前潟都窪の日記

2004年10月23日(土) 箱橇で遊ぶ

 日の出社宅の次に住んだ所は山手社宅と呼ばれていた。この社宅は中堅職員用のものであり、近くには重役邸も数軒並んでいる、閑静な住宅地であった。鎮南浦の街へ出る途中には大きな池があって、冬になると凍結してスケートや箱そりで遊ぶことができた。この箱橇は父が休日の日を利用して作ってくれたものであり、耳覆いのついた防寒帽を被り妹の「ニイナン」を乗せて引き綱を引っ張って滑らせ嬉々として遊んだ。自ら箱橇に腰を下ろして棒の先に釘の突起のついたストック様のものを両手に握って、両サイドの氷面を突いて滑ったりもした。

 高学年の学童達はスケート靴を持っており巧みに滑っているのを羨ましげに眺めていた。もうこの頃になるとスケート靴などは店頭から姿を消しており、兄や姉のいる学童だけがお下がりを貰って滑ることができた。勇のように兄や姉のいない幼児はスケート靴がないので箱橇で我慢するしかなかったのである。

 また勇の家の近くには四〜五百坪ほどもある原っぱがあり、子供達の恰好の遊び場になっていた。


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