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2013年04月02日(火) ■ |
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『杮葺落四月大歌舞伎』初日 |
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歌舞伎座新開場『杮葺落四月大歌舞伎』第一部@歌舞伎座
『御名残四月大歌舞伎』千秋楽から三年、なんだかんだであっと言う間。その短く感じたあっと言う間に、開場を心待ちにしていた役者さんたちが多く旅立ってしまいました。この日記さっき読み返してみたら、勘三郎さんが「新しい劇場で、また沢山夢を見させてもらいましょうよ」と言っていて……。團十郎さんも、こんなことになるなんて。前日から降り始めた雨に、「團十郎さんと勘三郎さんのうれし涙ですねって言ってるけど、くやし涙でしょ」「キー!俺だってここに立つ予定だったのに!ってね」「團十郎さんはキーとか言わないよ。困った笑顔でまあまあ、とか言ってるよ」などと話す。
『杮葺落四月大歌舞伎』、初日に行って参りました。
何から書けばいいやら…舞台上で起こったことは沢山報道もされたし、長年の歌舞伎ファンの方があちこちで書かれていると思います。私もこれからそんなニュースやブログ記事を読みに行きます。楽しみです。こちらでは、舞台外で自分が見た、思ったことを中心に。
勘三郎さんに続き團十郎さんが亡くなったとき、「歌舞伎を観に行くモチベーションが下がった」と言うひとがぽつぽつ周りにいたし、web上でもそんな意見を多く目にしました。新しい歌舞伎座は不吉だ、なんて酷い書き込みを何度も見た。野田さんは、勘三郎さんが亡くなったことを「災害に近い」と言っていた。そんななか、見知らぬひとのとあるツイートに随分心が軽くなったものでした。「歌舞伎座は何度も建て替えてるよ。壊したからどうの、とかやめて。これから新歌舞伎座で役者さんたちが新たな伝説をつくっていく、希望のハコなんだよ。盛り上げていこうよー。」PC画面の前でべそかきましたよ。
過去の歌舞伎座閉場時にも大看板役者が相次いで亡くなったことがある、その都度次世代の役者たちが成長し、危機を乗り越えてきたと言う記事も読んだ。当時の市井の歌舞伎好きたちがどんな世間話をしたか、どう歌舞伎を見守っていたか知る術はない。このときもきっと、今と同じように嘆き悲しみ、将来を不安に思うひとが多くいたのだろう。そのひとたちがその後の歌舞伎を観て「観続けてきてよかった!歌舞伎が好きでよかった!」と思ったのはいつだったのだろう。これからのことは判らない。興味云々だけでなく、自分たちの暮らしに何か重大なことが起こったときは、芝居など観に行けなくなる。役者たちと直接顔を合わす訳でもない、知り合いになることもない。そんな名も知らぬひとたちが、歌舞伎が好きだと言う思いを抱えて歌舞伎座に集まってくる。市井のひとたちの思いを受けて、役者たちは舞台に立っている。離れたひとがまた戻ってきたときも、同じように歌舞伎座で公演を打っているように。
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雨のなか銀座へ。銀座で地下鉄を降り、お弁当を買おうと三越に寄ると、開店したばかりなのにお弁当売り場が活気づいている。観劇弁当花盛り、お店のひとたちが呼び込む呼び込む(笑)。この時点でなんだかジーンときてしまった。街そのものがうきうきしている感じ。篠井英介さん言うところの「歌舞伎座という劇場の威力」は、劇場の外にも及んでいる。この三年の間に閉店してしまったお店もあるけれど…うわーんぎんざ日乃出に戻ってきてほしいよー。とか言いつつ、最近お気に入りの浅草田甫草津亭のお弁当をいそいそと買うのであった。
そのまま地下道を通り大混雑の歌舞伎座地下『木挽町広場』へ。「エクレールカブキ」を販売しているフォションの大行列を遠巻きに眺める。それにしてもエクレールカブキ、アゲハの幼虫ぽい(笑)。エスカレーターをのぼってすぐの歌舞伎稲荷神社にご挨拶、正面玄関へ。おお、銀座に着いてから一度も傘を差さずに入場出来た!地下からアクセス出来る快適さを早速体験。「雨は縁起がいいのよ!」笑顔で颯爽と入場していく和服姿のおばあさま、格好いい!
