされる罪人役。えっ、それ死刑より酷でねえか…なんでこういうのばっかり……
・MICKY 17 PLUSH 宣伝活動に勤しんでいたベイビークリーパーぬい、イギリスの公式サイトで売られていました! お迎えすることにしました、無事来てね
(20250405追記) ・ポン・ジュノはなぜ原作を改編したのか──『ミッキー17』でも貫かれた“壊れない善”をめぐる目線┃WIRED 不憫で善良なミッキーが、どれほどの絶対的な悪のなかにいて、圧倒的な暴力を受けても、最後まで壊れないことを描きたかったからです。世界がどれほど腐っていても、そのなかで“破壊されない善”が確かに存在する。
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