前潟都窪の日記

2005年02月15日(火) 密葬 連載の30

今岡多市様

拝啓 13日は母の新盆、本当に悲しさがこみあげてきます。母は本当に逝ってしまったのですか。27日の早朝4時半にお墓参りに行ってまいりましたが、悲しさと寂しさが胸を締めつけます。母の死は呼吸停止でその上葬儀は密葬、こんなこと聞いたことありません。母の悲報を誰にも口にだすことができず秘密にしているのです。先に故母寿子の死亡診断書の写しを送付頂くようにお願いいたしましたが、未だお返事を頂いておりません。どうして送って下さらないのですか、それによって言いがかりをつけるとか難詰したりするつもりは毛頭ないのです。ただ母の死を納得したいだけなのです。本当に母がこの世にいないことがどうしても信じられないのです。助けて下さい。死亡診断書がどうしても私には必要なのです。死んだことを納得するために。

 再再度死亡診断書の写しを郵送して下さいとお願い致します。
 6月12日付けのお便りに「故人の最終にして最高の意思の表明が遺言書でございますので、それを尊重することがせめてもの親孝行の道かと存じます」と書かれておりますように私は母の意思を尊重して生きていきたいと思っておりますが、福吉による暴行傷害事件の被害者である享子姉の気持ちは私とはまた別の抑えきれないものがあるようです。

 親に呼ばれて集まった会合で親姉弟の前で実の弟に理不尽に殴られ怪我させられて、その事実がなかったことになっていることに怒りの根源があるのです。私としては姉が欲得なしの意地で弁護士をたてて遺留分訴訟を起こし、親姉弟間の醜く見苦しい遺留分争いになることを心底危惧いたしております。私はこの事件では直接には何の被害も受けておりませんが福吉の暴行傷害事件の現認者として、また姉を同伴した者としての責任と亡母から「稔子を頼むぞ」と頼まれている者としての責任から姉に単独行動はさせられないので、遺留分争いとなれば姉と同一行動をとらざるを得なくなることを虞れています。私の本心は遺留分訴訟はしたくないのです。だからそうならないように父親に頑張って欲しいのです。

 福吉の暴行問題はひとまず稔子と福吉間の未解決問題として横へ置いておいて、以下に私の提案を述べます。

 先のお便りに「貴金属や生前分与されたものを含めた相続対象となる財産目録の作成は四十九日が済んだあとにお知らせしたい」とありますが、貴方が再三仰るように「母にも貴方にも財産は何も残っていない」ということであれば、「85年間二人で頑張って事業してきたが、三人の子供にはこれだけしか残せなかった」とはっきり宣言なさった上で、「長男にはこれだけ、姉二人にはこれだけ」と少ないなりにはっきりと示され、「無駄な遺留分争いはやめて欲しい。見苦しいだけだ」とはっきり言って下さい。

「三人しかいない姉妹弟が遺留分をめぐって法廷で争う見苦しい争いはやめなさい」と父親としての威厳を保って言って下さい。母の遺言を遵守できるように毅然として事実を伝えて下さい。母の遺言に「どうか今後ともおのれの分を知り、人の立場を理解し、公正な社会人として、大小は別として、人の師表になる、子孫の教材になるような生きかたをしてくれるように望みます。それが最短ルートかと思います。私は私の死後も今岡家が安泰で、きょうだい仲良くしてもらうことが最大の願いです。」とありますように、貴方がまず模範を示して下さい。親として三人の子供に公正公平な行動をとって下さるように、そして早急に相続財産目録を送って下さるようお願い致します。相続財産が何もないのに無駄で虚しいだけの意地による遺留分争いにならないように、先送りしないで早急に晩節を汚すことなく親としての役目を果たしてくださるよう重ねてお願い致します。
                                   敬具
                  平成15年7月8日
                            豊岡 淑子


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