まず絨毯のふっかふかっぷりに感動しましたよね…足が沈む……ヒールのひととか気を付けないと足取られそう。木挽町広場から入口からすごい数の報道陣がいたが、場内でもそれは同じ。レポーター、カメラマン、隅に座り込んでPCから画像を転送したり記事を書いている記者。ニュースや新聞も楽しみだな。専門誌の記事もいいけれど、ニュースや新聞による記事って、舞台の周辺にいる裏方や観客の様子に焦点をあて、対象がどんなふうに世の中に存在しているか多角的に知ることが出来る。そういうところが好きです。
ようやく三階席に辿り着くとおっ、山川静夫さん。長年三階席の常連でもある山川さん、取材を受けるためか休憩時間は必ずロビーにいらっしゃいました。帰宅して夕刊を開いたら早速記事が載っていた(『朝日新聞デジタル:元NHK・山川静夫さん「空間広がる」歌舞伎座再開場』)。
席に着いて深呼吸、場内を見渡す。五分前のアナウンス、慌ただしく席へと向かう一階席のひとたちを眺める。一瞬の静けさ、幕が揺らいだと同時に「待ってました!!!」「歌舞伎座!!!」怒濤の大向こう。
大向こうの多さ大きさはそりゃもうすごいもんでした。また声が通る。エコーやディレイがかかっているかのように響く。もうこの時点で鳥肌です。なんと言うか、新しい歌舞伎座が開くのを待っていたひとたちの気持ちみたいなものが、肌で感じられたように思いました。人数の多さだけでなく、ここにはいないひとたちの思いも乗っかってるような。
『壽祝歌舞伎華彩(ことぶきいわうかぶきのいろどり)鶴寿千歳』。魁春さんと怪我から復帰した染五郎さんが踊ります。うはーこの間口の広さ!その横幅広い舞台にふたりきりで立ってこの存在感!三階席なのでセリが下がるのが見える。お、ここから…?と待っているときたー鶴に扮した藤十郎さん。万雷の拍手。「人間国宝が三人、大看板がふたり」世を去り、想像出来ぬ程のご心痛もあったのではないかと思います。真女形筆頭の舞を厳かな気持ちで観る。鶴は花道で一度立ち止まり、場内を見渡し、上階の客席にもぐるりと視線を巡らし、拍手のなかゆったり去っていきました。鶴の寿歌で五代目歌舞伎座の幕開けです。
短い休憩を挟んで『十八世中村勘三郎に捧ぐ お祭り(おまつり)』、泣き過ぎて小山三さんを見逃すと言う痛恨のエラー(帰宅後ニュース映像で確認しました…)。しかし彌十郎さんと新悟くんはしっかと見たわー素敵だったわー。ふたりとも身長あるからぱっと目が行くし。ああん彌十郎さん素敵!格好いい!声も素敵!女形としての成長著しく、おとうさんが拗ねちゃってる(笑)新悟くんも素敵よ!
いやだっでざ…だだでざえ中村屋一門がどーんといるその光景だけでもううっどなっだのに、花道方面からどよめきが聞こえたので(三階席から見える花道は舞台寄り数メートルです。しかし確かに以前より見える!)勘九郎くんと七之助くんだね…と思って、視界に入るのを待っていたらちっちゃい子が…な、なーおーやーくーんー!!!これはサプライズ…二歳ですよ、二歳。いや期待してなかった訳ではないけど、実際のとこ舞台に立つのはあと一年後くらいかなと思ってて…それが。それが。この辺りから客席のあちこちから鼻をすする音が…勘三郎さんが生きていたら演じたであろう鳶頭を演じる三津五郎さんが「十八代目も喜んでいることでしょう」、勘九郎くんが「倅の七緒八をつれてきました」と言うと早速チビちゃんに「中村屋!」と声が掛かり、続いて「まああ」「ほおお」と言う声が上がる。このあと入れ替わり立ち代わりの踊り合戦が始まるのですが、いやはや七緒八くん落ち着いてるわ。縁台に座って持った扇子をゆらゆらさせて、踊る役者たちを見ている。勘九郎くんが踊ってるときは「おとうさんなにやってんの」みたいな表情で見てて、それを隣で見守っている七之助くんがおかあさんみたいだった(笑)。配役表に名前なかったけど(そりゃそうか)全日出るのかな?
