多市と寿子の関係その5
多市は請け負い師としては若くして成功した者のうちに属するであろう。請け負い師の宿命として請け負い工事が完成して工事代金の支払いを受けるまでは職人の手間代や宿泊食事代等を立て替えなければならない。時には若い職人達に飲まさなければならないが、手持ちの金が潤沢にあるわけではなく台所は何時も火の車であった。 勿論工事着手の時には着手金として請け負い工事代の1/3程は支払われ、中間でも出来高払いを払って貰う訳ではあったが、締め切り日の関係で何時も金には窮していた。
寿子も帳面付けを手伝いながら業界の雰囲気にも次第に慣れてきて、職人の手間代を支払う準備をしている時に、どうしても現金が足りない時には持参した帯、着物や指輪、時計等を質屋に入れて都合をつけ良き内助の功をあげていた。しかし、お嬢さん育ちの身にとっては風呂敷に包んだ質草を人目につかないよう夜を選んで質屋へ運ぶ時の切ない気持ちは我慢できないものとして心に沈殿していった。
内助の功を得て多市も喜び口では「お前のお蔭で助かるよ。今に女中を使いお前には金で苦労させることはしないからな。もう少しの辛抱だ」と言って労ってくれるので、「嫁いだからにはこの人を業界でも名の通った男にしなければ」と自分に言い聞かせとかくしり込みしがちな気持ちに笞打って頑張るのであった。そこには「おしん」の精神にも通じる戦前の女性の美徳が残っていた。
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