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2011年02月26日(土)
『南へ』

NODA・MAP『南へ』@東京芸術劇場 中ホール

『ザ・キャラクター』『表に出ろいっ!』に続く「祈りの三部作」であり野田さんの最新作。そしてこの作品は、野田さんの最新戯曲集『21世紀を信じてみる戯曲集』に掲載されています。『21世紀を憂える戯曲集』から『21世紀を信じてみる戯曲集』へ。祈る、信じる。そうするしかないのか、そうせざるを得ないところ迄来ているのか。それひとつだけで芝居一本書けるんじゃないのってモチーフが5個くらい(いやそれ以上?)入っている。久々にわかりやすくはない展開ですが、野田さんの言葉の強さをますます感じる作品でした。

天皇にまつわる話は1996年の『TABOO』で書かれた。野田さんの作品に“怒り”を強く感じるようになったのは2003年の『オイル』からか。以降『ロープ』『THE DIVER』と、実際に起こった出来事をモチーフにした作品も増えてくる。そして前々作『ザ・キャラクター』の背景はオウムの事件。その筆致で再び天皇について書いた。そしてメディアとマスコミ、日本人、そして北と南に分断されたあの国のこと。怒りは祈りに姿を変えるが、その底に流れる思いは途方もない悲しみ。

記憶を辿ることが時間への旅となるが、その記憶は自分のものとは限らない。嘘ばかりつく女の記憶は自分のものではない。彼女はひとの記憶を盗んでしまう。キタから来た彼女は腕をひきちぎられても構わない程に故郷へは戻りたくない。南のり平と名乗る男の記憶は曖昧で、「日本人」と名乗るしかなくなる。「日本人」が「火山が噴火するぞ」と帝に知らせに行く途中で命を落とそうが、腹を切ろうがそのくらいではマスコミは振り向かず、民衆は気付くこともない。辿り着いた先にいるのは帝と皇后ではなく、彼らの御毒味であり巫だ。

火山は噴火するのか?もし噴火したら帝が危ない。しかし帝をひきとめて噴火しなかった場合、「帝のお墨付き」を得られなかった民衆が飢える。

非常に多面的な作品なのでそこだけを強調は出来ませんが、個人的には丁度鷺沢萠さんの「ふつうの名前」(『待っていてくれる人』に掲載されている)を読んでいたこと、新燃岳に取材に来ていたマスコミがここ数日であっと言う間に撤収して富山へ向かったと聞いたこと、を強く思い出させる作品でした。鷺沢さん、以前「Take Me Home, Country Roads」(客入れ時に流れていた。この曲が本編にこう繋がるとは)についても何かで書いていた憶えがうっすらあるんだけど何だったか思い出せない。鷺沢さんにこの舞台を観てもらいたかった、と思った。

導入部のツカミは素晴らしかった!演出はラウドな部分が多い。パイプ椅子を大量に使ったセット転換は音込みでやかましい。NODA・MAPでは『パイパー』から大人数のアンサンブルを起用していますが、今回でひとつの形が確立されたようにも思いました。アンサンブルが報道陣と民衆両方を担っていたことも印象的。ネクストシアターの手打くんがいたのも嬉しかった(笑)。振付は黒田育世さん。そういえば『TABOO』でも行列をスローモーションで見せる演出があったような記憶がありますが、今回の帝の行列が軍靴の行進へと変貌したスローモーションには鳥肌がたちました。

台詞も大声でのやりとりが多い。チョウ・ソンハくん演じる道理は理詰めでのり平を追い詰めるが、矛盾点や首を傾げる箇所もある。しかし彼はマスコミの関心を掴む。内容に関わらず声がデカい、大声で騒ぐことでひとは振り向くのだと言う皮肉にも見える。「日本人」を論破する役をチョウくんが演じたということにもいろいろ考え込んでしまった。勿論それが全てではありませんが。

それにしてもやはり芸劇、音の返りが悪い。改装によってなんとかなるのかな…なんとかしてほしい。野田さんの作品を上演するホームなら、野田さんの台詞がハッキリ聴こえる設計にしてほしいです。ホントこれ大事!お願いします!能舞台を連想させる装置、火山の噴煙にあたる箇所に映像を映し込んだ空間はとても映えました。ホールの構造を巧く使ったなあと言う感じ。うーむしかしこの拡がりが音を散らすのか?どちらも活かすことは出来ないのだろうか。いい感じに改修されるといいなあ。

妻夫木聡さんと蒼井優さんとてもよかったです。妻夫木くんが声を張ると倍音がこもったような音になって、それが妙に憂いを帯びて聴こえる。底抜けに明るい表情と動作で「火山は噴火するぞー」と叫んでも、どこかに不安が感じられる。それが“狼少年”にならざるを得なかった寂しい人物を印象づけるのに効果的だったように思います。『キル』の時指摘されていましたが、ホント堤真一さんの声に似て聴こえる。普段の声はそんなに似ているとは思わないのに。野田さんの作品に出演する女優さんって普段の声色とは違う、所謂「野田さんの好きな声」(=「野田さんの台詞を語る声」としてもいいか)的な独特な声色になることが多いのですが(深津絵里さん然り宮沢りえさん然り)、妻夫木さんはその男優の系譜にあたるのかも知れません。

蒼井さんはその「野田さんの好きな声」の発声ではないのですが、彼女独特の声が“嘘吐きの女”にピッタリに思えました。あのーあれだ、これ説明しても私以外の誰が「ああ!」って言うんだってアレですが、アニメ(ねこのやつ)『銀河鉄道の夜』のザネリの声を思い出すんだよ!「ジョバンニ、らっこの上着が来るよ」ってあれ!(笑)聴きようによってはなんか神経を逆撫でされる声なんですよね。それが後半変わってくる。作り話から真実を伝えようとするもその足許は揺らぎ、誰もその声に耳を傾けようとしない。切迫感溢れる声に聴こえてきました。これはどこ迄意図しているか判らないけどすごいなと思いました。

帝と妃(の巫)から強制送還される人物へと変貌する複雑な役を演じた藤木孝さんと銀粉蝶さん、代々その土地に生き、自然の声に耳を澄まし乍らも自分の生活を貪欲に確保する旅館の女将ミハルを演じた高田聖子さんも素晴らしかったです。

情報量、その交錯がいつにも増して多く、個人的には消化しきれていない部分があります。しかし自分にとって信じること、祈ることとは何かを考える機会になりました。信じることをやめてはいけない。祈ることをやめてはいけない。しかしその祈りが向かう先のことを考えなければ。それが嘘ではないと知っているのは未来だけだとしても。