つーか勘九郎くんの踊りがめっちゃよくてさ…いやもうこのひとの踊りはほんと格好ええなー。働き盛りの若々しさ、躍動感溢れる、キレのある美しさ。これは今しか観られない。そして歳を重ねての風雅な踊りも、そのときにしか観られない。瑞々しさと円熟と、このひとはいつでもそのときにしか見られない踊りを見せてくれるのではないでしょうか。
はー泣いたわー…そのあとがお弁当の時間っていうね……もう何がなんだか。泣き腫らした目で食堂へ向かうお嬢さんやおばさま方をぼんやり見やりつつしっかり食べましたけども。お手洗いに行くと動線がシアターオーブみたいになっており(一通で入口側に手洗い場がないので知らずに戻ってきたひとが困惑する)、並んでいた方と「初めてですからねえ、まだ慣れませんわねえ」などと話す。そうそうこういうとこも独特な高揚感があって、見知らぬひととフツーに笑顔で言葉を交わす機会が結構あって面白かった。席に戻るとき通路が狭くて「椅子は大きくなったって言うけど、こういうとこは変わってませんよねえ」「一階は広々してるのかしら」なんて話したり(笑)。
第一部の最後を飾るのは『一谷嫩軍記 熊谷陣屋(くまがいじんや)』。観るのは三年前の『御名残四月大歌舞伎』以来です。今読みなおして気付く、前回はこれのあとにごはんだったのね…複雑な気分ですよね……てかごはんのことばかり書いてる自分もどうかと思いますね……。
熊谷直実は吉右衛門さんでしか観たことがない。吉右衛門さん、陰のある役と言うか激しく深い怒りや悲しみを押し殺している役柄で観ることが多くて、実人生と関係ない筈なのにつらくなるわ……。今回の相模は玉三郎さん、藤の方は菊之助さん。玉三郎さんを観るのも随分久し振り…新橋演舞場には出演されませんからねえ。七緒八くんを見たばかりのこともあり、未来を断たれたこどもとその親の気持ちに思いを馳せ、胸が塞ぎました。同時に、こどもたちの未来が明るいものであることを祈りました。とか言いつつ、義経役の仁左衛門さんが格好よくてぽわーとしてました。
そしてこれ、浄瑠璃が格好いいんだ!竹本葵太夫さん。三味線の鶴澤寿治郎さんとの阿吽の呼吸から丁々発止、時間を追う毎に熱を帯び、顔が真っ赤。ちょっとの間に素早く水筒で喉を潤しているのが見えた。そして大詰め、幕が滑り舞台が隠される。ひとり花道に残る直実。そこへするりと寿治郎さんが現れる。世のしがらみを振り切り、悲しみを押し殺して旅立つ吉右衛門さんと、立奏台に片足をかけ三味線を奏でるその姿の粋なこと。
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「観続けてきてよかった!」と私が言うのはおこがましいが、「観に来てよかった!歌舞伎が好きでよかった!」は、随分早くやってきた。磨き抜かれた芸を観ることは勿論だが、伝統芸能と言うものは、それだけではない要素がある。芸が代々、生身の人間に伝えられていくこと。その「芸を受け継ぐひと」の存在と成長を、リアルタイムで目撃出来ること。この場に居合わせられたことの幸運と、芝居を楽しむことが出来る幸福を、忘れないでおこう。
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