策謀する悪魔の心を持った父子
淑子が稔子姉と一緒に留子叔母のところへ昌志叔父への線香あげに出かけると言って出かけた。告別式の様子を聞きたいからであろう。 帰ってきての話しは、以下の通りである。 「9日の今岡寿子の死亡判明直後、朝早くからY市在住の主なる親戚、田中肇、田中ウタ子、登内信子、登内悟志が国光病院に集められ密葬の打ち合わせをした。ここで箝口令がひかれた。そして皆のいる前で児島と豊岡に電話した。
児島がでたので多市と激しいやりとりがあった。そのとき多市は「6年間も出入りをしないでおいて母親が死んだからと言って親を脅迫するとは何事だ」と大きな声で言って電話をガシャンと切った。傍にいる人には児島の声が聞こえないから多市の激昂した声だけが印象に残っている。
豊岡のところは留守番電話がでただけなので話しができなかった。
そのあと豊岡稔子から多市に電話があった。淑子さんからですよと取り次ぐと 「どんなに騒いでも財産は残っていないぞ」と大きな声で言うのが聞こえた。ここでも淑子さんの言葉は聞こえなかったが激しいやりとりだった。
その後告別式で稔子と淑子は母親の面倒をみるのが厭で6年間も寄りつかなかった。姉の稔子の方は母親の死を電話で告げると財産分与のことで私を脅迫した。
次女の淑子のほうはファックスを入れておいたらこれをみて電話をかけてきて私を脅迫した。二人とも財産目当ての悪い娘だから告別式にも呼ばなかったと説明した」ということが判った。
そしてウタ子は今まで食べたこともないような御馳走で精進落としをした。とてもいい葬式だったと言ったと淑子は嘆いていた。
この場所にはウタ子と留子だけしかいなかった。悟志君は告別式の状況をタイプしておいて渡してくれた。彼は出勤していて不在だった。
淑子は死んだ母まで利用して芝居をし、実の娘二人を悪者に仕立てあげて、財産を守ろうという気持ちしかあの親子にはない。こちらは財産分与なんか関係なく、自然の情として母親の死を聞いて悲しみを共有しようと電話したのに父の最初の言葉が 「どんなに騒いでも財産なんかなにも残っていないよ」だった。その役者振りには父とは思えない悪魔性を感じた。あれはもう親ではない。悪魔の心を持った人間だ。すっかり吹っ切れたからこれからは、親はないものとして生きていくと寂しそうに言った。
|