I'LL BE COMIN' BACK FOR MORE
kai
MAIL
HOME
|
|
2014年08月12日(火) ■ |
|
『ロミオとジュリエット』 |
|
『ロミオとジュリエット』@彩の国さいたま芸術劇場 小ホール
『NINAGAWA×SHAKESPEARE LEGEND I』。蜷川さんが手掛けたシェイクスピア作品を新演出で再演していく新シリーズです。1974年、つまり四十年前に蜷川さんが初めて演出したシェイクスピア作品がこの『ロミオとジュリエット』。その都度キャスト、演出を変え、今回は四度目の新演出版。過去自分が観たのは2004年版のみです。以下ネタバレあります。
ほぼ裸舞台。街なか、教会、野外と言った場面転換は音響と照明で表現。さい芸小劇場の舞台機構を活かし、装置は殆どありません。高い階段と踊り場を使ったバルコニーのシーンはこの劇場、この空間ならでは。転換毎に運び込まれるテーブルやベッド、草むらの塊、天井からおろされるシャンデリアと、使われる道具は人力で持ち運べる程度のもの。客席との境界がないオープンステージで、若い出演者たちはエネルギッシュに叫ぶ、走る。階段を駆け上り、客席上部の通路で対話する。劇場のあらゆる場所が、彼らの躍動の場になる。
この「言葉」と「疾走」の質量と速度が『ロミオとジュリエット』のキモでもある。16歳くらいと14歳くらいのふたりが出会い、一週間(舞踏会場で出会ってからは四日)で恋と人生を終える。短い時間のなかで言葉を尽くし、次々と襲いかかる災いから逃げる、立ち向かう。瞬発力を体現出来る演者が必要になる。意欲に溢れる若者たちはときに空回りを見せ、幾人かは声が嗄れかけていた。それでもあの、頼れる装置がないまっさらの舞台で場が“保つ”。前回観たのが日生劇場だったこともあり、間近で繰り広げられる役者のぶつかりあいは迫力があった。殺陣のシーンは怖いくらいだった。剣がぶつかる音に重量感があり、剣そのものの重さも感じられる。
舞台上の激しさにつられてこちらも心のなかで力の限り叫ぶ。「キャピュレットのばーかばーか!」「ティボルトのばーかばーか!」。ここらへん2004年に観たときと同じだ(笑)。しかし今観るとジュリエットの父ちゃんは毒親でティボルトはハーブでらりってるとしか思えんな…池袋のバブル地主とその甥っ子みたいな。両家の諍いはチーマーの縄張り争いかみたいな。それにしても今回ほんっとキャピュレットが憎たらしかった。自分の命令に従わなければ家から出てけ、財産もやらんとか…生活力のない娘に対して……そんな時代だったとか言われても知らんわ! て言うかそういう家族って今もあるんだよ絶対! も〜観ててはらわた煮えくり返ったわ、間宮啓行さん名演。乳母役の岡田正さんにもときどきイラっとさせられたわー(笑)もう日和る日和る。こういうところ、戯曲の普遍性を感じますわ。人間進歩ない。
そして観る度思うが、モンタギュー家のマイナス面が見付からない。毎回キャピュレット家の方からつっかかってってるように思える。そうそう、今回衣裳からしてモンタギュー=黒基調の洗練されたもの、キャピュレット=白Tシャツにブルージーンズの粗野って感じではっきり区別つけてて面白かったな。あっ、そういうモンタギューんちのスカした感じがキャピュレットんちは気に入らないのかなー。
ちなみにマキューシオの衣裳は裸サスペンダー。これ2004年の高橋洋さんのときもそうだったんだけど、矢野聖人さんが当時の映像を観て参考にしたのか、蜷川さんの好みなのかどちらなんだろう。ちなみに2004年の衣裳は小峰リリーさん、今回は宮本宣子さんです。個人的にもこのマキューシオと言う人物には惹かれている…と言うか、この作品中いちばん気になる人物なので注目しがちです。と言えば今回ベンヴォーリオもすごく気になった。『ハムレット』におけるホレイシオ的な立ち位置だったかと気付かされた。これは演じた若葉竜也さんに因るところが大きい。
菅田将暉さん、感情の振り幅が大きいロミオがしっくりきていた。ひとなつこい感じが好印象、あんな子だったらロレンス神父も面倒見てあげたくなるわ。膨大な台詞を激昂口調で続けなければならないうえに始終走ったり転げ回ったりしているので、身体の負担はかなりのものだと思う。怪我なく千秋楽を迎えられますように。直情的な姉妹や女ともだちの横に控え、そのクールさとニヒルさで観客を虜にする人物を演じる印象が強い月川悠貴さんは、表に激しさが出てこないジュリエット。泣き、嘆くときも静かだが、心のうちには青白い炎が揺れているよう。新鮮なジュリエット像でした。そしてこのひとはとにかく口跡が美しい。翻訳調の台詞がするりと頭に入る。二度ある「帰ってきた」と言う台詞の響きにはっとする。ロミオの返事を持ってきた乳母に対する、期待と不安の入り交じったひとりごと。
今回、2001年以降の蜷川版『ハムレット』や『真情あふるる軽薄さ』に連なる、戯曲にはないラストが用意されていた。開幕から印象に残る、痩躯で青白い顔をしたひとりの青年。何度か出てくる若者たちの戯れのシーンで、毎回虐げられている。佐藤匠さん演じるこの人物は、終幕ふらりと現れて、ロミオとジュリエットの死を嘆き和解しようとするひとびとを客席から見詰める。しばらくして彼は立ち上がり、手にしたマシンガンで広場の全員を殲滅する。死体の山を通り過ぎ、扉の向こうへと消えていく。
悔い改めても遅い。失われた命は戻らない。一度始まった殺戮は蜷川版『ハムレット』におけるホレイシオ同様、必死に和解の道を探っていたベンヴォーリオやロレンス神父をも巻き込んでいく。この演出、個人的には『ハムレット』のときよりもストンと腑に落ちました。
ちなみに今回オールメールキャストでした。なんかもうそういうこと忘れるくらい作品自体が面白かった。
|
|